第5話 デート!?(前編)
ある冬の日、サクヤは駅前のロータリーに向かって歩いていた。駅前通りは相変わらず人でごった返している。人ごみの中を抜けてロータリーにある市長像の前に着くと、誰かが声をかけてきた。
「遅いです。待ち合わせなら30分前に来るのが当たり前です」
明らかに不満げな表情をしたワシミミズクが視界に入る。何を隠そう今日は久々のデートの日なのだ。
「いつも言ってるけど、君も30分前に来たことないでしょ」
「さあ、何のことでしょうかねぇー」
サクヤが不服そうに口を尖らせたが、ワシミミズクはそれを無視して真顔で歩き出す。
「さ、早く行くですよ」
2人が向かった先は駅のすぐ近くにある人気インド料理店「マハラジャ」だ。ちょうど11時半を過ぎた頃で、店先にも数人が並んでいるのが見える。
サクヤが順番待ちの用紙に名前を書き、並んで順番を待つ。
しばらく待つうちに先頭になり、それに合わせて列はどんどん長くなっていった。
店員のアクシスジカが出てくる。
「2名様でお待ちの、ジョシュ様ー?」
「あ、はー、いてっ」
サクヤが返事をすると同時にワシミミズクに後頭部を小突かれた。
店内に向かいながらワシミミズクがサクヤに文句を言ってくる。
「あれは妹だけが使っていい呼び方です。勝手に使って欲しくないですね」
「ごめん」
「次勝手にやったら頭から丸呑みしてやるですよ」
「わかったって」
サクヤは正直丸呑みされてもいいとは思っているが、さすがに言うのはまずいので適当に返しておいた。
「お席はこちらになります。ご注文の際は呼んでくださいね」
アクシスジカが案内した席に座り、メニューを開ける。
インド料理店なのでもちろんカレー中心で、この店がいいと言ったのももちろんワシミミズクだ。
「どれも美味しそうなのです…。じゅるり」
「食べすぎないでよね?」
「大丈夫です。カレーは飲み物なのです」
冷静に言うことではないがワシミミズクにとってはカレーこそが至高の食べ物なのだ。メニューを見つめながら、ヨダレが出てきている。
「私は…、チキンカレーの甘口にするです」
「甘口?」
「か、辛いのは、得意ではないのです…」
意外にも照れながら答えるワシミミズクに心の中でニヤついているサクヤだったが、ここも抑えて平然を装う。だがそううまく隠せていなかったようだ。
「な、何をニヤついているのですか!」
急に大きな声を出したせいで、周りの人たちがちらほらとこちらを見ている。
「い、いや、別に…」
「あまりひどいと、覚悟しておいた方がいいですよ!」
「ごめんなさい」
頬を赤らめながらではあるが、威圧感に関しては一流だ。あまりのオーラにサクヤも目を合わせられなかった。
「早く料理を注文するのです」
その言葉を聞いてサクヤが前を見ると、早くも落ち着きを取り戻したワシミミズクが静かにこちらを見ている。
「ん、ああ、ごめん。すみませーん」
「はーい」
こちらに気付いた店員のインドゾウがやってくる。
「ご注文でしょうか?」
「お願いします。チキンカレーの甘口と、キーマカレーの中辛を」
「かしこまりましたー」
インドゾウが厨房に向かい、店長のインドライオンに注文を伝える。
「あの店長は、わざわざインドまで行って修行したらしいのです。だからここのカレーが食べてみたかったのです」
「なるほど…」
ワシミミズクは無類のカレー好きで、色々な店のカレーを食べ歩いたりしているのだ。
「あ、そういえばさ…」
「なんですか」
「今日お母さんから言われたんだけど、午後にカフェでPPPとスナネコがライブやるから来ないかって」
PPPとは大学で有名な、歌って踊って楽器もできるアイドルグループ、スナネコもまた大学で有名なバンドでボーカルをやっている。
「そんなこともやっているのですか。気になるですね」
「午後は時間もあるし、行ってみようよ」
「そうですね、せっかくなので行ってみるですか」
ちょうどそこで料理が届いた。
アクシスジカが2人の前に料理を並べて去っていった。
「美味しそうな見た目なのです…じゅるり」
「いただきます」「いただきますです」
「いやぁ、お腹いっぱい食べられて満足なのです」
