第十九話 『災いの巣(上)』
この
天井から水晶の破片が欠け落ちて来る程の大音量に地面が揺れる。
直後、紫電を纏った風の刃が轟足る音色を以って僕達に襲い掛かって来た。
「咲耶! クゥちゃん! 準備はしてるよね!?」
「くふっ、やはりヒビキ様。お見通しじゃったか」
「ん……っ!」
僕の叫びと同時、咲耶とクゥちゃんの掌に魔法陣が展開した。
咲耶の魔法陣に描かれた生物的な魔術文字が桜色の光芒を放つ。
『風魔術』、『陰陽術』、『神仙術』の魔術系スキル三種から成る
光の繭は前方に曲面展開すると、迫る風の刃を受け止めた。
繭の盾と風の刃が金切り音を上げて拮抗する。
しかし、クォーツと化し強化されたラーカンガスの魔法攻撃力が予想以上だったためか、風の刃は絹が裂けるような音を立てて繭の盾を突き抜けた。
繭の盾にぶつかり弱まったとは言え、元は鋼鉄すら切り裂く風の刃だ。直撃すれば致命傷は免れない。
だがそれが僕達に届く直前、両側から飛び出した二つの影がそれぞれの得物を掲げ、風の刃を受け止めた。
「減衰させた風の刃ならばっ!!」
「いけるっすよぉぉぉいっしょぉっ!!」
アルフとユーゴさんだ。アルフは左手に下げた大盾――『アルマカツェルの聖楯』。ユーゴさんは身の丈程もある幅広の大剣――『真・グランドスラム』を盾代わりにして。
受け止めたと言うよりは弾き飛ばしたと言う方が正しいか。
風の刃は二人の身を挺した防御によりあさっての方向に逸らされ、水晶に覆われた壁面に破壊を撒き散らした。
何とか受け止めたとは言え、やはりその威力は相当な物だったようで、二人の顔や腕には深い傷が刻まれていた。
が、それも一瞬だ。
二人の血が地面に滴るよりも早く、地面には神聖文字による魔法陣が描かれていた。青白く発光する魔法陣の柔らかな光に包まれて、二人の傷が見る見るうちに塞がって行く。
咲耶と同時に動いたクゥちゃんによる『サンクチュアリ』の効果だ。クゥちゃんが得意としている設置タイプの治癒
ラーカンガスの風の刃――鎌鼬による攻撃。戦闘開始直後にまず一度放たれるパターンはEGFと同じだ。予備知識無しなら、戦闘開始直後に前衛のHPががっつり削られる初見殺しとしても有名な攻撃である。
ただしその威力はEGF時代とは比べ物にならない程に強化されていた。
「咲耶とクゥちゃんを連れてきて本当に良かったよ……」
戦闘開始の前、ラーカンガスが前口上を述べ終えるあたりから、二人が小さく口を動かしていたのは見えていた。
ネームドモンスターを母体にしたクォーツの出現という想定外の事象が起こったとしても、冷静な二人ならきっとセオリー通りに動いてくれるはず。そんな希望的観測が幸いにも的中した。
「さっすがクゥちゃん! 安心して後ろを任せられるっす! 帰ったらお兄ちゃんが良い子良い子してあげる――ってうぼあ!?」
「……」
調子に乗ったユーゴさんの左顔面に、クゥちゃんの投げた回復ポーションのビンがめり込んだ。ジト目だがほのかに頬が赤い。照れているのだろうか。
「おい、ユーの字。儂には礼の一言も無いのかのぉ?」
「お、俺っちはロリはロリでもババアには興味無――ぎにゃーっ!?」
残された右顔面に属性防御耐性向上ポーションがめり込んだ。こちらは照れ隠しでは無いだろう。
「初撃は耐えた。鎌鼬の後には数秒の隙が発生するから――ラシャ!!」
「ここだよぉーっ!!」
その元気な声は想像よりも遠くから。しかも空中。
ラシャは風の刃が巻き上げた砂塵に身を隠し、側面からラーカンガスに迫っていた。
一足でラーカンガスの体高を遥かに越える大跳躍。無防備に晒されたグリフォンの首筋を狙った必殺の一撃だ。
がきんっ!!
