第十四話 『二度目の一歩』
「「ヒビキ様ぁーっ!!」」
左右の腕に衝撃が走った。
眠るりっちゃん達に別れを告げ、礼拝堂を出たすぐ後の出来事だった。
「おっとっと……黒に銀、ラシャに咲耶かい?」
「うん! ラシャだよ! ヒビキ様、久しぶりーっ!」
「久しいのぅ、ヒビキ様や。この四年の間に男っぷりに磨きがかかったと見える」
背の低い女の子二人が僕の両腕にぶら下がるように抱きついていた。
白くてちっちゃいのは『咲耶』、黒くてちっちゃいのは『ラシャ』と言う名のフェローだ。
露出が激しい巫女服っぽい装束を纏った銀髪&狐耳の咲耶に、やはり露出が激しいシーフルックの黒髪&狼耳のラシャ。
己の願望をこれでもかと詰め込んだ容姿と性格を持った彼女達のマスターは、アキバ系紳士を自称する二人組だった。彼らはまだこの世界に召還されていない。
「くふふ、ようやくユネも念願叶って主様と再会できたようじゃな。そのつやつやのお肌、昨晩はよほど可愛がってもらったと見えるの」
「いいなぁー! ユネちゃんいいなぁー! ラシャのご主人様はまだ来ないのかなぁ?」
「さ、咲耶さん!? 昨日はマスターと一緒に寝ただけで何もしてませんっ!?」
「くふふっ」
「ほ、ほんとですよ……?」
容姿に似合わない笑い方をする咲耶に、ユネがぱたぱたと手を振り回して抗議する。
後ろに控えていたアルフとヤトが苦笑していた。まかろんは相変わらずの無表情である。
「こら、お二人とも。ヒビキ様が戻られて嬉しいのは分かりますが少し落ち着いて下さい。昨日お願いした件はどうなりましたか? 各駐屯拠点のメンバーに召集命令を伝えるようお願いしたはずですが」
「えーっと、それなんだけど……」
困ったようにラシャが目を伏せる。黒い狼耳がぺたんと伏せられた。
「どうやら騎士団の奴ら、南西の
「はぁっ!?」
あっけらかんと告げた咲耶に、アルフは素っ頓狂な声を上げた。
騎士団というのは、昨日話に出てきたレスタール王国北方騎士団の事だ。
レスタール王国はフォルセニア大陸に存在する二つの国の内の一つで、獣人の王様が治める中規模の国家だ。ゲームを開始して初めて訪れる国でもある。そのレスタール王国が有する騎士団の一つが北方騎士団で、EGFにおけるメインクエストにも絡んできたため、プレイヤーやフェローにも馴染みが深い。
「昨日の戦はユネさんの活躍で大勝利。
「クォーツの繁殖力を忘れたわけでもないでしょうに!」
「まぁ、それはクラウディア殿も十分に分かっているじゃろ。下は騎士団員や民草、上は貴族連中にがっちり固められての命令・嘆願・具申の山の山。胃がいくつあってもきっと足りないじゃろうなぁ……」
「中間管理職って大変だねー……ラシャのご主人様も出世だけは絶対にしたくないって言ってたよ!」
難しい顔で唸るアルフと咲耶に、どこまでもマイペースなラシャが答える。
「各地のフェローは慌てて北方騎士団――規模は大体千二百程かの。
「連絡員に割く人員も惜しい現状とは言え、考えが甘すぎたか……」
アルフが苦々しく吐き捨てた。
話の内容から察するに、北方騎士団の人達はアルフ達への通達無しでクォーツの拠点的なものに襲撃をかけたようだ。
「
傍らのユネに聞いてみる。
彼らの実力は分からないが、騎士団と名が付けられているからには少なくともそれなりの人数はいるだろう。物量に任せてしまえば、ある程度の難易度のダンジョンなら攻略できそうではある。
「ええと、亜人の方々には私達のようなレベルは存在しませんが、一般の騎士団員の方々は大体Lv50くらいの実力です。それに対して、
「……無理ゲーじゃんそれ」
『白き古代龍の最終試練』とは、三つ目のレベルキャップであるLv270を突破する際にクリアする必要のあるクエストのことだ。クリアするにはLv270のキャラクター二百人以上でパーティを組む必要がある無理ゲーとして悪名高い。
騎士団の平均がLv50だと言うのなら、彼らが何千と徒党を組んでも攻略するのはほぼ不可能である。
「クォーツの攻撃力は手に負えないほど高いというわけではありません。ですが、水晶に覆われた硬い表皮の防御力と繁殖力――物量の多さが脅威です。亜人の兵士や魔術師の攻撃力では、殲滅する前に押し切られてしまうでしょう」
「ですから、
まかろんの解説にユネが補足を加えた。
EGF時代の『風見鶏のとまりぎ』メンバーの平均Lvは285程度だ。この数値は、『白き古代龍の最終試練』という大きな関門が存在するため、EGF全体を見ても稀に見る高さである。