食事を終えた2人が店から出てくる。店の前は来た時よりも行列が長くなっている。
そんな列の前を通り、ロータリーにあるバス停に向かう。
バス停に着きしばらく待つと、バスがやってきた。バスに乗り、終点のジャパリカフェに向かう。
「全然人が降りないですね」
「みんなカフェ行くのかな?」
道程も残り半分といったところでバス停に止まると、見覚えのある2人組が乗り込んできた。
「うわあ、すごい人だね!」
「そうだね、みんなカフェに行くのかな?」
サーバルとかばんだ。
「なんであの2人がいるのですか…」
そう言うとワシミミズクはいい感じに顔を隠そうとし、サクヤもさすがにデート中に見られるのは嫌なので、倣って顔を隠した。
2人には運良くバレなかったようで、バスが走り出す。
次のバス停に止まると、また見覚えのある2人組が乗ってきた。
「人でいっぱいなのだ…」
「おおー、すごいねぇ」
今度はアライグマとフェネックだ。
「なんであの2人もいるのですか…」
「いや、わからん…」
「あれ、2人もカフェに行くの?」
「そうなのだ!楽しみなのだ!」
「おおー、奇遇だねぇ」
4人はお互い気付いたようだが、こちらは運良くバレなかったようで、バスは次のバス停に止まる。
「わー!すっごい人!」
「おお、こんなに乗ってるのか」
今度はコツメカワウソとジャガーが乗ってきた。
「…なんでこんなに乗ってくるのですか…」
「全然わからん…」
「おっ、みんなもカフェに行くのか?」
「2人もカフェに行くんですね!僕たちもなんです!」
「PPPとスナネコ、楽しみだね!」
4人が6人になったがまだ運良くバレていない。バスはしばらく走り、バス停に止まる。
「うわ、すごい人だね…」
「止まってないで早く行きなさい、後ろがつまっちゃうわよ!」
今度はキタキツネとギンギツネだ。
「なんでこんなことになるのですか…!」
「俺にもわからん…!」
「あれ、なんで2人がそこに」
「あ、いや…」
「あら、もしかしてデート中!?」
ついにキタキツネとギンギツネにバレた。
ただ、運良くほかの6人にはバレなかったらしい。
「黙っておいてあげるから、楽しんできなさい」
「ありがとう、ギンギツネ」
そう言うと、2人は6人のところに向かった。
「あら、あなたたちもカフェに?」
6人全員が振り返る。
「おお、さらに増えたのだ!」
「ギンギツネにキタキツネも!そういえばオオカミとサクヤはいないの?」
カワウソがギンギツネとキタキツネに聞くと、答えは別の場所から聞こえてきた。
「私ならここにいるよ」
「お姉ちゃん!?それにアミメキリンも!」
声の主はタイリクオオカミだった。その隣にはアミメキリンもいる。イスの影にいたせいで誰も気付かなかったのだ。
「この前は、悪かったね」
「いいのよ、楽しかったから」
「そうか、それならよかった-」
「このバスは一体どうなってるのですか…!!」
「どうなってるんだ…」
サクヤとワシミミズクはまさかオオカミとアミメキリンもがいるとは思っておらず、ついにバレるのではないかと縮こまっている。
「-サクヤは……知らないね。ワシミミズクとどこか遊びに行ってるんじゃないか?」
オオカミが笑いながら答える。完全にどこにいるか気付いている顔だ。
「それか、もう少ししたら来るかもね。まだ時間もあるからさ」
サクヤが少し顔をあげると、オオカミと目が合った。
「あー、オオカミ姉気付いてるよ…」
「完全に遊ばれてるのです…」
外を見ると、一つ前のバス停をちょうど過ぎたあたりだ。
「おっ、もうすぐだね」
「先生、私はうまく出来るか心配です!」
「まあ落ち着きなよ、アミメ君。いつも通りやっていれば大丈夫さ」
「2人は観に行くんじゃないんですか?」
「たまには親孝行でもしなきゃなと思ってね、2人で手伝いに行くんだよ。あともう1人いるらしいんだけど…」
「だから僕たちに頼まなかったんだ」
そこで運転手のサラブレッドくりげのアナウンスが聴こえてくる。
「まもなく、終点、ジャパリカフェです。お忘れ物にはご注意ください」
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