「って、硬ぁーいっ!?」
しかしその目論見が達成することは無く、ラシャの放った短剣による突きは首筋を覆う堅牢な水晶に弾かれてしまった。
『その身の軽さは見事。しかし、そのか細き腕では通らぬぞ小娘!』
バランスを崩し尻餅を着くラシャにラーカンガスの爪が迫る。
ラシャに魔爪が届く直前、竜巻のような斬撃がその腕を弾き飛ばした。
斬撃はそれでは止まらず、腕の先から肩口までを遡りながら表皮に付着した水晶を少しずつ削ぎ取って行く。
『ぬうっ!?』
「ひぃぃぃぃっ! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃっ!?」
「わーい! さっすがおかゆちゃん!!」
嵐のような息も吐かせぬ連続の剣撃は、『曲刀術』と『二刀術』による『クリティカル・ロンド』と言う
極端に気弱という性格パラメータ持ちではあるが、剣士としての実力は疑いようが無い――本人は自分は料理人だと主張しているが。単純な手数の多さは、
おかゆさんの攻撃はそれほど高い効果を上げられなかったように見えるが、ラシャへの攻撃を食い止めることが出来ただけでも十分だ。
「し、失礼しましたぁぁぁぁぁっ!!」
「前に出ますよ! ユネ殿! ユーゴ殿!」
「はい!」
「よっしゃー! ユーゴ・バージョン1.2始動っす!」
アルフの掛け声にユネとユーゴさんが続く。
ラーカンガスを正面に見据えての直線的な突貫。幻獣の視線が三人に向けられる。
『真正面から挑むとは芸が無い! 古き者達よ、幾星霜に埋もれ知性までも失ったか!』
再び振り下ろされるグリフォンの腕に対し、先頭を走っていたアルフが盾を振り上げる。
「芸が無い? 様式美と言って欲しいですねぇ!」
気合一拍。アルフの盾から光の帯が紡ぎ出される。光の帯は瞬時に折り重なり、複雑な織り紋様を成した光の盾が顕現した。
『盾防御』、『神聖術』、『信仰の心得』の習得によって使用できる
アルフが光の盾を掲げグリフォンの一撃にかち合わせる。
強大な質量を受け止めたため、地面に着いた両の足がビシリと水晶の地面にヒビを刻み込んだ。しかしそれで終わり。アルフはラーカンガスの豪腕を完全に受け止めていた。
そのアルフの右側から豪快に身を投げたのはユーゴさんだ。
にぃっと歯を出してユーゴさんが笑う。耳に付けられたチャラめのピアスが不敵に光を反射した。
「そのもふもふのおてて、ちょいっとどかせてもらうっす!!」
と、ガタイの良い身体を後ろに捻り、巨大な大剣を一息で振り上げる。剣は地面を削り取り水晶を巻き上げるがその威力は衰えない。
『ライジングアクセル』と言う『剣術』スキルの高位
「っかー! 斬り飛ばすつもりで撃ったんすけどねぇっ! 硬すぎっ!!」
その言葉に反してユーゴさんは悔しそうでは無い。彼の視線は逆側から風のように躍り出た小さな影へと移されていた。
「まぁ、あとはよろしくっす――ユネちー!!」
弾かれた腕が再び地面に着くまで数秒余り。
しかしその僅かな隙を僕のフェローは見逃さない。
「一精宿れ! 燎原の火は紅蓮の風を纏いて奔る――!」
その詠唱は僕のヒビキ砲とよく似通ったフレーズ。
古の御世、神々によって鍛造されたという白銀の刀身に、複雑な魔術紋様が描き出される。同時、小さな手の中で極限まで絞られた捻りが一気に解放された。
『術法剣』と『火魔術』の
神速とも称されるその刺突が紅蓮の炎を纏って撃ち出された。
吸い込まれるように――と言う表現は適切ではない。確たる意思を持って放たれたその一撃は、刀身に炎のヴェールを翻らせラーカンガスの喉元に直撃した。
盛大な炸裂音が上がる。
しかしその音量に見合う効果は上げられない。
ユネの
ユネは迫る水晶弾を『ウィールウィンド』を纏わせた剣で辛うじて逸らすが、逸らし切れない小さな欠片がユネの肩口を切り裂く。
「外にいるクォーツの水晶ならこれで抜けるはずなのに……」
赤い血が這う右肩を庇いながらユネが苦く呟く。
「ラシャの弱点部位へのスタブも、ユネの術法剣も効果無し……軽量級の攻撃じゃあの水晶は抜けない……なら――咲耶!!」
「応とも! 準備はできておるともさ! だがこう、こちらの行動を先に先に読まれている――掌の上で転がされている感じ……本当に懐かしいのぉ」
凶暴な笑顔を浮かべ、咲耶が剣指を切った右手で印を結ぶ。
印を一つ結ぶ度に、腕には魔術紋様が刻まれた環が一輪描き出され、七つ目が発現したと同時、その小さな腕を天に突き上げた。
「天は明らか。其は
幼い声音。しかしそれは紫色の水晶に覆われたこの空間に荘厳に響く。
『失われし秘術!
