第3話 ジャパリカフェでリサイタル!?

ある日、サクヤが駅前通りを歩いていると、

「ん?なんだろう、あれ」

駅のすぐ側、何かの店の前に行列や人だかりが出来ていた。

店に近づいて行くと、スマートフォンで写真を撮っている人たちの中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

コツメカワウソと、隣にいるのはジャガーだ。

「あれ、どうして2人がここに?」

「あ、サクヤ!」

「おお、サクヤ!今日開店したばかりのお店にカワウソが行きたいって言うから、ついてきたんだ」

近所に住んでいるジャガーは、昔からゲームばかりのキタキツネや男であるサクヤ、年の離れた姉たちに代わり、カワウソに歳の近い姉のように接してくれていたため、仲がいいのだ。

店の入口の上にかけられた看板を見上げると、そこには「せるり庵」と書いてある。どうやら和風喫茶らしい。

「せるり庵…。へえ、こんなの出来たんだ」

「隣町にあるせるり庵の2号店らしいよ」

「なるほど…」

上手く撮れないからなのか、いろんな角度でスマートフォンを構えるカワウソを横目に、話は続いていく。

「でも、こんな駅前にカフェが出来ちゃうと「ジャパリカフェ」が心配じゃないか?」

ジャパリカフェは、街外れの丘の上にある街で唯一だったカフェだ。

「確かに、あそこは遠いもんなあ」

「ちょっと、行ってみるか?」

「そうだね」

「さ、カワウソ。行くよ!」

「あ、ちょっと待って!ジャガー!まだお気に入りの写真撮れてないのにー!」

バス停へ向かう2人に、カワウソが慌てながら走って追いかけてくる。


カランカランカラン…

「はーい、いらっしゃーい!」「いらっしゃいませー!」「いらっしゃいませであります!」

ジャパリカフェに着くと、いつもの店員たちが迎えてくれた。オーナーのアルパカ・スリ、店員のアメリカビーバーとオグロプレーリードッグだ。しかし、肝心の客は…。

「誰も来ないねー」

アルパカがため息混じりに答える。

「今まではこんなことなかったんだけどさー、あれだよ、「せるり庵」っていうお店ができたからだよ」

「そのせるり庵とかいう店、吾輩が生き埋めにしてやるであります!」

「ちょっと、落ち着いた方がいいッスよ、プレーリー…」

たしなめるビーバーだったが、プレーリーは相変わらず生き埋めにしてやると息巻いている。

「これは、なんとも言えないぞ…」

ジャガーが困ったように呟く。

「どうにかお客様を呼び戻さないといけないッスね…」

カランカランカラン…

ちょうどその時、誰かが店にやってきた。

「いらっしゃーい!」「いらっしゃいませー!」「生き埋…いらっしゃいませであります!」

「私たちなんかやった?」

「いえ、別に何も…」

ひそひそと話す声が完全に聞こえている。

サーバルとかばんだ。

「ただ間違っただけでありますっ!」

プレーリーが顔を真っ赤にして言い返した。

「ごめんね、ところで、お客さんはいないの?」

「それがねー、駅前にできた「せるり庵」っていうお店に、お客さん取られちゃったみたいなんだー」

サーバルの質問に対し、アルパカが答えた。

「それで、うちでも何かお客さんを呼び戻す方法を考えなきゃって思ってるんだけど、何も思い浮かばなくてねー」

「かばんちゃん、何かいいアイデアない?」

「ちょっと待ってね、サーバルちゃん」

そう言ってかばんがあたりを見回す。

「うーん…」

広い庭、テラス席、隅っこに置かれたピアノ。

「あ、そうだ!」

「何か思いついたの?かばんちゃん!」

「誰かに歌を歌ってもらうのはどうでしょう?せっかく広いお庭があるので、そこにお客さんを集めて、テラス席ではお茶を飲みながら!ピアノの伴奏で歌うんです!」

「おお!いいアイデアだにぇー!」

「でも、誰が歌うんだ?」

ジャガーの質問にみんなお互いの顔を見合わす。

思い出したようにサクヤが言う。

「ジャガーって、歌上手くなかったけ?」

「え?ええ!?私!?私は仕事があるからー…」

「それじゃあ仕方ないか…」

一瞬希望が見えたためか、みんなの顔が明るくなったが、すぐ落胆に変わってしまった。

そんな中、1人だけ考えているのかわからないような人物が声を発した。

「あ、そうだ!」

「なになに?」

サーバルがえげつない角度でフレームインしてくる。

「音楽のトキ先生ならやってくれるかも!」

アルパカを除いて、みんな高校でトキの音楽の授業を受けていたため、よく知っている。そのアルパカも、子どもが通う高校の先生なので、もちろん知っている。カワウソに至っては現役で授業を受けているのだからなおさらだ。

