第十三話 『再会は沈黙よりも静か』



 『最初の七人』。


 『風見鶏のとまりぎ』に所属するフェロー達は、ギルドを創設した七人のプレイヤーをこう呼ぶ。

 まるでヒロイックファンタジーの世界に出てくる主人公パーティーのような、わざとらしくてかっこいい呼び名。大層なその二つ名を付けられた僕以外の六人はしかし、それを背負うに相応しい強さを持っていた。


 その六人とは即ち――。


 ワールド随一の始原魔術を操る無感情な大魔導師。

 ――プレイヤーネーム『まかろん』。


 黒い甲冑を全身に纏う、中二病患者にして近接無双の剣神。

 ――プレイヤーネーム『†漆黒†』さん。

 

 世界最深ダンジョンに潜り、第三輝石文明の謎を解明したトレジャーハンター。

 ――プレイヤーネーム『ジョン』さん。

 

 商会の長を務め、エヴァーガーデンの富の一割を支配したと言われる大商人。

 ――プレイヤーネーム『神崎ピーター』さん。


 移動スキルを極めた変態、足が動く場所なら海の上でも走り抜ける韋駄天ストライダー

 ――プレイヤーネーム『マサキ』――僕の幼馴染、まーくん。


 そして、僕達『風見鶏のとまりぎ』を纏め上げたギルドマスター。

 多くのギルドと同盟を結び、グランドクエスト――天空に聳え立つ最終ダンジョン『最後のきざはし』を全ワールドで初めて突破した天衣無縫の戦乙女。

 ――プレイヤーネーム『リィンベル』。


 今、目の前で眠りについている僕の幼馴染のことだ。






「りっちゃん……何でこんな所で寝てるんだよ……」


 答える者は誰も居ない。僕の言葉は虚空に掻き消えた。


 礼拝堂の中心には十字型に配置された四つの寝台――真実の所、それは棺だったのだ。

 棺の上に横たわっているのは、『風見鶏のとまりぎ』ギルドマスターである『リィンベル』――僕の幼馴染であるりっちゃんその人だった。

 深紅の戦装束を纏った亜麻色の髪の女の子。綺麗に整った容貌は、現実世界のそれとほぼ同じだ。現実世界ではハーフアップにしていたセミロングの髪は、EGFではサイドポニーにしていて、腰まで届きそうなほど長い。


 彼女は胸の前で手を重ね、まるで眠っているかのように眼を閉じている。

 その瞼が開く様子は無い。呼吸もしていない。顔にも血の色は通っていない。

 まるで命を持たない人形であるかのように。


「本当に死んじゃったみたいじゃないか……りっちゃん、さすがにこれは趣味が悪いよ?」

「マスター……」


 振り向くと、りっちゃんの物とは別に三つの棺が安置されていた。

 その一つ一つに、それぞれの身体が横たえられている。

 そのどれもが僕の良く知った顔だった。少なくとも五年以上――高校時代の友達よりも長く付き合い、EGFの世界で冒険を繰り広げてきた友人達だ。


「漆黒さん……いつも最強無敵って大口を叩いていた君はどうしたんだい? きっと、良い所で目覚めてパワーアップって算段なんでしょ? そんなの昔懐かしの王道的展開じゃないか……中二病の君らしくもない」


 りっちゃんの隣の棺には、漆黒の甲冑に全身を包んだ青年――『†漆黒†』さんの身体が横たえられていた。フルフェイスの兜を被った彼の素顔は、サービス終了時までついぞ拝むことは無かった。自称『黒き漆黒の黒騎士』――どんだけ黒いんだと、最初に突っ込んだのはもう六年近く前になる。


「ヒビキ様……はボクを守るために、クォーツの大群をたったお一人で食い止めてくれたんです……」


 漆黒さんのフェロー――ヤトが可憐な瞳に涙を浮かべた。

 普段は中二病感溢れる香ばしい台詞ばっかり言っていた漆黒さん。傍若無人を装ってはいたが、フェローのヤトを思いやれる善人だと言うことは知っている――本人は恥ずかしがって、絶対に口には出さないが。


