第一話

       ◇


 契約どおり物語を執筆したい。

 時空を超越した物語をである。

 せんめいとしておきたいのはこの物語の執筆者は青年たる『わたし』であることだ。ひつきようこの物語の主人公はふんじんの青年たる『わたし』ととうくつの女性たる『あなた』であるのだが無論『あなた』の物語はこの物語がしゆうえんをむかえたのちにりよの記憶をほうふつしながらでんされたものである。よって物語の一部はしんぴようせいにかけるがいぜんせいのあることをおくそくされるかもしれない。また物語の荒唐無稽さによってばんこくの読者はこの文書をきようげんおくそくするであろうが実際この時空を超越する体験をしたわたしたちにとってはもうろうたる夢幻や幻覚のはんちゆうではなくぜんたる態度で執筆しうる事実であることを加筆しておきたい感懐である。えいごう不滅の神霊と極悪無道の魔王との其々の契約にもとづいて執筆せんとするこの物語が恒久的なる平和の実現にまいしんしたえいごう不滅の神霊をぼうとくせんとする意図ではなくまた永久的なる自由の実現にばくしんした魔王に無条件でじゆうする意図でもないことをせんめいとしておきたい。さんらんたる倫理的道徳的判断は読者諸賢にゆだねもうまいなるわたしはただ――前述のとおり――契約にもとづいて厳粛なる態度でこの物語を執筆したい所存のほかなんら利己的なる思惑にはひようされていない。

 物語をらんしようしたい。

 祝福すべき誕生の刹那からあんたんたる運命にきようどうされてきたわたしとは相違しあなたは世界に生誕したときからほうじようなる天恵を享受していたものとこうかくされる。零細企業ながら従業員十余人を抱擁する鉄工所のまなむすめとしてあなたが誕生したのは昭和五十七年西暦一九八二年の爾時であった。極東の島国日本のへきすう日本海に隣接した新潟県の総合病院の産婦人科で誕生したあなたは難産であったにもかかわらずきゆうそうたる産声をあげ健康優良児として両親に抱擁されることとなった。あなたの家族は両親のほかに祖父母も健在でいんしんたる毎日を享受していた。零細企業を経営する父親は無論ぜいじやくなる企業経営を補佐するために事務を担当している母親も繁忙なる平日にはしんしようたんしていたためもつぱらあなたは祖父母の薫陶によって人間性をかんようしてゆくこととなる。おうようたる祖父が手相人相と姓名判断をらいたる祖母が四柱推命やすうを其々もうろくしながらも老後の趣味としていたので自然とあなたも精神世界のはんちゆうに興味をそそられることとなった。いまにしてこうかくすればこの祖父母からあなたへの影響がこの物語のらんしようだったともいえる。

 物語は進捗していった。

 幼稚園でも友人の手相を鑑定していんぎんれいな結論で号泣させるなどと問題児であったあなたは新潟県の片隅の小学校に進学してからも精神世界への憧憬をかんようしてゆき明瞭たる自意識がほうした小学六年生頃になるとれいなる頭脳をもってはんぶんじよくれいの占星術を――あいまいとしながらも――理解し単純なるホロスコープを駆使するまでに到達した。精神世界に関連しては博覧強記だったあなたであったが勉学においてはてきとうたる優等生のはんちゆうりようできず一般的なる公立の中学校へと進学しようちようなる雰囲気からいちれんたくしようほうばいいくばくかは存在したが進学校たる高校に進学するとけいがくよくぼうひようされて白魔術の奥義書『アルマデル奥義書』の存在にたんできらん西語とラテン語の『アルマデル奥義書』原著を読破するために――風水における方位学の影響もあって――隣県長野の外国語だいがくらん西語科への進学をけつした。

 あなたは無事だいがくを卒業した。

 これは運命の入口であった。

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