第二十二話 『三分間の福音(上)』
たびたび話の腰を折ってしまって申し訳ないが、『EGF』――VR-MMORPG『エヴァーグリーン・ファンタジア』における成長システムについて解説したい。
EGFではレベル制を基礎に置き、スキルの選択的取得によって能力の差別化を図る成長システムを採用している。レベルが上がった時、あるいは特定のクエストをクリアした時に入手できるスキルポイントを任意のスキルに割り当てて成長して行く――ゲームとしてはよくある方式だ。
スキルの取得によって『
例えば、『長剣術』や『斧槍術』のような戦士っぽいスキルを上げて行けば、『
他のゲームで見られるほにゃららの種のように永続的にパラメータを増加させるアイテムや、ほにゃららの秘薬のようにスキルポイントの振り直しが出来るアイテムはEGFには存在しない。つまりやり直しの利かないなんとも不便なシステムだ。マゾいとも言う。
加えてスキルの取得は、『
例えばユネが『ワーム』戦で使用した『クロス・テンペスト』は、『術法剣:Lv15』+『火魔術:Lv20』+『水魔術:Lv20』の三種類のスキルから構成される
戦闘系では無い『鍛冶』や『錬金術』のような生産系のスキルでは、アイテムを生産出来るようになる
それに対して『身体能力』のような一部のスキルは、取得できる
多少の優劣はあれど、基本的にどのスキルも一長一短だ。
一部スキルの取得には、前提スキルや前提クエスト等の取得条件はあるが、職業による取得制限は無い――と言うよりも、EGFにおける『職業』という概念は、取得したスキルに付随するものだ。
例えば『長剣術』に一ポイントでもスキルポイントを振っていれば『剣士』の職業を選ぶことが出来る。この職業はいつでも変更可能なため、大魔術を行使できるひよっこ『剣士』を名乗ることも可能だ。
就いている職業によって受注できるクエストが変わったりもするが、能力値に差異は無いため、EGFにおける職業とは単なる肩書きに過ぎない。意図的に低いスキルレベルの職業を名乗り他人を騙すプレイヤーもいるらしいがこれは余談である。
話を戻そう。
つまり、EGFでは一般的に目指す役割に応じたスキルを重点的に上げて行くのが定石だ。当然と言えば当然である。
前線で剣を振るう戦士を目指すなら武術系のスキル。後衛で魔術を放つ魔術師を目指すなら魔術系のスキルという感じに。
幸いにもゲーム開始時のチュートリアルで、このあたりの説明は自分のフェローに――僕の場合はユネからくどい程されるので、あえて茨の道を進む者は殆どいない。
――では、あえてそんな茨の道を進むことを決めた阿呆――戦士、魔術師、生産職どれにも特化せず浅く広くスキルを取った場合は?
結論、僕のような器用貧乏の極みのようなキャラクターが誕生する。
戦士より魔法が使えて、魔術師より剣が使える。生産も手慰み程度にちょっとだけできる。パラメータはバランスが取れているがどれも低い。色々な種類の
ある程度の難易度まではそこそこ戦えるが、高いパラメータとプレイヤースキルを要求される高レベル向けのダンジョン等では足手まといも良い所である。
出来ることと言えば指揮官役とか荷物持ち程度だろうか。
そんな茨の道を進んだ僕。
どこかの誰か曰く『最弱の廃プレイヤー』――認めよう。
どこかの誰か曰く『最強ギルドのお荷物』――これも認めよう。
どこかの誰か曰く『もげるべきサブマス』――これには異議を唱える。
『最弱』。
僕もそう思う。
ユネやアルフ達は僕の力を持て囃してくれるが、本質的に僕は弱い。
折れない心だとか、良く回る頭だとか、強さの基準は色々とあるけれど、電子回路と半導体素子の上に成り立つエヴァーガーデンの世界における絶対的な力とは、結局の所数字の大きさだ。
僕はギルドの皆が居なければ何も出来ない。