「教授……また講義サボってネトゲですか? やるなら声をかけて下さいよ。まだ『古代図書館』の禁書庫に連れて行ってもらっていないんですから……教授の古代言語スキルとトラップ解除スキルがないと、あそこは歯が立ちませんよ?」


 漆黒さんの隣で眠りについていたのは、トレジャーハンターの『ジョン』さん――通称『教授』だった。ガタイの良い白髪の混ざった中年男性だ。トレードマークだった埃まみれのハット帽は、今は胸の前に抱かれている。


「先生は単身、クォーツ発生の謎について調査を進めて下さっていました……でも、クォーツのネストの調査の際に……」


 ユネが沈痛な面持ちで言う。

 彼女は教授に現実世界について色々なことを教えてもらっていた。恩師がこんな状態になって平気であるはずが無い。


「神崎さん……戦いの場に出ない君がどうしてこんな……世界の状況が大きく変わったんだ、それは君にとって稼ぎ時のはずでしょ?」


 白いスーツを隙無く着こなした『神崎ピーター』さん。

 大商会の経営者にして『風見鶏のとまりぎ』の金庫番――このギルドが成してきた無理無謀を実現させてきた陰の功労者だ。


「神崎様は前線に支援物資を送る途中、はぐれのクォーツの襲撃に――手が足りない状況とは言え、もう少し護衛を付けていれば……申し訳ありません」


 アルフが後悔するように唇を噛み締めた。

 誰もが――神崎さん本人も、決してアルフのせいでは無いと思っているだろう。しかし、今彼にその言葉をかけることはできなかった。


 神崎さんの前から移動すると、時計回りに礼拝堂の中心を一周したことになる。再び棺の上で眠るりっちゃんの前に来た。

 相変わらずりっちゃんはぴくりとも動かずに眠り続けている。昨日病院で見た、ぐうぐうと暢気に寝息を立てていたりっちゃんとは全く正反対の姿だった。


 眠っているわけではない。気を失っているわけでもない。

 青白く精気を失った彼女の顔。

 その姿は死人と何ら変わり無く……。


 ――いい加減、僕は認めなくてはならないだろう。


「りっちゃん……今回は僕も怒るからね……皆にこんな無茶をさせて……」

「ヒビキ様っ! リィ様は決してそのような――」

「違う、違いますアルフ君! マスターは……マスターは……!」


 ユネに押し止められ、何かに気付いたのかアルフは言葉を失った。


 取り乱してはいけない。色々気を使わせてしまう。


 プレイヤーとフェローはその存在の性質上、精神的な従属関係にある。フェローを従える立場にあるプレイヤーは、そのことを良く考えて行動しなければならない――と言うのは、教授の言葉だったか。もちろんそんな事は建前で、そう言う事を意識せずにお互いに楽しむことが出来ればそれが最上の関係だ、と続く。


 一度大きく息を吸って気持ちを落ち着ける。頭の中を整理するために。

 その時、鐘の重厚な音が鳴り渡った。十時を告げる鐘の音だ。


「時間です」


 小さな声でまかろんが言った。


「あ……お、お願いします、まかろん様」


 ヤトの言葉にまかろんは頷くと、琥珀色の液体に満たされた小瓶を取り出した。

 小瓶の形には見覚えがある――MP最大値増加ポーションだ。一定時間、MPの最大値をパーセント単位で上昇させる事が可能で、上昇値と効果時間は種類によって反比例する。

 まかろんが服用したのは、その中でも最大の上昇値と最短の効果時間を誇る『千年樹の琥珀シロップ』だった。


「――行きます」


 まかろんが輝く右手を掲げると同時、緑色と青色のエフェクトを纏った風が彼女を中心に渦巻いた。

 暴風とも言える強い風に、礼拝堂に敷き詰められた花々の花弁が次々と散らされて行く。大量のMPを消費する技能アーツは、発動の際に風圧や発光と言う形で周囲へと物理的な影響をもたらす。

