第四話「想定外の来客にたじろぐ」
そこにはスーツ姿の男性が数人、こちらを向いて座っていた。
ひとりが立ち上がると、黒い鞄を携えながら歩いてきた。
四十歳代と見受けられる男性だ。目つきがやけに鋭い。
業者ではないことはわかる。
歩いてきた男が目を
「弁道さん、営業統括の専務さんですな」
「ええ、わたしが弁道ですが」
どなたかと訊く前に、男はスーツの胸元から身分証を提示した。
「我々は、公正取引委員会中部事務所の者です」
「公正取引委員会? はて、そのお役人さんが朝早くからわたしになにか」
男は弁道をのぞき込むように言った。
「実はお宅の取引業務において、少々お尋ねしたいことがありましてね」
弁道は男を見たまま、口元だけに営業スマイルを浮かべた。
「ほう、なるほど。それはそれはご苦労さまですな」
弁道はポーカーフェイスのまま、公正取引委員会を名乗る男にギョロ目を向けた。
~~♡♡~~
「実はですな。
御社と下請け関係にある業者から相談が寄せられておるんですよ」
社長室で沖田、弁道と公正取引委員会の主任審査官と面談をしている。
「ほほう。相談、ですか」
弁道は丸眼鏡の下の目を半目にしながら、向かいのソファに男を
たかが
「営業の責任者であり、下請けの管轄も弁道さん、あなたで間違いありませんでしょう」
「ええ。当社の営業はすべて専務取締役である、このわたしが管理しておりますが」
「では、専務さん。
下請法は、もちろんご存じでしょうねえ」
「法律は専門家ではありませんが、まあ一般的な解釈であればそれなりに、と申し上げましょうか」
この間、沖田は興味深げに二人のやりとりを聴いている。
「親事業者の禁止行為として十一の項目があります。
第一項第一号の受領拒否に始まり、第二項第四号までのね。
その中で第二項第三号に当たる、不当な経済上の利益の提供要請、つまり下請事業者から金銭、労務の提供等をさせることに該当する行為があったという訴えが、届いておるのですよ」
男の説明に、弁道は鼻で笑った。
「ヌフフッ、ああ、こいつは失敬いたしました。
あまりに面白いジョークについ笑ってしまいましたよ。
我が社がそんなみみっちい業者いじめをしているだなんて、ヌフフフッ」
「まあそのあたりは審査させていただきますがね。
ご協力はもちろんお願いできますでしょうね。
独占禁止法の補完法になりますが、犯則調査権限を我々は有しております。
臨検、捜索、差押えを行うことができるということをお忘れなく」
その言葉に弁道の表情が固まる。
「おや、大丈夫ですか?
なにやらお顔の色がすぐれませんが」
男は
叩けばいくらでもほこりが出てくる。お掃除業者だけに。
などと冗談がいえない状況であることがわかる。
どの下請け業者だ、お上に直訴するなんて不逞な輩は。
俺は先代のときから、この会社の番頭を務めてきているんだ。
ここまでこの会社を大きくさせたのは、俺の力があってこそってもんだ。
クリーンなイメージを大衆に植え付けるために、確かに裏では色々とやってきたさ。
だが資本市場で企業が成長するためには、どこだって同じことをしてきているんだ。
たかが清掃を、ここまでビッグなビジネスに持ち上げるためには、もちろん踏み台が必要だった。
大きなピラミッドの頂点に登りつめるためには、それこそ土台になってもらう弱小企業は多くなければならん。
踏まれるのが悔しければ、自分たちで這い上がってくればいいのだ。
目先の銭金に尻尾を振って、楽をしてその場しのぎしかできない連中には、そんなのし上がる根性も力もない。
だからこそ土台で甘んじておるんだ。
それを今さら下請法だ? くだらん。
弁道のこめかみが、ピクピクと脈打つ。
だが現在は、上場準備に入った非常に神経質な時期だ。
このぼっちゃん社長は、株式上場には消極的だ。
できれば地道に商売をしたい、などと公言するくらいだ。
地道になんてやっていたら、新興勢力にアッと言う間に追い越されちまう。
ここで上場するかしないかで、今後が大きく左右されるんだ。
理系出身ってえのが、やはり間違いさ。
確かに新商品の研究開発には役立つ。
だが会社経営となればそうはいかん。
大所高所から経済界を
弁道には野心があった。
上場企業の取締役、そこからいずれは全権を掌握する代表取締役、つまり社長の椅子を狙っているのだ。
現社長には、関連の研究所へ移籍してもらう腹づもりである。
だからこそ、上場は悲願であった。
散々下請けの業者たちを泣かせてきていることは、否定しない。
それが資本主義だと思っているからだ。
勝てば官軍なのである。
そこへ寝耳に水の、公正取引委員会の登場である。
なぜこんなときに!
弁道は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
~~♡♡~~
カタナギ・ビューティ事務所。
テーブルの上には沖田
「まず今日の段階でですな、この家の周囲にあるゴミをすべて撤去すると」
「社長、ウチのあのボロに全部は載りませんよ」
むつみのさりげない言葉に、刀木は異議を申し立てる。
「ボロっておっしゃいますけどね、むっちゃん。
あれほど便利の良い車はないのですよ。
一応カタナギんちゃん号って、立派な名前もついてんですから」
「恐怖の人食い鳥、でしたっけ」
「あ、ああ。あれは社長がキャバクラへ通いながらも一生懸命考えて生み出した、わ、我が社のマスコット・キャラなんだあ。
ゆるキャラコンテストに出そうとして、業者に製作を依頼したんだなあ。
でもどこからも断られたって、いわくつきなんだから。すごいでしょ」
自慢げに胸を張る則蔵。
「そりゃそうでしょ。
あんな怖い鳥人形を作ってくれる奇特な専門業者はいないわ。
あっ、ハリウッドの造形師に頼んだら、超リアルに作ってくれるかも」
「おお、そ、それはいい考えだなあ、むつみさん」
小さな目を広げて、則蔵は大きくうなずいた。
「おいおい諸君。カタナギんちゃんの話はいいからさ。
この大量のゴミがやっかいなんだよね。
だから数回にわけて処理施設へ運ばなきゃいけないんだわな」
現在各市町村では一般廃棄物を適正処理するために、インフラ整備を行っている。
処理業者は委託や許可を受け選別、保管、リサイクルと、中間処理を担っているのだ。
ゴミと言えども中には骨とう品やマニアが欲しがる品もあり、目利きのある業者はそれらを競売にかけ、売却できるであろう金額をあらかじめ処理代金から差し引いてくれる。
えっ、こんな物が売れるの? って品物に何十万円と値がつくことも珍しくはないのだ。
今回は、もし眠ったお宝があればその売却代金は、本来の受託業者である沖田ソウG社に入る。
だが刀木が交わした契約書によれば、競売に掛けられそうな品物があった場合には処理を委託された業者、今回でいえばカタナギ・ビューティ社が好きにできるとあった。
どこまでも下請け業者を優先してくれる、懐のでかい沖田ソウG社だなあ、と刀木は気楽に考えていた。
違約金の話をされ、キャバクラへ行く時間を少々削って契約書を何度も音読した刀木である。
「よっしゃ、そしたらさっそく準備にかかるとするか。
わたしはカタナギんちゃん号を玄関前にまわしてくるから、道具はお願いね」
三人は立ち上がった。
つづく
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