Lv297の僕とユネを初め、Lv298のアルフやLv290前半のラシャや咲耶もいる。彼ら全員の力を持ってすれば、大人数を必要とするエンドコンテンツ以外の大抵のクエストなら突破可能だ。
「今ここにいる戦闘が可能なメンバーと、現地に向かっているメンバーの合計人数は何人?」
「ギルドホームに待機しているメンバーはここにいる者とヒビキ様を含めて三十人。現地に向かっているメンバーは……」
「十八人だよっ! その内五人はEGF時代からのメンバーだね! ユーゴさんもいるはずだよ!」
「合計四十八人――六パーティ、マルチパーティ二つ分か……」
僕は顎に手を当てて呟いた。
合計四十八人、六パーティ、マルチパーティ二つ分。この数値が僕の頭の中をぐるぐると回る。
予想される気候条件と、ロスフォルの
そこからはじき出した僕の答えは――。
「いけるんじゃないかなぁ」
「……一応ブランクがあるという前提の上で問いますが……正気ですか?」
「フェロー四十七人で『最終試練』なんて、ラシャも無理だと思う……」
アルフは頬を引き攣らせていた。隣のラシャはぽかんとした顔で、咲耶はにやにやと楽しげな様子で袖を口元に当てている。ユネだけが僕を信頼し切った目で見ていた。
「君達にとっては四年間だけど、僕にとっては二週間――最後のギルド狩りから一ヶ月しか経ってないからね。僕が知っている君達の力があれば十分に可能だよ。それとも、この四年間でアルフ達の剣は見るに耐えないなまくらになってしまったのかい?」
にやりとシニカルな笑みを含ませて焚きつけてみる。
「まさか! レベル自体は当時と変わりありませんが、我ら全員、この四年間に渡る戦いでその剣の冴えに曇りはありません! ヒビキ様の意思通り、貴方の手足として戦う事ができます!」
「うん! ラシャも頑張るよ! 先に行ったみんなを助けてあげないと!」
「くふふ、やはりヒビキ様は面白いお方じゃ。顔の方は儂のご主人様に勝てないのが、少し残念じゃがの」
全員の意思は既に固まっているようだ。
僕に向けられた視線の全てに戦意の火がありありと宿っている。
その後、戦闘準備を整えて一時間後にギルドホーム上空での集合が決められた。
全員が各々の役割を果たすべく散会した後、礼拝堂の前には僕とユネの二人が残された。
「じゃあ、僕らも
そう提案した僕に、ユネが優しい眼差しを向けていた。
「ユネ、どうかした?」
「いえ、マスターが優しい人で本当に良かった、と。以前、マスター達の代わりを務めていた私なら、きっと騎士団やフェローの皆さんを見捨てていたに違いありません……」
安堵したような様子でユネが言う。
りっちゃんが居ない今、『風見鶏のとまりぎ』の全権は僕にある。
先程礼拝堂の中で、彼女の代わりにギルドマスター代理の座に就いていたユネとアルフから、ギルドの指揮権を委ねられたばかりだ。
まかろんはりっちゃん達に付きっ切りにならないといけないし、ユネやアルフも精神的に限界が近いだろう。僕への権限委譲は妥当な措置だと思う。やりたい、やりたくないと言う僕の感情は別として。
「うん、皆大切な仲間だからね。折角エヴァーガーデンの世界で再び生を歩む事が出来るようになったんだ。今のこの世界では、プレイヤーやフェロー、亜人の生命の価値は等価だと思う。こんな所で無駄に散らしちゃいけない」
「マスター……ありがとうございます……」
僕の言葉は嘘だ。
僕は聖人じゃない。
万人に手を差し伸ばし、博愛を成すような高潔な魂は持ち合わせていない。
僕は彼ら――NPC千二百人とフェロー十八人――その内五人はEGF時代からの知人達だ――を有用なカードとしか見ていない。僕にとって彼らは、僕が僕の本懐を遂げるために必要な要素の一つでしかない。
今戦いの渦中にある彼らの戦力と、クォーツとの戦いで消耗すると予想される戦力を秤にかけて、それが前者に振れただけのことだ。それが後者に振れたのなら、僕は自身の無力さを嘆くフリをして彼らを切り捨てたのだろう。
我ながら人でなしの思考回路だと思う。ユネの方がよほど人間らしい。
それでも僕に重くのしかかる胸糞の悪さは、この僕にも僅かなりの良心があることを示している。
今回は結果的に救う方を選択した。しかし、今後の選択全てがそういうわけにはいかないだろう。いつかユネ以外の全てのフェローや亜人達を切り捨てることもあるかもしれない。その時、僕は耐え切れるのだろうか。