 渦巻く風に僕は眼を瞑った。その中で、僕は妙な感覚を覚えている事に気がついた。


「何だろう……この皮膚の内側が波打つような感じ……」


 大量のMP消費の余波によって生じた風の中、僕は恐らくこれが『マナ』の感覚なのだろうという算段をつけた。

 今のエヴァーガーデンの世界では、VRデバイスの構造上物理的に不可能とされてきた仮想感覚のリミッターが解除されてしまっている。今更、マナの流れを感じられるようになっても何ら不思議は無い。


 マナという概念はEGFの設定上では確かに存在していた。万物に宿る根源の力と言う設定で、MPがそのマナを行使できる量だそうだ。もちろんそれは設定だけの言葉で、会話に出てくるのは『MP』と言う言葉の方が圧倒的に多く、マナと言う単語自体も馴染みは薄い。


 まかろんの周りに、彼女を囲む大小様々な大きさの魔法陣が展開した。

 その魔法陣は互い違いにゆっくりと回転しながら、まかろんの流し込んだ膨大なMP――マナを吸収し、それらを形作る図形の一つ一つが僅かな光の軌跡を残した。


「星辰よその旅路の巡りを止めよ――」


 彼女の周囲を半球状に包む魔法陣が律動した。


「これは……始原魔術?」


 内訳は分からないが、恐らくマナの心得による術式制御のブースト付きだ。

 まさかりっちゃん達を蘇生することができるのか。

 一瞬頭を過ぎったその期待は、自身によってすぐに否定される。『始原魔術』スキルで取得できる技能アーツには回復・蘇生に属するものは一切含まれていない。それはまかろんが使用できない『神聖術』スキルや『神仙術』スキルの範疇だ。


 では何故、始原魔術の技能アーツを使おうとしているのだろう。


「――『ステイシス・スフィア』」


 まかろんが右腕を横に薙ぐと、青白いエフェクトを纏った波紋が広がった。

 その波紋は僕らの身体を通り抜け、敷き詰められた花々を浚い、棺の上に横たわった四人の身体の表面を撫でていく。

 礼拝堂の内側全てを青白い光が覆った瞬間、きぃんと甲高い音が鳴った。


「誤差は一秒未満……成功です」


 懐中時計に目を落としていたアルフが頷く。彼の顔には安堵の表情が湛えられていた。

「そう……ですか……」


 アルフの言葉を待ってから、まかろんが膝から崩れ落ちた。地面に激突する寸前、アルフが彼女を支える。


 慌てて駆け寄ると、まかろんは無表情な顔を青くさせていた。表情は変わらないが息は荒い。

 まかろんは震える手で懐から小瓶――今度は普通のMP回復ポーションだ――を取り出し口に含む。静かに嚥下し終わると少し落ち着いた様子でゆっくりと息を吐いた。


「MP――マナが空になると、負荷が直接身体に伝わります。ヒビキさんも気を付けてください」

「術式制御での呪文強化に、全てのMPを使ったのかい……?」

「はい。外界からマナを取り込む方式が取れれば楽ですが、頻繁に施す術なので自分が保有するマナだけで全てを賄っています」

「君達は一体何をしているんだ……?」


 顔色の悪いまかろんに、僕は問わずには居られなかった。


 埋葬されず、棺の上に安置されるりっちゃん達の遺体。

 決められた時間に行われる、まかろんの『始原魔術』による儀式めいた行為。

 悪ふざけにしてはたちが悪過ぎる。

 聡明なまかろんやアルフ達のことだ、そこには何かしらの意味があるはずだ。


「……良くお聞きになってくださいヒビキ様」


 アルフがかつてなく真剣な面持ちで僕に言う。


「――リィ様達は


 それは僕の目の前に突きつけられた現実をぶち壊す言葉だった。


 死亡していない――嬉しいはずのその事実を、僕は信じる事が出来ない。

 精気を失った顔で眠り続けているりっちゃん達が目の前にいるのに、どうしてそんな言葉を信じる事ができるのか。

 彼女達の命の灯が既に尽きているのは疑いようが無いのに、何故彼はそのような言葉を吐いたのか。


「それってどういう……」

「今から話すお話は、プレイヤーの皆様がフェローと同質の存在である、と言う仮定の上に成り立つものだと、まずは念頭において下さい」


 僕が頷くと、アルフが説明を続ける。


「確かに今のリィ様達は命の灯が消えた状態――戦闘不能状態にあります」

「うん……?」

「しかし、エヴァーガーデンでのそれは、現実世界での蘇生不能な『死亡』とは性質が全く異なります。今のエヴァーガーデンで、現実世界の死亡に相当するものは、HPが尽きてから十五分後に発現する『死亡』です。リスポーン機能が存在しない現在、『死亡』は文字通りエヴァーガーデンにおける死――となります……ここまで言えば、ヒビキ様にはお分かりですか?」