低レベルのダンジョンはまだしも、Lv297という廃レベル帯向けに設定されたコンテンツではそこらの雑魚敵を倒すにも苦労する。ユネの後ろに隠れて小賢しい指示を飛ばし、りっちゃんの陰に隠れて猪口才な小細工を弄する、できそこないの廃プレイヤーだ。
そんな最弱が今、凶悪なグリフォンの豪腕を軽々と受け止めていた。
『何――!?』
「うん……起動できたね」
フロアには砕かれた水晶の粉塵が漂っている。
僕の左手の上にあるのはラーカンガスの腕だ。
お爺ちゃんの家にあった大黒柱を髣髴とする太い腕。振るえば強固な水晶の柱ですら枝切れのように薙ぎ倒す――低パラメータの僕など鎧袖一触の破壊力を持っていたはずだ。
しかし僕の腕は掲げた状態のまま動かない。
ぎしりと腕に更に力が込められた。踏み締めた両脚が水晶の床に亀裂を作る。
でも動かない。一ミリも動かない。
「良かった。本当に良かった。この力は君にも――今のエヴァーガーデンでも通じるんだね」
安堵と共に息を吐く。
正直死ぬかと思った。間に合わなかったらミンチより酷い。
挽肉になるのは嫌だが、ユネにハンバーグのたねになった僕の姿を見せるのはもっと嫌だ。グロすぎてしばらく肉団子とかメンチカツとか食べられなくなくなっちゃうだろうし。ユネはあんな顔して肉料理が大好きだからそれは可哀想だ。
グリフォンの腕を受け止めた左手をゆっくりと持ち上げる。彼がいくら力を込めてもぴくりとも動かなかった僕の腕はしかし、僕の意思通り呆気なく動いた。
「ちょっと痛いよ。歯食いしばってね……って歯ある? 頭は鳥で嘴もあるから歯は無いよね? 消化には砂肝使ってるのかなぁ、いやでも胴体はライオンだし……まぁ、なんでも良いや」
片足で跳ぶ。ひゅるりと音も無く浮き上がる僕の身体。その高さ実に五メートル。
空気を切り裂いて外套がはためく。眼前にはラーカンガスの頭部。
「殴るよ」
と一言告げ、ラーカンガスの頭部に向かって右の拳を思いっきり叩き付けた。
『がっ!?』
渾身の右ストレート――にはなっていない。
現実世界では人を殴ったことなんて殆ど無いし、EGFでも素手では戦い慣れていない。そんな僕が繰り出したのはただの大振りなげんこつである。
不恰好この上無いが威力は絶大だ。ラーカンガスは僕の一発を受けて、指先で弾いたピーナッツのように壁面まで吹っ飛んだ。
水晶の瓦礫が崩れる中、再び姿を現した翡翠のグリフォンはその目を剥いていた。鳥類の癖に表情豊かだ。
『四元魔術や祈祷術による自己強化の術法では無い……その力は東方で培われた神降ろしの秘術か?』
「……そういう設定なのこれ?」
そんな大仰な設定があるとは知らなかった。いや、本当かどうかは知らないけど。
『最弱の廃プレイヤー』と蔑まされてきた僕のスキル構成。
色々小手先のことは出来るがどれも中途半端。特化した能力はMP以外一つも無い。振るう剣はユネよりも遅く、掲げる盾はアルフよりも脆く、放つ魔術はまかろんよりも貧弱だ。
しかし、剣も使いたいし、魔法も使いたい、色々アイテム作るのも楽しそうだ、と決心が固まらず、色々なスキルに手を出したからではない。
それとは全く逆、このヒビキと言うキャラクターは、とある一つの
その
効果:『三分の間、全ての基礎パラメータをシステム上限まで強化する』
三分の間、全ての基礎パラメータをシステム上定義された最大値――いわゆるカンストまで強化することが出来ると言う、実にシンプルな効果を持つ
クラウディアさん達を庇い、ラーカンガスの腕に叩き潰される瞬間、僕は『福音』を使用して
素ではユネにも腕相撲で負けてしまう僕が、鉄塊のような一撃をいとも容易く受け止めることが出来た理由がここにある。
『
その代わりに、僕の全身からは六種類の基礎パラメータの強化を表す六色のオーラが立ち上っている。陽炎のように流れるオーラは幾何学的な尾を引き、蝋燭の炎が燃え尽きる瞬間の如く少しだけ大きな光を放ってから空気に拡散して行く。
