第二話

 物語はらんしようしたばかりであった。

 もうひとつの物語はかいびやくもしていなかった。

 中流階級のまなむすめとして誕生しへんなる性格ながら思春期をおうしていったあなたとは対照的にわたしはかんどくとまでは断言できないもののさんたんたる運命を享受することとなった。無論この物語をひもいてゆくうちにそうめいなる読者はあんたんたる宿命のもとに誕生したわたしが全知全能にして天地かいびやくを完遂し森羅万象の運命を支配するえいごう不滅の神霊をじゆするような感慨もあろうかとおくそくするかもしれないが現在なる体験がしゆうえんをむかえたのちはような人生へときようどうしたもうたことをむしせんめいとして感謝したいというような奇妙なる胸臆をれきしたいとこうかくする。また同時に元来ぎよう混濁の世界を――この世界を『よし』とされたのもえいごう不滅の神霊なのだが――さらにきようかんの地獄へとひようへんさせかつきようらんとうはんらんの結果神霊のげきりんにふれもうりようちようりようばつする奈落に堕落させられたことへのふくしゆうを――全知全能の存在にたいしてはあまりにも無力だと自覚しながらも――疾風迅雷の精神で完遂せんとした魔王の悲劇にもあいまいとしながらもたんげいすべからざる同情念をれきせずにはいられない感慨である。ような矛盾した感慨のもとでこの物語を執筆しなければならないためにわたしは結局完璧に――すいりしやにおいてアリストテレスがひようぼうしたように――『中庸』の精神をまっとうせんとけつするところである。

 わたしの物語もらんしようせねばならない。

 中流階級のもとにあなたが誕生してからおよそ一年後昭和五十八年西暦一九八三年わたしは日本列島の岐阜県の片隅の産婦人科病院においてあんたんたる産声をあげた。事実あいたいたる暗雲がそうきゆうを閉塞している爾時に祝福されざるかたちで誕生したわたしの家族はどうもうなる鉄工所従業員の父親といんなる娼婦の母親という下級階級のふたりだけであった。相互にえんおうちぎりをかわしてあいあいたる家族としてこうしのいでゆくほど満足なる所得を享受していなかったために父親と母親はけつして結婚する以前のことであった。せんめいとして自立した生活もままならないままわたしの誕生を爾時としてどうせい生活を開始した両親はらい一層しゆうそうれつじつの労働にしんしようたんすることになりいくばくかのかんなんしんは超克せねばならなかったが一応ろくしんけんぞくからの援助もあって下流階級の三人家族のこうも充分にしのげることになりやがいくばくえいきよもかぞえぬうちに結婚をすることとなった。がんめいろうなるろくしんけんぞくの忠告を排斥して結婚した結果いちの希望でもあったろくしんけんぞくからのいくばくかの援助が断絶されめんにおちいった父親はやがてアルコール類にたんできするようになった。はいじん同様となった父親はおうようたる鉄工所の社長からもかくしゆを断言されげつこうした結果うつぼつたる破滅への欲望にひようさればんこくの焼酎を鯨飲したうえ老朽化したしやりよういんしんたる名神高速道路を蛇行運転し衝突事故を勃発させた。まんしんそうの父親は意識混濁状態で病院へ搬送いくばくもなくはん寂静のがんぼうまま寂滅した。妖艶いんなる娼婦としてもこうしのげなくなった母親も突発性の鬱病にかんして自殺しわたしは九歳でかんどくとなった。

 わたしは憂鬱なる運命にきようどうされていった。

 無論わたしはどうもうなる父親をも尊敬していたし突然に自殺した母親をじゆしてもいなかった。むしろこのころからわたしはにしていちれんたくしようの家族を崩壊させた文明社会にふくしゆうするかというわんきよくした正義感にひようされてゆくこととなった。かんどくとなったわたしは絶縁状態であった親戚にも同情されわいしようなる中華料理店を経営している叔父と叔母のもとでこうしのがせてもらうこととなる。またアニメ番組『悪魔くん』に影響されたわたしは小学生時代から黒魔術の世界に憧憬するようになっていった。小学校中学校と卒業したわたしはかんぐうのまましんしようたんして大学入学資格検定に合格高等学校卒業同等の資格をもって零細企業ながら鉄工所に勤務できることとなった。まだ黒魔術にたんできしていたわたしはヘブライ語かららん西語へ英語へと翻訳された黒魔術の奥義書『アブラメリンの魔術』の存在を確認し難解なる英語の勉学に孤軍奮闘しこれをもって最愛の家族をだつした社会にふくしゆうせんとけつするのであった。

 物語はらんしようした。

 ふたつの魔術がわたしたちの運命をひようへんさせた。

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