第十八話 『獣の声は水晶宮に響く』
「んで、騎士団の人達が
「釈然としないみたいだねぇ、ユーゴさん」
僕の隣に座る青年が剣呑な声を上げた。
日に焼けた肌に黒髪交じりの金髪、両耳にはピアスと言うサーファーのような青年――フェローの『ユーゴ』さんである。
可憐な女性でも無く、精悍な男性でも無い現実世界にでも居そうなチャラい系のお兄さんだ。海水浴場で女の子をナンパしてそうな風貌。ヤトと良いユーゴさんと良い何でこんな外見を設定したんだろう。
駐屯部隊のリーダーを務めていたユーゴさんは、残存したクォーツの掃討をサブリーダーに任せ、大剣の握り手の革紐を巻き直していた。
「この規模の
「それはさっきアルフにも指摘されたよ。だけど先方は『一緒にコアクォーツを倒した』っていう箔が欲しいみたいだったからね。クラウディアさんはともかくとして、その後ろのお歴々が。まぁ、こっちとしても恩を売っておくのは悪くない……売れる内に売っとかないと不良在庫になっちゃうし」
「後ろのお歴々……あー、中央の貴族さん達から派遣されて来たって言う督戦官とかいう連中のことっすかー。クラウちゃんの胃痛の種の一つっすね」
ユーゴさんによれば、先程のクラウディアさんとの会談の際、彼女のすぐ後方で耳をそばだてていた連中が督戦官と言う人達らしい。多くの将兵が大なり小なりの傷を負っていた中、傷一つ無いやたらと整った装備を身に付けていたので印象に残っていた。
「クラウちゃん達がレスタール王国の利益に反した行動を取らないように監視する役目を持った人達らしいっすよ。下手に逆らって変なことを上に報告されたら、反逆の意思有りとして――」
と、ユーゴさんは首元で手刀を横に振った。
「うへぇ……
僅かな時間言葉を交わしただけだが、クラウディアさんはレスタール王国への深い忠義を持った実直な人物のように思えた。
要するに『権力』と言う実体を持たない力しか持たない中央の貴族達が、強大な『武力』という力を持つ彼女達に付けた首輪なのだろう。
「あの人達がクラウちゃんに付くようになったのはつい最近――リィ姐さん達が墜ちてから少し後っすね。王宮の方で何かあったんすかねー……前線に出ずっぱりの俺っちにはあまり情報入ってこないんでよく分からないっす」
「王宮ねぇ……」
詳細は分からないがきな臭い。近々に必要になるかは分からないが、それは頭の片隅にでも書き留めておくことにする。
「ほんと大人の世界っすねー。EGFから数えて十歳児の自分達には難しいっす」
「こんなおっさん一歩手前の十歳児が居るかい」
「酷いっ!? これでも外見年齢の設定は二十歳なんすよ!?」
ユーゴさんとはEGF時代からこんな軽口を叩き合っている。ユネとの仲をユーゴさんからからかわれることもしばしばある。フェローという特性を考えれば彼はわりと稀有な存在だった。
「ヒビキ様、メンバーの招集が完了しました」
「ありがとう、アルフ」
「んじゃ、頑張って下さいね兄貴―。俺っちは昼前から戦いっぱなしで、もうくたくたなんで一休み――」
「何仰ってるんですか。ユーゴ殿も行くんですからちゃんと並んで下さい」
「嘘ぉっ!?」
抗議の声を上げるユーゴさん。彼はアルフに諭されるとしぶしぶ選定メンバーの列に加わった。
アルフが僕の前にメンバーを整列させると、これまた見知った顔がずらりと並んでいた。
「とまぁ、大体予想通りのメンバーになりました」
「マスターのご期待に沿えるように頑張ります!」
「くふふ、久々のコアクォーツ討滅戦じゃ。腕が鳴るのぉ」
「うん! ラシャも久しぶり! 今回はどんなのかな? きらきらしてるかなっ!?」
「うわー、両手に花っすね。アルフちゃんがちょっと邪魔っすけどー」
「うえぇぇぇ……さっきの戦闘でも怖かったのにコアクォーツなんてぇぇぇ……」
以上、順にアルフ・ユネ・咲耶・ラシャ・ユーゴさん・おかゆさんからの意気込みである。
彼ら六人に僕を加えて七人。八人のフルパーティにはもう一人必要だ。
「ヒビキ様ひさしぶり……わたしも頑張るよ? ……ぶい」
「純正の
ジト目でこちらにダブルピースを向ける少女――クゥちゃんに、僕も両手の指をチョキチョキしながら応える。物静かで不思議な性格のフェローだが、神聖術師としてはまーくんのフェローである更紗さんに次ぐ実力を持っている。
「と言うわけで、今から僕達はあの
今までユネ達は四箇所の
「装備の耐久力は大丈夫? 忘れ物は無い? 靴紐はちゃんと結んだ? おやつは三百円まで――じゃないけど、重量ペナルティ受けてないよね?」
僕の問いに目の前に並んだ七人が『はーい』と元気良く手を上げて答えた。
まるで小学生の遠足である。
山場である大規模掃討戦が成功したため緊張の糸が緩んでいるのかもしれない。ユネからの情報に拠れば、後は消化試合みたいな物なので大丈夫だろう。
「
と目配せすると、件の二人の背筋がびくーんと伸びた。ラシャに至っては黒い狼耳も逆立っている。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
「ファッ!? ラシャちゃんはともかくとして俺っちもっすか!?」
「二人とも後先考えずに突っ走ることがあったからね……期待してるよ?」
後半部分を特に強調して言う。笑顔で。
「失礼な! 俺っちは常に進化する男っすよ!? EGFとは一味違うユーゴ・バージョン1.1をお見せしてやるっす!!」
「それマイナーアップデートしかしてないじゃん……」
「で、でもバグフィックス版かもしれませんし……」
僕の突っ込みにユネが甲斐甲斐しくフォローを入れた。優しい子である。
「ラシャもラシャも! ラシャもユネちゃんみたいなできるおんなになったんだから!! たくさんクォーツの首ちょんぱするよっ!!
