第2話 青いロボット!?

「ただいまー。やっぱり我が家はいいねぇ」

ある日の夕方、自宅のリビングでくつろいでいたサクヤとキタキツネのもとに、とある人物が訪ねてきた。

「サクヤ、行ってよ」

キタキツネは携帯型ゲームに夢中で動きたくないらしい。

「僕今忙しいの」

「仕方ないな…」

呆れたと言わんばかりの大きなため息をついたサクヤが、リビングから玄関に向かうドアを開けると…。

「わっ!」

「うわあっ!」

下の方から突然現れた顔に驚いて、サクヤは後ろに吹っ飛んでしまった。

「サクヤ、うるさい。今いいところ」

相変わらずキタキツネはゲームに夢中だ。キーを押す音に熱がこもっている。

「ふふっ、いい顔いただき」

見慣れたオッドアイの目に、聞き慣れた口癖。してやったりと言わんばかりの立ち姿の人物は…。

「…オオカミ姉!」

「え!?」

サクヤの一言で気づいたのか、キタキツネもゲームを放り出して急いで駆け寄ってくる。

「オオカミ、おかえり!」

タイリクオオカミが笑顔で応える。

「ただいま」


3人でリビングのソファに腰掛けると、さっそくオオカミが話し始める。

「2人とも久しぶりだね。今日はちょっと用事があって来たんだ」

「「用事?」」

2人が同時に首を傾げる。さすがは双子といったところだ。

それが微笑ましかったのか、オオカミは笑顔で続ける。

「そう、編集さんからこんなものをもらったんだ…」

そう言うと、玄関に戻り、大きな紙袋を持って来た。そして、神妙な面持ちで話し始める

「実は昨日の夜、世にも恐ろしい怪物を退治したらしくて、その生首を…」

「「えええーっ!?」」

2人が恐怖で飛び上がるのを見て、オオカミは満足した様子だ。

「冗談だよ。いい顔いただきました」

「もう、やめてよ!」

キタキツネが顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言い返したが、オオカミは全く気にしていないようだ。2人が落ち着くのを待ったのか、一呼吸置いてからオオカミが口を開く。

「本当は、青いロボットさ」

「青いロボット!?それも冗談だよね!?」

サクヤがまた飛び上がる勢いで聞き返した。

オオカミは笑いながら返す。

「本当だよ」

サクヤの脳裏にあの青ダヌキが思い浮かぶ。

しかしここは22世紀ではないし、そもそも世界線が違う。

オオカミはそれを知ってか知らなくてか、楽しそうに袋から「青いロボット」を取り出した。

「ほら、これ」

出てきたのは、青い耳に水色の体、シマシマの尻尾がついた、ちょっとずんぐりむっくりした感じのする「青いロボット」だった。

サクヤの心から安堵の息が漏れる。

「これ、「ラッキービースト」って言う、家庭用ロボットらしいよ。編集さんが町内会のガラガラくじで当てたらしいんだけど、中古だしいらないって言うから貰ってきたんだ」

「オオカミはいらないの?」

「ラッキービースト」を不思議そうに眺めながら、キタキツネが聞いた。

「私の部屋もあまり大きくないし、こっちにあれば母さんも助かるかなと思ってね」

「なるほど…」

納得した様子でサクヤが頷く。

お手伝いロボットが家にいると便利だ。家事でもなんでもこなしてくれる。

「ねえ、どうやって電源入れるの?」

キタキツネがラッキービーストを持ち上げて、舐め回すようにスイッチを探している。

「ちょっと待ってね…」

オオカミは袋から説明書を取り出し、読み始めた。

「ふむふむ、なるほど…」

「どうだった?」

キタキツネは前のめりにオオカミの顔を覗き込みながら目を輝かせている。早く動くラッキービーストを見たいらしい。

オオカミが顔を上げた。

「電池切れ、らしいよ」

「ええ…」

キタキツネが残念そうにソファに座り込む。

「この台が充電器かな」

袋の中にもう一つ、コードが付いた台が入っていた。

オオカミが取り出してコードをコンセントに差し込み、キタキツネが台にラッキービーストを乗せると、真ん中のバッヂが光った。どうやら充電中であることを示しているようだ。

「「おおー」」

3人の口から歓声が漏れた。キタキツネはしゃがみこんで充電が終わるのを今か今かと待ちわびている。

「これで充電が終われば動くんだよね?」

「動かなかったら、中古だから仕方ないと思ってね、キタキツネ」

「…わかった」

ちょっと残念そうな顔をしたキタキツネだったが、それでもしっぽを振りながら楽しそうに充電中のラッキービーストを眺めている。

「それじゃ、私は仕事があるから、帰らせてもらうよ」

「もう帰るの?」

そう聞いたサクヤも、キタキツネも、寂しそうだ。

「来週が締切の仕事があるから、やらないとね」

「レアアイテムがあればすぐ終わるのにね」

「あなたはゲームばっかりやってないで、少しは勉強しなさい」

オオカミはそう言って、笑いながら部屋を出た。

「…はぁい」

サクヤたちもついて行く。

「それじゃ、また今度」

オオカミについて2人も外に出る。

「じゃあね」

「ばいばい」

庭から手を振ってオオカミを見送る。薄暗くなり始めた住宅街に、オオカミの姿は消えて行った。


オオカミが家を出てしばらく見送った後、2人は家に戻り、キタキツネはさっきと同じように、今度は鼻歌を歌いながらラッキービーストを眺め、サクヤは窓のシャッターを閉めて、晩ご飯を作り始めた。

