第三話「新会社法を活用すれば」

「どこか、漏電でも?

 ゴミが原因で、失火する場合もあるから気をつけませんとなあ」


 腕組みし、真剣な表情を浮かべる刀木かたなぎ


「社長、なにすっトボけたこと言ってんの。

 要はさ、おじいちゃまはもう一度茶道の家元として、看板を掲げる決意をなさったってことよ」


 むつみは刀木の肩を叩く。


「さようじゃ。

 これでものう、昔はお弟子を抱えて茶の心を伝えておった。

 今さらこんな老いぼれが、しゃしゃり出る必要はないやもしれぬが。

 ふぉっふぉっふぉっ、まあ最後のあがきじゃて。

 この森も整備して、誰もが散策できるようにするか。

 さすれば近隣のお子たちも、安心して自然と戯れることができるようになる。

 しかし曲桜まがざくらの森が『禍桜まがざくらの森』と呼ばれるようになっておったとはのう。

 そのうえ茶人さじんのわしが、いつのまにやら悪魔崇拝の邪教信者などと。

 あまりに世間と離れすぎておったわい。

 まあ、それはいいとしてもじゃ。

 嘆かわしいことに、自然がどんどん失われていきおるでな。せめてこの森くらいは残していきたいものじゃて」


「あ、ああ。それはいい考えだなあ。

 ぼ、ぼくも家で飼ってるアインシュタインとマリーキュリーの一家を、この森へ移住させてあげようかなあ」


「ノリゾーさん、それってまさか」


「セアカゴケグモ、だなあ」


「ダメッ!

 絶対だめ!

