第四話「新たなる門出」
先ほど
則蔵がお宝が家の中にあるかもしれないと推測したのには、理由があった。
曲桜が家の外で「お茶でも立てて」と口にした言葉だ。
一般的には、来客には「お茶でもいかが」とか勧めるのに、「お茶を立てる」とは言わない。
茶を立てるとは、茶道の心得があるからだろうと。
そして茶道を
直後、断末魔のような悲鳴を上げた則蔵が転がるように階段を下りてきて、むつみにとんでもないお宝が眠っていたと教えてくれていたのだ。
それを今、目の当たりにしてむつみも「す、すごい」と生唾を飲み込んだのだ。
曲桜が茶人の心を忘れないようにと言っていたのは、このことであったようだ。
最後のゴミ袋を処理しに出かけたカタナギんちゃん号がもどってきたとき、森のバックはオレンジ色の空に変わっていた。
もっと時間はかかると思われたが、選別に手まどらなかったため、予定していた時間よりもかなり早く終了することができたのである。
掃除に時間がかかるのは、捨てる捨てないに頭を悩ますからだ。
「ミッショーン、コンプリートッ!」
「よっしゃあ!」
「お、終わったんだなあ。うん、終わった」
むつみは則蔵と刀木とともにハイタッチする。
すっかり綺麗に広がった家の周りを、みちこちゃんは興味深そうに鼻を鳴らしながら歩き回っていた。
とんでもなく疲れたけど、なんて気持ちのいい汗かしら。
目をそむけたくなるようなゴミ屋敷が、あたしたちの手によってこんなにも綺麗になったのよ。
うーん、やっぱりお掃除のお仕事は、あたしにとって天職ね。
沖田
もちろん財務部長の肩書はいただきますけど。
むつみはそっとゴーグルとマスクをはずす。
ゴミの残臭はあれど、あとは自然の風が清めてくれる。
額に流れる汗を手の甲で拭った。
「おお、なんとも見事なお手並みじゃったな」
曲桜は後ろ手に組んで、オレンジ色に染まる自宅を仰ぎ見る。
「これで残金をいただいてと。
今夜はパーッと派手にくりだしちゃおっかなあ。
お店にあるお酒を、ぜーんぶわたしが買い占めてあげちゃうんだから。
ウヒヤヒヤヒヤッ」
刀木は見るに堪えないお下劣な表情を浮かべている。
「あっ、社長。
今後はすべてあたしが資金管理いたしますから」
腕を組んでむつみはキッパリと言った。
「えっ?
いや、だけど社長はこのわたし」
「あ、ああ。肩書はそのままだけど、株式会社になったら一番発言権を有しているのは、株主さんなんだあ」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。
社長が一番エライのじゃなくて?」
「株主さまだあ」
エーッ!
刀木はクタクタと尻餅をつく。
そこへノッシノッシと歩いてきたみちこちゃんが、刀木の両肩に前脚を乗せてくる。
「そういうことでございますので、しゃ・ちょ・う。
さっ、ノリゾーさん、忙しくなるわよ。
会社設立したら、登記やなんや色々手続きしなきゃならないんでしょ」
「あ、ああ。そ、そのことならぼくに任せて欲しいんだあ。
税理士、司法書士、行政書士に関するお仕事は、問題なくできるんだなあ。
し、資格はないんだけど。
あれ?
なぜできるんだろう。
あっ!