しばらくすると、誰かが勢いよく玄関を開けて入ってきた。

「ふぅーっ、たっだいまー!」

「おかえり、カワウソ」

「おかえり」

コツメカワウソだ。学校が終わって今帰ってきたのだ。

「おっ、いい匂いだぞー?」

さっそく匂いを嗅ぎつけてキッチンに入ってきた。

「今日はカレーだよ」

「美味しそう!味見していい?」

カワウソが鍋に手を伸ばす。

「まだ出来てないよ」

「なーんだ、つまんないの」

カワウソはキッチンを出て、今度はリビングに向かった。もちろんラッキービーストをずっと眺めているキタキツネのところで立ち止まった。

「なにこれなにこれ!」

振り返ってキタキツネが答える。

「これはね、ラッキービーストだよ」

「らっきーびーすと?」

カワウソは不思議そうに首を傾げる。

「そう、家庭用ロボットなんだって。オオカミが持ってきてくれたんだ」

「へぇー、面白そう!」

「カワウソも気になるんだ」

「だって面白そうなんだもん!」

そう言ってカワウソはキタキツネの向かいにしゃがみこんだ。

「…」

キタキツネは取られると思ったのか、不服そうにほっぺたを膨らませている。

「充電してるから動かしちゃだめだよ」


コトコトコト…

しばらくの間、静かな空間に鍋の煮える音がひたすら続いていた。

カワウソとキタキツネはずっと充電が終わるのを待っている。退屈になってきたのか、キタキツネがあくびをし始めた、その時、

ピコーン

「ジュウデンカンリョウ、ジュウデンカンリョウ」

「うわぁ!しゃ、喋ったぁ!?」「おおー!なんだなんだー!?」

静かな空間を切り裂くような悲鳴が聞こえた。

「なんだ!?」

悲鳴に驚いたサクヤがリビングに行くと、キタキツネは完全に腰を抜かしてソファの影に隠れながら、そっと顔だけ出していた。そしてカワウソは面白そうにラッキービーストを眺めている。

「ケンサクチュウ、ケンサクチュウ…」

ピロピロピロピロ…

ラッキービーストが電子音とともに喋りながら、この部屋にいる3人の顔を順に見比べている。

ピコーン

「キミハ、「コツメカワウソ」ダネ。ソシテキミハ、「キタキツネ」ダネ。ソシテキミハ「ヒト」ダネ」

「ええ!?いや、ヒトっちゃヒトだけど、違うよ」

「ヒト…チ…チガ、ヒ………アワワワワワワ…」

サクヤに「違う」と言われたラッキービーストはフリーズしたのか突然震え始め、「アワワワワ」としか喋れなくなってしまった。

「どうした!?」

「今度はなんだー?」

「…僕たちはアニマルガールだからわかるけど、サクヤは違うから名前がわからないんじゃないの」

落ち着いたのか、キタキツネがそっとソファの影から出ながら言った。

「なるほど…」

「アワワワワワワワワワ…」

ラッキービーストはずっとこの調子だ。サクヤはどうにかならないかと考えたが、何も思いつかない。

「あっ、そうだ!」

カワウソが何か思いついたのか、ラッキービーストに話しかけた。

「彼はね、「サクヤ」って言うんだよ」

すると、ラッキービーストが静かになり、再び電子音とともに喋り始めた。

「サクヤ…トウロクチュウ、トウロクチュウ…」

ピロピロピロピロ…

ピコーン

「トウロク、カンリョウシマシタ。コツメカワウソ、キタキツネ、サクヤ、ヨロシクネ」

ジュワッ

その時、キッチンから鍋の水が溢れる音が聞こえた。

「やべっ」

サクヤが火をつけたままの鍋をすっかり忘れていたのだ。サクヤが火を止めるためにキッチンに向かおうとすると、

「マカセテ」

と言ってラッキービーストが先に行ってしまった。

家庭用ロボットだからいいか、と任せて見ていると、遠隔操作で火を止め、しかも中を確認してルーまで入れてくれたのだ。

「カレーノ、カンセイヲ、カクニンシマシタ」

「有能…!」

キタキツネが感激しながら呟いた。

「だけどさっき、俺だけヒトって言われたんだけど?」

「…ロボットだから、仕方ないでしょ」

キタキツネが適当に答える。

「まあまあ、面白い家族が増えたんだからいいでしょ!」

カワウソは全く気にしてない様子だ。

キタキツネが思いついたように言う。

「そうだ、ラッキービーストって結構使えそうだし、なんかいろんなこと助けてくれそうだから、ゲームに出てくるキャラにちなんで「ボス」って名前にしたらどうかな」

「敵じゃないの?」

「敵じゃないよ、司令をくれる人だよ」

サクヤの質問にキタキツネは不服なようだ。

「私はいいと思うけどなー」

「じゃあ決まりね」

賛成2票でこの話は終了し、ラッキービーストは、「ボス」と命名された。

キタキツネが「ボス」に話しかける。

「今日から君は「ボス」だよ」

「ボス…トウロクチュウ、トウロクチュウ…」

ピロピロピロピロ…

ピコーン

「トウロク、カンリョウシマシタ」

「よろしく、ボス」

「ヨロシクネ」

その夜、アルパカ・スリとギンギツネにも紹介し、ボスはめでたく家族の一員となった。

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