「あ、あのね、ラシャさん……」
「だからそれがですねぇ……」
「ユネ、アルフ……苦労してたんだなぁ……」
頭を抱える二人にほろりと涙する。
クォーツとの戦い以前に、この癖のありまくるフェロー達をまとめること自体がキツかったのではないだろうか。咲耶やおかゆさん、クゥちゃんは頭も良く聞き訳も良いが別の部分でキワモノだし。
「キワモノとは失礼じゃのぉ」
声に出ていたらしい。咲耶がぷんすかと口を尖らせた。
「ヒビキ殿。こちらの準備は整ったので何時でも構わない」
出発前のミーティングのような何かを終えた僕らにクラウディアさんが声をかけてきた。
後ろには督戦官と思しき騎士と灰色のローブを纏った神官が控えていた。神官は先程のクラウディアさんとの会話の際、彼女の傍らに付き添っていた青年である。
「今回はまことに……その……」
申し訳なさそうに言葉を濁すクラウディアさんに僕はへらっと答える。
「まぁ、それは言わないお約束ってことで」
「そう言ってもらえると助かる。先刻話した通りこちらからは私と後ろの二名が帯同する」
「よろしくお願いしますよーっと。色々と申し訳ないですねしかし」
「グリム殿、言葉には気をつけよ……貴公等の噂の方はかねがね伺っている。よろしく頼むぞ」
と、紹介された二名と軽く挨拶を交わした。
神官の青年はグリムさん、督戦官の騎士はレディックさんという名前らしい。
クラウディアさん曰く北方騎士団で屈指の神聖術と斧槍術の使い手との事だが、ユネ達と比較すればその力はお察しだろう。決して馬鹿にしているわけではないが平均Lv50の騎士団の中で屈指の実力と言われてもどうしようもない。
こちらはソロでドラゴンを屠った者に与えられる『ドラゴンスレイヤー』の
彼等にはサポートに回ってもらうようそれとなく調整するしかない。
ユネやアルフのようなフェローはそう言う事が苦手だ。きっとこれまでも相手の要求をほいほい呑んで来たことに違いない。だからそれはパーティリーダーでもある僕の役割だ。
全員の準備が整ったことを確認すると、僕も外套の中に手を差し入れてファーレンハイトの炎剣が収まった黒い鞘を引き抜いた。鞘をベルトの金具に取り付けて準備完了。
必要なアイテムはその都度、外套から取り出すスタイルなので準備と言ってもこんなものである。
「晩ご飯までには帰れるかなぁ……」
フェロー達の空気に当てられたのか、そんな緊張感の無い言葉を呟いて僕らは
本営を構えていた小さな丘を下り、小走りで戦場を突っ切る。
戦場と言っても既に大勢は決し、残存のクォーツの掃討も殆ど完了している。僕らの進軍を邪魔する物は何も無く、時折遠くでクォーツの死骸を囲んだ騎士団の歓声が聞こえるだけだ。
そこだけを切り取って見るならば大勝とも思えるが、荒れ果てた戦場のあちこちに転がった四肢の欠けた遺骸を見ると、それが大分能天気な考えだと言う事に気付く。彼らが蘇生されることは恐らく無いだろう。
どういう理屈かは分からないが、僕らが使用できる蘇生の
EGFでのクエストでNPCと共闘した時は、プレイヤーやフェローの
「それとも、僕達と亜人の間に何か根本的な違いが……?」
フェローも通常のNPC――亜人も元を辿れば巨大ストレージに収まる電子データの集合体で、その行動はそれぞれのAIによって制御されている。AIの機能や性能にこそ優劣はあれど決定的な違いは無いはずだ。
「マスター! このまま正面の裂け目から中に入ります!」
アルフと共に先頭を走るユネの声でその思考は止められた。
丘の上からは小さな睡蓮の花のように見えた
ユネの指し示した正面の裂け目から中に入ると、目の前に広がる光景はその神秘性を更に増した。
水晶で埋め尽くされた回廊を駆けて行く。回廊は時計回りに緩く湾曲しており、
「わー、きれーい! きらきらだー!!