魚の干物は頭も骨も、全部残さず食べろって、小さいころからかあちゃんに言われて食べてたからだっ。
アジは干物にするとアミノ酸などの
いや、だからって骨を無理矢理幼子に食べさせる母親って、どうよ。
ああ、ノリゾーさんのおっかさんって、女相撲か女子プロレスラーだったっけ。
それならありうるかもね。
食に関してはうるさいむつみでも、さすがに
~~♡♡~~
専門の業者を雇い、無造作に生えていた木々や雑草を伐採して森林公園のたたずまいに生まれ変わろうとしていた。
ゴミ屋敷であった旧曲桜邸は、すでに取り壊されている。
新築予定の設計図に寄れば一軒は和風の一階建てで、南向きに茶室を
もう一軒は三階建て鉄筋コンクリートのビルだ。
一階部分にはカタナギんちゃん号や、大きな掃清道具が収められ、二階部分が事務室や会議室、社長室を含む社屋となっている。
三階は刀木の自室として貸与される予定だが、その半分はみちこちゃん用の部屋となっていた。
いや、むしろ、みちこちゃんの部屋に刀木が間借りしている。
そちらのニュアンスのほうがピッタリくる。
もちろん一階までの、みちこちゃん専用エレベーターが付く予定である。
それらが完成するまでの間プレハブの仮設住宅が二棟建てられ、曲桜とみちこちゃん、刀木とそれぞれが寝起きしている。
一軒は「裏千家分派曲桜流茶道家元、曲桜
もう一軒には「カタナギ・ビューティ株式会社本社仮社屋」と、ちぎった段ボール紙に、汚い文字がマジックインキで書いてある。
刀木は結局メーエキのビルから住居もこちらに移した。
だが仕事は相変わらず入らない日が多く、暇を持て余しているとプレハブの玄関をみちこちゃんが前脚でガンガン叩き、お散歩の催促をしてくるのだ。
曲桜は則蔵にも是非いっしょに住んで欲しいと乞うが、「ぼ、ぼくはいいけど、かあちゃんが寂しがるから」と言って相変わらずコンビニの袋を下げながら自宅から通勤している。
運転免許取得は頑なに拒否し、地下鉄の駅から社用車として購入した自転車を利用しているのであった。
~~♡♡~~
むつみは大学構内の駐輪場に停めてある、ソフトバイクまで歩く。
シートの下に収納していた、真っ白なハーフヘルメットを取り出した。
「このマークだけは、やっぱり馴染なじめないわねえ」
ヘルメットには恐怖の人食い鳥、カタナギんちゃんが黒一色で大きくプリントされていた。
これは刀木がどうしても残しておきたいと、今や大株主となった曲桜に土下座して頼み込んだのだ。
土下座をなんのためらいもなく、即座に利用するトホホなCEO、最高経営責任者などそうはいない。
「さあって、財務部長のご出勤よう」
ハンドルを握り、バイクを押して校門から出ていく。
むつみは校門から出るところで、ランニングからもどってきた二十名ほどの空手部員たちとすれ違った。
さすがに日々の鍛練は怠りない。
見てくれは相変わらずチンピラ風であるが。
ハッとむつみに気づいた空手部員たちは悲鳴を上げながら、むつみと目が合わないようにあわてて隠れようと右往左往するが、校門沿いの壁には隠れる場所などない。
大学内では暴君である彼らが、壁に大の字で張り付く者、電柱のよじ登ろうとする者、参勤交代に出会った農民が急いで地面にひれ伏すように土下座して顔を隠す者等々、背に腹は代えられぬと醜態をさらす。
むつみは彼らにとって、今や完璧に恐怖の対象であった。
この一ヶ月の怪奇なるやりとりで、すっかり「戦慄のサイ子」がむつみであると信じきっているのだ。
そりゃあ、コワい。
バイクを押してきたむつみは、目の前に震えながら土下座しているオールバックの男子の前で止まった。
その男子は気配に気づき、「ヒーッ」とまるで乙女のような、あられもない悲鳴を知らず口にしている。
他の部員たちは固唾を飲んで見守っていた。
ガタガタと震えるオールバック野郎。
「ねえねえ、おたく」
むつみはやや腰を屈めて声を掛ける。
「ヒッ、ヒッ」
「いや、ヒッヒッじゃなくてさ」
「た、助けてください!
カマキリもミミズもチョー苦手なんですう!
わしは、いえ、ボクはいたって善良な大学生で、フツーに卒業してフツーに社会人になって。
そ、そうだ!
年老いた両親の面倒をみなきゃいけないんですう!
だから憑りつかないでくださーいっ!」
もうすでに泣き声になっている。
「はあっ?
鶏ツクネくださぁいって、どういうこと!
なぜあたしが焼き鳥をご馳走しなきゃならないのよ、ちょっと」
「ヒーッ、す、すみませーん!
どうかボクのことは忘れてくだいっ。
あ、あなたさまに目をつけられたら、一生鉄格子のはまった病院へ放りこまれますからあ!」
むつみは「はあっ?」と首を傾げる。相手が何を言っているのか、皆目見当がつかなかったからだ。
つづく
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