「さあ、早く帰ろう。ユネの装備も見繕わないといけないから、あまり時間無いよ?」
表情を無理やり笑顔の形に収束させて僕は笑った。
そしてきっかり一時間後、僕はマルーの上にいた。
マルーを操るユネを先頭に、約二十体の騎乗ペットが後に続く。
リンドブルム種やグリフォン種が多いが、マルーと同じワイバーン種もいる。僕と同じく騎乗スキルを持たないフェロー達は相乗りをしているため、人数に比べて騎乗ペットの数は少なかったが、EGF時代は空中戦の機会はあまり無かったのでそれでもこの数は壮観だった。
後方には既に掌で覆い隠せるほどに小さくなってしまったギルドホームが見えた。
目的地はギルドホームがあるフォルセニア大陸の中部と北部の境界地域から南東六百キロ程に位置する『ロスフォルの
「皆さん……どうかご無事で」
手綱を握るユネが呟く。
ユネは白と紺を基調とした真新しい戦装束に身を包んでいた。
僕の
魔獣種のグリフォンに跨るアルフと、幻獣種の大鳳に跨るラシャ&咲耶を含めた二十八人のフェロー達が僕らの後ろを飛んでいる。EGF時代からの見知った顔が半分、知らない顔――この四年間で加入したフェローが半分だ。
「仕方ないとは言え、まかろんがいないのはやっぱり痛いなぁ……」
「りっちゃん様達のことがありますので……」
まかろんはりっちゃん達にステイシス・スフィアを施す必要があるため、今回の戦闘には参加できない。『風見鶏のとまりぎ』の主砲である彼女が居ないのは少し心細かったがこれは仕方ないだろう。
そもそも戦闘系のメンバーではないヤトもこの場にはいない。
「その代わりに、まかろんからこんなものを渡されたよ」
懐から小箱を取り出してユネに見せてみる。
赤い包装に緑色のリボンが巻いてある手のひらサイズの小さな箱だ。
「これは……プレゼントアイテムですか?」
「包装はクリスマスイベントっぽいけど、あれは白地に赤いリボンだから違うよねぇ」
ユネが言ったプレゼントアイテムとはEGF時代に運営会社がしばしば開催していたイベント用のアイテムのことである。素敵なアイテムを中に入れて、普段お世話になっているフェローや友達に日ごろの感謝を伝えよう! とか言うよくあるやつだ。
「アイテムウィンドウは使えないし、何だか覚えてる?」
「いえ、正式サービスから後になって入手したアイテムは大体覚えているつもりなんですけど……開けてみてはどうですか?」
「それはちょっとなぁ……何せりっちゃんが『本当に困ったときに開けてね』って言ってたらしいし」
「って、りっちゃん様からですか!?」
「うあっ!?」
がくん、とマルーの高度が下がった。いきなりの浮遊感に先程食べたオレンジとりんごの香りが口の中に湧き上がる。
そう、この僕の掌の上にある物体。何を隠そう、まかろん経由で僕に渡されたりっちゃんからのプレゼントである。ギルドホームから飛び立つ際にまかろんから手渡された。先程のりっちゃんからのメッセージと共に。
「りっちゃんのことだから『本当に困ったとき』以外に開けたら、酷い目に会うんだろうなぁ」
「は、はい……」
爆発したり、毒ガスが噴出したりしそうだ。そもそもこれ自体がどっきりという可能性も否定できない。単なるプレゼントでも頭に『りっちゃんからの』と言う言葉が付いただけで途端に胡散臭くなる――これが日頃の行いと言うものだ。
「『本当に困った』状況なんて願い下げなんだけどなぁ……」
「その前にりっちゃん様達を蘇らせちゃえば、みんな解決ですね」
眉間に皺を寄せる僕にユネが微笑む。
それは良い。それが出来れば一石二鳥だ。何より実に前向きな提案である。
「いいね、さすがは僕のユネだ。その案乗った!」
ユネを後ろから抱き締めて、ご褒美だと言わんばかりに頭を撫でてやる。
彼女の不思議な色合いの髪の毛がわしゃわしゃと揺れた。
「あっ、わっ、やぁっ!?」
突然の僕の暴挙に驚いたユネはマルーの手綱を妙な方向に捻る。
主人に忠実なマルーはその手綱の指示を理解し、きりもみ回転をしながら急降下。
曲芸飛行をキメるマルーの上からユネの悲鳴と僕の笑い声が空の上に響き渡る。
クォーツとの激戦が始まる僅か二時間前。
いちゃつきながら雲海の下に消えて行く僕達を、後に続く二十八人のフェロー達が生暖かい目で見ていた。
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