 むしろ駆除しなければ世間が許さないわよ!」


 則蔵のりぞうはションボリと肩を落とした。


「アッ、ちょ、ちょとぉ、そんなに抱きつかれても」


 みちこちゃんは後脚で立ち、前脚を刀木の肩に乗せて背後から羽交い絞めのような仕草で甘え始めている。

 長い舌が伸びて刀木の顔を後ろから舐めだした。


「み、みちこちゃん、わかったから、わかりましたから。

 あっ、マスクが外れた」


 とたんに刀木の鼻孔に向けて、ゴミの腐敗臭が見事なフックを繰り出す。

 強烈な臭いのパンチは、刀木の意識を遥か彼方へ飛ばした。


 キューンッとうなって、くにゃりと刀木の身体が崩れ落ちる。


 みちこちゃんは待ってましたといわんばかりに、倒れた刀木の身体にのしかかった。


 それを横目で見ながら、三人は再び会話を始める。


「でも無料タダで会社の建物を、こちらに建てさせていくわけには。

 さすがに気がひけちゃうわね、ノリゾーさん」


「わしの土地じゃからな、お代などいただくつもりはないわい。

 それに、みちこちゃんの面倒をみてほしいと、お願いしておるのはわしのほうじゃからな」


 どうしたものかと、むつみは則蔵のお腹を肘で突いた。


 ボーっと宙に視線をはわせていた則蔵は、約三十秒後にあることに気づき、お腹をポリポリとかく。


「ああっ、そうかあ!」


 いきなり叫ぶ則蔵に、むつみは飛び跳ねる心臓を抑える。


「ノ、ノリゾーさん、お願いだからいきなり叫ばないでっ。

 あたしのデリケートな心臓が、そのうち急に止まっちゃうから。

 で、今度はナニを根拠に叫んだのさ」


 超合金製の心臓を持つむつみは、則蔵に問うた。


「カ、カブだよ、むつみさん!」


「カブ?」


 曲桜も首を傾げた。


「ここに畑を作って、カブを栽培せよということかの。

 まあ、畑くらいはわしが趣味でしてもよいが、大根のほうが好みなんだがのう」


「ち、違うよ。

 かぶじゃなくて、株式会社の株だあ」


「株式会社?」


 むつみと曲桜は顔を見合わせた。


「あ、ああ。カタナギ・ビューティは、社長が個人でやってる商売なんだけど。

 それを株式会社にするんだあ。

 株式を発行して、株主を集って資金を提供してもらうって方法。うん、方法」


「っていうことは?」


 むつみはなんとなく、則蔵の企みがみえてきた。


「そう、おじいちゃんに大株主になってもらうんだあ。

 それなら資金提供を得やすくなる」


「ほう、わしに株主になれと申すのか」


「でも、ノリゾーさん。そんなに簡単に株式会社って作れるの?」


「え、ええっと。

 新会社法が施行されて、株式会社を設立するときの最低資本金制度が撤廃になっているから、資本金はいくらでもいいんだあ。

 きょ、極端な話だけど資本金が一円でも、株式会社を設立することができるんだなあ。

 以前は株式会社設立なら、一千万円が最低必要だった」


「つまり、カタナギ・ビューティ株式会社、にしちゃうってことね」


 むつみは文学部であるが、経済関係の講義も選択しているから則蔵の説明は理解できる。

 曲桜も相槌を打った。


「わしが株主となって資本金になるお金を出す、そういうことじゃな。

 その資本を元に、おまえさんがた経営陣に事業を任せると。

 それによって利益が出れば、株主つまりわしに還元してくれる」


「そ、そういうことだあ」


「わしは銭にはまったく困らんが、それはそれで何やら面白そうじゃな」


 株式会社になれば、「信用」力がついてくる。それはもちろん資本金の額にもよるが。


 対外的には、資本金がいくらあるかどうかで会社の信用力が大きく左右されるということなのだ。


 資本金が多いと金銭的に体力のある会社と見なされるので、仕入れ先や営業先との取引で有利になる。


 そうなったら今までのように、社長のキャバクラの伝手に頼らなくてもお仕事をとってくることができるわね。

 アルバイト代も遅滞なくいただけるじゃない。

 よーし、なんだかあたしも燃えてきちゃったわよ!


 むつみの瞳がキラリと光った。


「ノリゾーさん、あたしはやるわよっ」


「あ、ああ。頑張って、むつみさん。

 ところで、なにを?」


「お仕事に決まってるじゃない。

 日本全国のお家を綺麗にして差し上げるのよ」


「うむっ。

 やはりみちこちゃんが惚れこんだだけのある、若者たちじゃ。

 そうと決まれば、早速行動開始じゃ。

 わしの隠居生活も、今日でおしまいじゃな」


 むつみは気絶したままの刀木を叩き起こし、お掃除開始のげきを飛ばした。


「むっちゃん、仮にもわたしは社長よ。

 親の仇みたいにさ、そんなに何度も何度も横っ腹を思いっきり蹴らなくても」


 マスクをかけ直しながら、ぶつぶつと文句を垂れる刀木。


「お掃除屋が腐臭ごときに倒れるだなんて、ったく、情けないったらありゃしないわ」


「も、もしかして社長、お腹が減って気絶したのかなあ」


「ノリゾーや、今どきそんな人間はあまりいないと思うけど」


「きょ、今日はサンドイッチを、かあちゃんがいっぱいこさえてくれてるから」


「おっ、サンドイッチとはこれまたハイカラな。

 じゃあ作業前にさっそく」


 刀木は気づいた。


「いや、今はやめておこう」


 サンドイッチを食べるとなると、当然マスクを外さなければならない。


 さすがに二度も気絶すれば社長としての沽券こけんに関わると思い、空腹を耐えることにした。


 ~~♡♡~~


 三人は手分けしてゴミを分別し、カタナギんちゃん号に順に詰めこんでいった。


 いざお掃除作業になると、さすがはプロ集団である。

 三人とも息の合った連係で次々と片付けていく。

 いつもの軽口やおしゃべりはない。


 三人とも自分が何をやるのかをきっちりと理解しているから、無駄な動きがないのだ。


 可燃物や資源ゴミ、リサイクル対象品とそれぞれを広い大地の上で分類していった。


 家の中にも相当な量のゴミが溜め込まれている。


 刀木がカタナギんちゃん号でゴミごとに指定場所まで運ぶ間に、則蔵は家の中からゴミを運びだし、むつみはモップに雑巾を手にして家の中を掃除していく。


 その手際は舞台のショーを観るような、華やかで美しいと表現しても良い動きであった。


 もちろん廃棄処分の選別は、曲桜に確認を取ってもらう。

 一階の荷物は九割がたゴミであった。


 二階の一室に入ったむつみは驚愕する。

 その部屋だけは一切のゴミはなく、掛け軸や花瓶、茶器などが木箱に収められ丁寧に積まれていたからだ。


 その数は半端なかった。

 そのまま茶道具のお店として開業できるくらいである。


 つづく

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