「あ……」


 きっとそれなりの長い期間、安置されて来たりっちゃん達の遺体。

 マスターを失ったのに落ち着いているアルフとヤト。

 まかろんが唱えた『ステイシス・スフィア』。


 かちん、とばらばらに飛んでいた疑問と事実から成る小さな歯車が噛み合った。


「りっちゃん達は確かに目を醒ますことが出来ない。だけどそれは『戦闘不能』と言う名のバッドステータスの付与によるものだから――だね?」


 EGFではHPがゼロになった瞬間、『戦闘不能』と言うバッドステータスがキャラクターに付与される。この『戦闘不能』状態は、実際には『昏睡』、『散魂』、『死亡』の三種類の状態に分解され、戦闘不能状態に陥ってからの時間経過により、『昏睡』から『散魂』、『散魂』から『死亡』へと段階的に遷移する。

 後の段階になるほど解消するための手段は限られてくるが、蘇生の手段は何通りか用意されている。


 ――戦闘不能状態にあるが『死亡』はしていない。

 ややこしいが、ようやく合点がいった。


 つまり、現在のりっちゃん達は、ゲームで言うところの毒や麻痺と同じ、然るべき手段を用いれば治療が出来る状態にあるのだ。現実世界での取り返しのつかない死とは全く性質が異なる。

 僕の答えは正解だったようで、アルフは頷いた。


「でも、戦闘不能状態――『昏睡』なら、いくらでも治す方法ってあるでしょ? うちにも更紗さんみたいな高レベルの回復役ヒーラーがいるし」

「……実際は四人共に『散魂』状態です。ご存知の通り、散魂は課金アイテムや、限定イベントのアイテムのような極めて限られた手段でしか治癒する事ができません」


 『散魂』はEGFにおいて最悪のバッドステータスとされている。『神聖術』や『神仙術』のマスターレベルで習得できる複合技能マルチアーツであっても、散魂状態を治療することは不可能だ。

 技能アーツで治療するためには、それ専用のビルドを行う必要があるのだが、ゲームでできる事がかなり限られてしまうため、それが出来るプレイヤーやフェローは非常に少ない。

 もちろん上記のような技能アーツ以外にも、何通りか治療手段は用意されているのだが、コストや手間を考えると、大人しく『死亡』してホームポイントにリスポーンした方が安く上がる。そのため散魂状態への対応策を常に準備しているプレイヤーやフェローの数は非常に少ない。


「『神樹のソーマ』や『ドヴェルグの輝石』があれば、散魂状態からの蘇生も可能なのですが……」

「神樹のソーマねぇ……」


 昨日、絶命寸前のユネに使用した課金アイテムの事だ。昏睡だけではなく、散魂状態からもペナルティ無しで蘇生することができる数少ない回復アイテムの一つである。


「確か神樹のソーマなら、マスターが一個だけお持ちだったはず……」

「あぁ……消えるのが勿体無くて、サービス終了前に飲んじゃったよ……」


 最後の一個をユネに使ったことは、絶対に彼女に言う事は出来ない。

 優しすぎるユネのことだ。真実を告げたが最後、それは彼女の心を深く蝕み、消える事のない傷を残す事だろう。


「我々フェローがEGFから持ち越して来た、散魂を治療できるアイテムも、クォーツとの戦いの中で全て使い尽くしてしまいました。リィ様達の治療が不可能な現在、まかろん様の技能アーツによって散魂状態を進行させないことが、今我々の出来る唯一の対策です。まかろん様には多大なご苦労をおかけして、大変申し訳なく思っています……」