「でも、先生も忙しいんじゃないか?」

ジャガーの疑問にみんな頷く。

「あ、でも、トキ先生って歌うの好きでしたよね?」

「確かに、好きだったな。もしかしたら来てくれるんじゃない?」

「かばんちゃんとサクヤもそう言ってるんだし、頼んでみようよー」

オーナーの頼んでみようという一言に納得したのか、みんな頷いている

「わかったよお母さん、明日頼んでくるね!」

「でも、ピアノはどうします?」

みんなすっかり忘れていたが、ピアノの伴奏も、という話だった。

「先生に頼んで連れてきてもらおうよー」

「それが良さそうッスねー」

「吾輩もそれがいいと思うであります!」

かくして、ジャパリカフェにトキと伴奏者が来ることとなった。


次の日の夕方、トキがジャパリカフェにやってきた。それまでカフェに来たのは少しの常連客だけだった。

「ふわぁあいらっしゃーい!ようこそジャパリカフェへ!」

「ようやく来てくれたんスね!」

「うおおお!待っていたであります!」

トキが来るのを今か今かと待ちわびていたアルパカたちが嬉しそうに迎える。

「あら、本当にお客さん少ないのね」

「そうなの、みんなせるり庵に行っちゃうんだ」

「それは残念ね。私の歌で必ず取り返してあげるわ」

トキの目は自身に満ち溢れている。その目を見て、アルパカも頼もしそうだ。

「それで、どこで歌えばいいのかしら」

「こっちだよー」

アルパカがトキを庭に連れていく。芝が敷いてあり、花壇で囲まれた綺麗な庭だ。

「綺麗な場所ね」

「ここにビーバーとプレーリーにステージを作ってもらうから、そこで歌って欲しいんだー」

「わかったわ。ピアノの伴奏者にも連絡しておくから大丈夫よ。日曜日の2時からでいいのよね」

「そだよー、ありがとにぇー」

「いいのよ、久しぶりに人前で歌えるの、楽しみだわ」

トキが静かに笑うのを見て、アルパカは嬉しそうだ。そして、それをテラス席から見ているビーバーとプレーリーも楽しそうにしている。

「日曜日が楽しみッスねー」

「いやぁ、楽しみでありますなー」


ようやくやってきた日曜日、色々なところで話を聞いた人たちが集まってきた。庭の真ん中あたりにはビーバーとプレーリーが作った、木製の立派なステージが出来ていた。

「うわぁ、すごい数の人だね!」

「そうだね、サーバルちゃん!」

「おおお、これは一大事なのだ!」

「まさかこんなに集まるとはねぇ」

サーバル、かばん、アライグマ、フェネックも来ている。

「みんな来てくれてありがとねー」

アルパカが4人にあいさつに来た。来た人全員にあいさつをして回っているようだ。

「あれ?あそこにいるのキタキツネじゃない?」

サーバルが指した方を見ると、テラス席にカフェの前掛けをしているキタキツネがいた。そして店の中にはサクヤとカワウソも見える。

こちらに気づいたキタキツネが笑顔で手を振り、4人も笑顔で振り返す。

それに気付いたアルパカが、どうして働いているのか説明してくれた。

「忙しくなるだろうからって、手伝ってくれてるんだー」

「いいなー、私も働いてみたいなー」

「また今度ねー」

サーバルの妄想を遮るようにビーバーの声が聞こえてくる。

「アルパカさーん、トキさんたちが来たッスよー」

「はーい、今行くから、まっててー!じゃ、楽しみにしててねー」

そう言ってアルパカは店の中に入っていった。

「あれ、みんなも来てたんだ」

「あれ、ジャガーさん?」

アルパカが去った後、入れ替わるようにジャガーが側にやってきた。

「ジャパリカフェにはいつもお世話になってるからねー」

ジャガーが笑いながらそう言い、ふと、周りを見渡した。

「そういえば、ここからの景色って綺麗だし、空気もおいしいよね」

「言われてみれば、とても綺麗ですね」

「今まで気付けなかったのだ…」

山頂にあるおかげで、ここからは街が一望でき、周りも緑で溢れている。いるだけで癒される場所だ。

「おっ、トキ先生が来たよー」

フェネックが見ている方に目を向けると、トキとアルパカ、そしてピアノ奏者のショウジョウトキが出てきた。

「「おおおー!」」

パチパチパチ…

歓声と拍手の中、3人はステージに歩いていく。アルパカが先にステージに立ち、あいさつを始めた。

「みなさん、今日は集まってくれてありがとねー!それじゃ、トキさん、ショウジョウトキさんよろしくー!」

再びの拍手、トキとショウジョウトキがステージに上がり、位置につく。観客席が静かになった。

「それでは聴いてください。『トキの歌』」


「今日のリサイタル、すごくよかったよ!」

その日の夕方、彼女たちはカフェの中に集まっていた。みんなくちぐちによかったと言っている。

「ありがとう。楽しかったわ」

「ぜひまた、お願いします!」

「ええ。またやってみたいわね」

「お客さんからも好評だったよー」

「私もまたやりたいわ!」

トキの歌はお客さんたちに好評で、またやって欲しいという声が多かったようだ。

「私も聴きたかったなー」

「次は俺っちたちが中にいるんで、カワウソたちは外で聴くといいッスよ」

「ビーバーありがと」

キタキツネが応えるのを見計らって、フェネックが口を開いた。

「あんな綺麗な景色を眺めつつ、歌を聴きながらお茶を飲めるっていいよねー」

みんなが外を眺めると、庭の向こうに夕日に染まるジャパリシティが広がっている。

「確かに、吾輩も歌を聴いていて気持ちが良かったであります。お茶も同時に飲んでもらえれば、きっといい憩いの場になれるでありますよ!」

「そうだねぇー、お庭にも席を作ろうかしらねー」

「俺っちとプレーリーで作るッスよ!」

「おまかせであります!」

トキが嬉しそうにアルパカに話しかける。

「それじゃあ、またここで歌わせてくれるのね!」

「ぜひぜひー!いっぱい歌ってってにぇー!」


次の日、すぐに外の席が出来上がった。そして、不定期ではあるが、トキたちのリサイタルを聴きつつ綺麗な景色を眺めてお茶を飲みたい、という人たちが再び訪れるようになり、ジャパリカフェはせるり庵にお客さんを持っていかれる危機を乗り越えられたのであった。






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