僅かにグリフォンの声音に焦りのような感情が混ざったように聞こえた。
咲耶の周りに風が渦巻くと、艶やかな白髪とエスニックな装飾が施された巫女服がばさりと乾いた音を立てた。
フロアの上空に光芒が走り巨大な魔法陣が描き出された。
中心には巨大な七芒星。ユークリッド幾何学上、正確にその図形を描くのは不可能――故にその図形は『不可能を可能にする』という意味を成す。
その周りを透明人間の絵描きが筆を走らせたように、魔術文字が次々と綴られて行く。
そして最後の文字が書き綴られたと同時、咲耶が勢い良くその腕を振り下ろした。
「降れよ! 『
魔法陣の脈動と同時、ずんっと一度だけ大地が鳴動する。
小さな水晶の欠片が魔法陣へと吸い寄せられるように一瞬ふわりと浮かび上がったと思うと、フロア上部に展開する魔法陣の中心から巨大な岩の塊が姿を現した。
幾重にも注連縄が巻かれ、神代の文字が刻まれた巨大な岩塊。岩肌を血管のように這って脈動する白色の光は内部に通る神性の証。それは太古の昔に分かたれた星神の一片、その現界だ。
ラーカンガスは動かない。いや、動くことが出来ない。
今魔法陣の下は
『
『――――!!』
ゆっくりと舞い降りる星の欠片がラーカンガスの巨体を押し潰した。
極大の発光エフェクトがフロア全体を塗り潰し、風が吹き荒れる。彼の物かフロアの構造材かは判別できないが、紫色の水晶の欠片が暴風と共にフロア全体を駆け巡った。
撒き散らされた水晶の欠片が僕の頬を薄く切る。唐突な鋭い痛みに思わず僕は顔をしかめた。
「いたた……味方の
僅かに血が滲む程度の傷。軽傷と言うのにも憚れる程の小さな傷なのに情けない。
その痛みに耐え兼ねて顔を外套で隠そうとしたその時、僕の背筋にぞくりとした悪寒が走った。
「えっ―――」
咲耶が珍しく驚きの声を上げた。轟風渦巻く先に、金色の尾を引くそれの瞳を見たからだ。
脊髄を氷の掌で撫でられたかのような悪寒が本能的に身体を動かす。『真言』スキルの下級
何百回何千回と使い倒してきた
詠唱は省略。代わりに相当量のMPを注ぎ込むと僅かな酩酊感。
「四枚綴りだっ!!」
両腕を突き出すと同時、渦巻く砂埃に風穴を開けて紫電を纏った光弾が突き抜けて来た。
先に使用した三つの
咲耶の目の前に淡い緑色の光を放つ障壁が出現した。
障壁はハニカム構造の四重構成。『祈祷術』の下位
どれも初級~中級で取得できる低レベルの
飛来した光弾は三枚のハニカム構造をガラスを破るように破砕したが、僕のその主張に違わず四枚目に弾かれ霧散した。
『古の神性の顕現――懐かしき物を見せてもらった』
砂塵が消えた先、ラーカンガスはまだ健在だった。その厳しい外見に似つかわしくない流暢な声が再び聞こえた。
全身に寄生した水晶は三割程が砕けていたが、本体にダメージが通ったようには見えない。
『風見鶏のとまりぎ』が誇る魔術師の咲耶の『
「相手の防御力を甘く見ていたよ。ごめんね、僕のミスだ。咲耶のせいじゃない」
僕の隣で悔しげに親指の爪を噛む咲耶の頭を軽く撫でる。
「今ので大分MP使っちゃったでしょ? 咲耶はしばらく後ろに下がってて」
「む……まだ行けるぞ。アミュレットにプールしたMPを使えば一番強力な――」
「下がりなさい」
「あぅ……うむ……」
少し強めの口調で言うとぺたんと狐耳が倒れた。この辺はラシャと似ている。
汎用性と継戦能力を重視したビルド故、火力的にはまかろんに大分差を開けられてはいるが、咲耶も『風見鶏のとまりぎ』屈指の魔術師である。
その咲耶の切り札の一つが通らないのであれば、大火力による威力制圧はもう見込めないだろう。
ラーカンガスがフロアの中心部で身を翻らせる。その巨体に見合わぬスピードを以って再び攻勢が始まった。
ユネ達はフロア中を目まぐるしく駆け回り、僅かな水晶を砕く代償に少しずつ傷を負って行く。僕があの場に飛び込めば数秒待たず挽肉だろう。
冷静を装ってそんなことを考えてはいるが、素晴らしい打開策を内に秘めているというわけではない。
さて、どうしたものか……。
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