「そうか、だからステイシス・スフィアを……」

 始原魔術スキルの上級技能アーツであるステイシス・スフィアの効果は、『システムカウントの停止』である。味方に付与した支援効果や、敵に付与したバッドステータスの残り時間の減少を停止させることによって、戦闘をサポートする技能アーツの一種だ。

 散魂状態のキャラクターに使用すれば、死亡までの時間を延ばすことができる。


「はい。『千年樹の琥珀シロップ』、『竜脈の律動』に『セルフコンバート』でブーストして、『術式制御:効果時間延長』に全てのMPを充てれば、効果時間を十二時間まで延長することが可能です」

「十二時間……ってことは一日二回、ずっとこれを繰り返してきたのかい!?」

「はい。ずっとと言ってもまだ三ヶ月ですが」


 僕の驚きの言葉にまかろんは無表情に頷いた。


「それでも十分長すぎるでしょ……」


 だから、まかろんは生活の拠点を自宅プレイヤーホームから『風見鶏の館』に移したのか。一日二回、ステイシス・スフィアを使用して、りっちゃんたちの命を繋げるために。


「『死亡』にまで進行した場合、現実世界で実の肉体を持つ私達にどのような影響があるのか分かりませんから」

「プレイヤーの皆様が死亡したと言う前例が無い以上、下手な手を打つ事はできませんでした。いつか蘇生アイテムを見つけるまで、この現状を維持する事が今の私達の精一杯だったんです……」


 アルフが申し訳なさそうに言う。

 エヴァーガーデンで死亡した瞬間、何事も無く現実世界で目覚めると可能性も存在するだろう。あくまでもこれはゲーム内での出来事であって、現実世界の僕達の身体には何の悪影響も生じないのかもしれない。

 しかしそれは楽観論だ。

 リスポーン機能が存在しない今の世界、フェロー達にとって『死亡』は実質的な死に直結している。僕達プレイヤーにも何らかのペナルティーがあって然るべきだと考えても不思議ではない。それこそ最悪の場合、現実世界での植物人間化や死に繋がると言う可能性も有り得る。


 だから、僕はまかろんにこう言う他に無かった。


「まかろん……苦労をかけてごめん」

「いえ。私はヒビキさんのお役に立てればそれだけで幸せです」


 まるで感情が込められていない平淡な声でまかろんが言う。言葉の内容と表情がまるで一致していないが、彼女が幸せだと言うのなら幸せなのだろう。そういう少女なのだ。

 僕の言葉の意をまかろんは理解してくれた。


 現状維持。それが僕がまかろんにお願いしたことだった。


 神樹のソーマはもう無いし、倉庫に眠っているアイテムの中にも、散魂状態を治癒できるものは無い。技能アーツでの試行錯誤も、治療や蘇生関連のスキルが軒並み初級~下級で止まっている僕には不可能だ。

 何の力も無い僕には、まかろんに頼る事しか出来ない。

 今までの方針通り、まかろんのステイシス・スフィアでりっちゃん達の散魂状態の進行を食い止め、蘇生可能なアイテムの入手を目指すしかないのか。まだEGFには、未踏破のダンジョンが数多く存在するし、その中には課金アイテムに匹敵するような回復アイテムが眠っている可能性もある。


「現在、所属メンバーのいくらかを割いて、治療アイテムの捜索に当たらせています。在野のフェローの中には『神樹のソーマ』を所持している者もいるかもしれません。時間はかかるかもしれませんが、可能性はゼロではないかと……」


 僕は頷く。

 振り向けば四つの棺。

 言葉無く、命も無く、静かに横たわる友人達の姿がそこにはあった。


「りっちゃん、皆……この世界を救うためには皆の力が必要だ。だから、君達を生き返らせるために少し頑張ってみるよ。皆がいない僕が、どこまでやれるかなんてたかが知れているだろうけどさ」


 僕は覇気の篭らない言葉で言う。

 高潔に満ちた決意なんてものは無く、画もならないふぬけた声。

 そんな声になってしまったのは、見通しの立たない未来を少しでも良い方向に向けられるように、僕の出来の悪い脳みそがぐるんぐるんとフル稼働で回り続けていたからだ。


 僕の言葉に、りっちゃんはやはり何も答えなかった。




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