「僕にとっては本当の意味での切り札だから、あまり使いたくないんだけどな。強力と言えば強力だけど、いざと言うときにしか使えないから使い勝手悪いし、普段はデメリット負いっぱなしだし……」
要求されるスキルの多さに加え、取得に必要なスキルそれぞれには全く関連性が無い。『長剣術』、『祈祷術』、『料理』、『パーティ管理』等々、『福音』を構成する九種類のスキルの傾向は完全にバラバラだ。一般的にスキルは十~十五種類くらいに絞って取得するのがセオリーとされているため、この
「ごめんね、言葉が通じるクォーツである君と話したい、という気持ちもあるけど時間が限られているんだ。これは一回起動しちゃうとストップが利かないし……」
『……神性すらその身に降ろす古き民の戦士と言えど、我に剣が届くのは汝一人のみ。脇に侍る従僕の剣は我には届かない。汝一人だけの力で我を屠ると言うのなら、それは浅慮、あるいは傲慢と言うべきものだ』
「うん、僕もそう思う」
彼の言葉は至極正しい。
EGF時代の『翡翠のグリフォン・ラーカンガス』は、平均Lv230前後で八人パーティを組んで戦うことを想定して作られたボスモンスターだ。当然ソロで戦うことなんか考えられていない。HPも攻撃力も一人で倒せるそこらの雑魚モンスターとは比べ物ならないほど高い。
それでも一人で戦おうとするのは、馬鹿か物好きか、あるいはただの
「だけどこの
普段の僕の力はお茶の出涸らしよりも希薄で役に立たないものだ。
だけど、『福音』の力が及ぶこの三分の間なら、グリフォンやドラゴンはおろか、天空に座す神々の一柱の攻撃ですら凌ぎ切って見せよう。
しかし、それもたったの三分間。ユネ達が七人がかりで何十分とかけて倒せなかった敵を、三分と言う短い時間で倒し切れるのだろうか。恐らくそれは無理だ。
「きっと僕の剣は、君の眉間を貫き通すことは無いだろう」
しゅらりと金属がこすれる音を立てて黒革の鞘から剣を抜き放つ。
それは歪みの無い両刃の直剣。名をファーレンハイトの炎剣と言う。
アーレスト大陸の古き叙事詩にて『彷徨える炎』と謳われた流浪の術法剣士ファーレンハイトの遺産。燃えるような赤い刀身は通常時は氷のように冷たいが、ひとたび魔力を通せば悪しき魂を滅する炎の剣にその姿を変える。
「それでも、僕は君と戦うよ。ユネがそれを必要としてくれたのだから」
魔力が通された刀身から膨大な量の炎が噴き上がった。立ち上った炎の大きさは、巨大なラーカンガスの体高に迫る程で、ヒビキ砲発射時とは比べ物にならない。
この巨大な炎は、『福音』による『
今のエヴァーガーデンではMPの値は数字としては見れないが、この身体の中から涌き上がってくる濁流のようなマナは、その量の膨大さを如実に示していた。正直苦しい。身体の内側から爆発しそうだ。
『命を対価とした契約も、世代を渡る儀式も必要とせず、ただ瞬き一つだけで六柱の神性をその身に降ろすか! 世界の真理を暴いた種族の業、余程深いと見える!!』
「うげ……何だこれ……常に剣にマナを注いでいないと内側から爆発しそうだ……」
六色のオーラの内、『
「燎原の火よ、遍く穢れを焼き祓え――紅蓮纏う科戸の風を以って」
『マナの心得』スキルの技能を駆使して、マナで編まれた炎を操る。剣が生み出す熱エネルギーが指向性を持って渦を巻き、とぐろを巻いた蛇のように炎が剣に絡みつくと、収束した炎は赤色から燈色に、燈色から仄かな青さを孕んだ白色にその色を変えた。
炎は剣より一回り大きい程度になったが、その分圧縮された炎の威力は四方八方に拡散していた時の比では無い。
「それじゃあ、行くよ」
剣を横に構え直して駆け出す。
振り下ろされた豪腕と、青白い炎を纏ったファーレンハイトの炎剣が衝突した。
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