「うわ、本当に水晶一色……セラス水晶渓谷よりも密度が濃い」
フォルセニア大陸の北にほぼ地続きで繋がるアーレスト大陸。その北部に位置するセラス水晶渓谷と言う地域もこんな水晶に覆われた場所だったが、こちらの方が比較にならないほど水晶の密度が高い。
地形のあちこちから青い水晶が隆起していたセラス水晶渓谷に対して、こちらは壁や地面等のあらゆる構造物が紫色の水晶によって構成されていた。しかし光の加減により紫が薄い青や赤に偏光しているのでその色彩は一様ではない。
「目がパンクしそうだ……」
「クォーツという不穏な要素が無ければゆっくりと観光でもできたんじゃがのぉ」
苦笑しながら後ろを走る咲耶の言葉に同意する。
咲耶の隣ではクゥちゃんがジト目の表情を崩さずに走っていた。出発から一言も声を発していない。相変わらずの無口キャラである。
二人の後ろにはクラウディアさん、グリムさん、レディックさんの北方騎士団三人組が少し息を乱しながら付いて来ている。僕らは一般人と比べて高い
現実世界の僕なら三分も持たないスピードなのに、彼ら三人は僅かに息を乱しているだけである。さすが職業軍人と言うべきか。
「少し速度を落した方が良いですか?」
今更ながら一番体力が劣りそうな神官のグリムさんに提言してみる。
「ひぃひぃ、体力馬鹿の騎士団の二人とは違ってこちとらか弱い神官さんなんでやっぱキツいっすわー」
「大丈夫そうですね」
そう言う僕にグリムさんは牙のような犬歯を見せて笑った。
切れ長の目に涼しげな顔立ち。銀色の狼耳と灰色の法衣から垂れる尻尾は彼が獣人である証だ。狼を擬人化したらまさにこんな感じだろう。ラシャも狼耳装備だが、それっぽさではグリムさんの方が断然上だと思う。
「こっちは無理言って付いて来てるんですからお気遣いは無用ですよ。こんな情けない神官が同伴なんて申し訳ないですねぇ」
と、ちっとも申し訳なさそうな調子でグリムさんが言う。
何と言うか、神官と言う清廉潔白なイメージとは程遠い。『この男は……』とクラウディアさんとレディックさんが走りながら器用に溜息を吐いた。
「いえ、ちょうど
「一応司祭の位階を持っちゃあいますが、そちらのクゥ様や聖女様――更紗様に比べれば俺の術なんて児戯みたいなもんですよ。それにしてもナトリ様も大変ですねぇ。目覚めてまだ日も浅く、右も左も分からない状態だとか。その中でのクォーツの討滅戦――しかもお守り付きで」
「まさか、勇壮と名高き北方騎士団のトップ三人と剣を並べて戦えるなんて身に余る光栄ですよ。『
抉るような笑顔のグリムさんに、僕も営業スマイルを以って応える。
「新しい代表様はリップサービスがお上手ですねぇ。こんな壊走寸前だった騎士団が付けられる箔なんてありませんって。それこそ国を興せるほどの武力と財力を誇るそちらからすれば、俺達の同伴――助力なんて、ねぇ?」
「それこそ謙遜ですよ。智謀と武力を兼ねた才媛が率い、信心深き従軍神官が隙無く脇を固めた軍団になんて及ぶべくもありません。王国随一の精強さを誇る北方騎士団の方々からすれば――」
「いやいや――」
一応注釈しておくが、牽制とか喧嘩とかではない。
そういう空気――『初めての相手だし、とりあえず挨拶代わりに相手の横っ面でも引っ叩いておくか』的な空気である。自分でも言ってる意味が良く分からないが、とにかくそんな感じなのだ。
「ふふふ……」
「へへへ……」
お互いに笑顔で、黒い笑い声を上げる。
グリムさんの人となりが何となく分かったような気がした。グリムさんも何となく満足そうだ。悪い関係では無いはずだ。たぶん。
「お、お二人の後ろからどす黒いオーラがぁぁぁ……」
「なんか怖いよぉ……」
「おかゆちゃん、ラシャちゃん気にしなくて大丈夫っすよ。俺っち達には一生関わり合いの無い世界っすから……ね、ユネちゃん?」
「えっ、私もそっち側なんです!?」
マスターと同じ所がいいなぁ……としょんぼり肩を落すユネ。
前を走る前衛組は前衛組で何だか楽しそうである。和やかそうで大変羨ましい。
長剣やら二刀流の短剣やら、各々が腰や手に提げた物騒な得物が居心地悪そうに揺れていた。
道中数度の小規模な交戦があったがそれも問題無く処理を終わらせた。
ユネやアルフ達の頼もしさは相変わらずだが、騎士団三人組も意外と頼りになったことに驚く。
特にクラウディアさん。身体能力はそれなりだが、剣術に関しては『長剣術』スキルがほぼ上限に達しているユネと遜色無いように見えた。まぁ、ユネは剣術に加えて四元属性魔術とそれを乗せた術法剣も使えるから、戦闘力は大分勝るだろうけど。
「着きました……ここが最深部のようです」
直径七十メートル程の歪な半球形にくり抜かれた大広間。
床や地面からは大小無数の水晶が突き出している。ユネやラシャのような
天井部の水晶の層が薄いためか、水晶を透過した陽光が光の帯を象り、フロアのあちこちに降り注いでいた。
外の戦場の音は既に届いていない。ついさっきまで能天気に騒いでいたメンバーはいつの間にか口を閉じ、辺りは張り詰めたような静寂に包まれていた。
「まさにボスフィールドって言う感じだけど……」
その空気を振り払うかのように僕はゆっくりとフロアに踏み入る。左にはユネ、右にはアルフが僕に付き従う。
フロアの中心、台座のように一段盛り上がった場所にそれは居た。
体長は見上げる程に巨大。鷲の頭部を持ち、金糸のような豊かな体毛を持った獅子の胴体からは、ぼろぼろに乱れた一対の翼が伸びていた。
「大型のグリフォン種……翼の様子からだと飛べないとは思いますが厄介な……!」
アルフが固い声で呟いた。
彼の騎乗ペットも同じグリフォンだが、目の前のそれは二倍以上の大きさを持っている。
基本的に大きな魔物は強く、強そうな見た目の魔物もやはり強い。目の前のグリフォンはその二点を満たしている。
外で戦ったクォーツは、ゴブリンやステップウルフ等の低レベルのフィールドで見かける弱い魔物を母体にしたものばかりだったが、それでも高レベル帯のフェローをしてそれなりの手ごたえを感じていた。クォーツと化したことにより能力が強化されたためだ。
――ではEGFの頃から苦戦させられた、元々強い敵がクォーツ化した場合は?
それもダンジョンの奥で遭遇するようなボスクラスの強いやつ。
「ユネの言葉でもほいほい信じるもんじゃないなぁ……」
表情は変えないまま誰にも聞こえないように口の中だけで呟く。
迂闊だった。それを信じて行動したのは僕だ。決してユネの責任ではない。
そしてそれはまどろみの中から目覚めたように、丸めた身体をゆっくりと起こす。
「頭の後ろには二本の角……しかも色は透き通るような翡翠色――」
「まさか、ネームドモンスター!?」
グリフォンが顔を上げると、そこには白い毛に覆われた猛禽の顔。左眼があるべき場所からは紫色の水晶が突き出ていた。
「『碧玉の墓所』の墓守――『翡翠のグリフォン』ラーカンガス!」
『我が守護する聖域が侵されるのは何時振りか……』
僕の声に答えるように、それは残された右の眼光を持ってこちらを射抜いた。
『碧瞳の王によりこの穴倉に押し込められ千余年。今の我は大空を舞う翼を持たぬ。心交わす言葉を持たぬ。生を欲する意思を持たぬ』
グリフォン――ラーカンガスから意外なほど流暢な声で言葉が紡がれた。
言葉と共に放たれる存在そのものの密度のような何かが擬似的な圧力で僕らを打つ。
『我は虚ろ。故に満つる汝等を阻む。汝等が真理を、この先に続く道を欲するのならば、その剣の威を以って我に示すが良い』
それはEGFでのイベントシーンで謡われる前口上。
ダンジョンに眠るレアアイテムを目当てに何度も聞いたお決まりの台詞だ。
『来やれ、古き世界の残し子達よ、まつろわぬ民達よ――いやしかし今はこう呼ぼう!』
そして紡がれた二の句。
まつろわぬ民達、その言葉が最後だったはずだ。
そこから繋がる
『揺蕩う雷の泉に育まれし歪なる魂達よ!!』
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