蝶サイコー! ③ベイツ型擬態とミューラー型擬態

 ※文末に今回の「まとめ」を掲載しています。

  読みにくい文章に耐えられない方は、一番下まで画面をスクロールさせて下さい。


 チョウに着目した今回のシリーズ。

 前回は擬態ぎたいに焦点を当て、モノマネ上手な昆虫たちを紹介しました。

 今回は引き続き、知られざる擬態ぎたいの世界に焦点を当てたいと思います。


 前回のおさらいになってしまいますが、昆虫には別の昆虫に擬態ぎたいしているものが珍しくありません。そして多くの場合、モノマネされる昆虫は毒を持っています。


 中でもハチは、多種多様な昆虫に模倣されています。以前『亡霊葬稿ゴーストライターダイホーン』で形容した通り、「昆虫界の美川みかわ憲一けんいち」と言っても過言ではありません。


 黄色と黒のボーダー模様は、アブからカミキリムシにまで真似まねされています。

 第1回目に紹介したオオスカシバも、ハチに擬態ぎたいしている昆虫です。


 同じくガのクビアカスカシバは、もっとハチに似ています。

 かなり目をらさないと、正体を見破ることは出来ません。

 彼等はブドウの害虫としても有名で、日本各地に棲息しています。


 毒を持つ生物に擬態ぎたいする生物には、2つのパターンがあります。


 ①毒を持たない生物が毒を持つ生物を真似まねる。

 ②毒を持つ生物が毒を持つ生物を真似まねる。


 専門的には、①のことを「ベイツがた擬態ぎたい」と呼びます。


「ベイツ」とは、①の発見者であるヘンリー・ベイツのことです


 彼はイギリス人の博物はくぶつ学者がくしゃで、ダーウィンとも親交を持っていました。19世紀の中頃からはアマゾン川流域を探索し、膨大な数の新種を発見したことで知られています。また多くのチョウを採集し、毒を持たないチョウが毒を持つチョウを真似まねていることを発見しました。


 ベイツがた擬態ぎたいは、比較的説明のしやすい現象です。


 前回も説明しましたが、多くの捕食者は毒を持つ生き物を避けます。

 毒のある生物に姿を似せれば、襲われる確率を下げることが出来ます。


 対して②は、なかなか理解しづらい現象です。


 自分自身が毒を持っているなら、わざわざ他の生物を真似まねる必要はないように思えます。しかし詳しく調べてみると、②にもきちんとメリットがあるようです。


 一度毒のある獲物を口にした捕食者は、姿形の似た生物を避けるようになります。


 ベイツがた擬態ぎたいをする生物が難を逃れられるのも、この習性があるためです。

 逆に言うなら、毒があるとしらせるためには、誰かが食べられなければなりません。


 本来、毒があると教えるためには、一種類ずつ餌食えじきになる必要があります。

 しかし複数の生物が、似た姿をしていたらどうでしょう。

 そう、どれか一種類食べられるだけで、毒があると伝えることが出来るのです。


 誰にも似ていない場合、犠牲は一つの生物に集中するでしょう。

 しかし複数の生物が似ていれば、負担を分かち合うことが出来ます。


 二つの生物が似ていれば2分の1に、三つの生物が似ていれば3分の1にと、一つのしゅから出る犠牲者は減っていきます。場合によっては、自分の種族からは全く犠牲を出さずに、毒があることを教えられるかも知れません。多くのハチが黄色と黒なのは、この効果を狙っているためと考えられています。


 ①に名前があるように、②は「ミューラーがた擬態ぎたい」と呼ばれます。

 「ミューラー」とはやはり人の名前で、発見者のフリッツ・ミューラーを指しています。


 フリッツ・ミューラーはドイツ人の博物はくぶつ学者がくしゃで、ベイツ同様、ダーウィンと親交があった人物です。アマゾンを研究する内に、毒を持つチョウ同士が似ていることを発見し、ミューラーがた擬態ぎたいを提唱しました。


 つまりベイツがた擬態ぎたいとミューラーがた擬態ぎたいは、どちらもチョウのおかげで日の目を浴びた現象です。ガと違い、毒を持つイメージのないチョウだけに、驚いた方は多いのではないでしょうか。


 今回のシリーズで取り上げたように、世界には擬態ぎたいする生物がたくさん棲息しています。

 と言うか、今回紹介出来たのは、ほんの一部に過ぎません。

 世界にはまだまだ×100、モノマネ上手な生き物が存在します。


 とは言え、ただ別の生物に似ているだけで、擬態ぎたいと決め付けることは出来ないようです。


 同じような環境で暮らす生き物は、似た形に進化する傾向があります。

 生物学の世界では、この現象を「収斂しゅうれん進化しんか」と呼ぶそうです。


 哺乳類のイルカやクジラは、魚にそっくりです。


 しかし彼等は元々陸上で暮らす生き物で、祖先はイヌのような姿をしていました。詳しくは『明日自慢出来る(かも知れない)話』(『くじら偶蹄ぐうていもくについて クジラ≒カバ?』の回)をご覧下さい。また『明日自慢出来る(かも知れない)話Z』(『深海紳士録』シリーズ)では、クジラの骨に群がる深海生物を取り上げています。


 ※アドレスをクリックすると、該当する話に飛びます。

くじら偶蹄ぐうていもくについて クジラ≒カバ?』

 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054881211529/episodes/1177354054881211638

『深海紳士録』シリーズ1話目

 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054883436079/episodes/1177354054883451615


 似ていると言っても、イルカやクジラが魚を真似まねたわけではありません。

 同じ水中と言う環境で暮らす内に、自然と似た姿に進化しただけです。


 またひねくれた考え方ですが、偶然似ていると言う可能性も考えられます。動物や昆虫に話を聞けない以上、本当に擬態ぎたいしているのかは誰にも判らないのかも知れません。


 さてチョウや擬態ぎたいに焦点を当てた今回のシリーズ、お楽しみ頂けたでしょうか。


 テーマがテーマなだけに写真をお見せしたかったのですが、さすがに山まで出掛けることは出来ませんでした。今回紹介した生き物に興味を持った方は、Googleグーグル先生に相談してみて下さい(笑)。


 ◇今回のまとめ◇

 ☆ハチは多くの昆虫にモノマネされている。


 ☆毒を持つ生物を真似まねる生物には、2つのパターンがある。


 ☆毒を持たない生物が毒を持つ生物を真似まねることを、「ベイツがた擬態ぎたい」と呼ぶ。提唱者はイギリス人の博物はくぶつ学者がくしゃ、ヘンリー・ベイツ。


 ☆毒を持つ生物が毒を持つ生物を真似まねることを、「ミューラーがた擬態ぎたい」と言う。提唱者はドイツ人の博物はくぶつ学者がくしゃ、フリッツ・ミューラー。


 ☆ベイツがた擬態ぎたいもミューラーがた擬態ぎたいも、チョウを研究することで発見された。


 ☆同じような環境で暮らす生き物は、似た姿に進化する傾向がある。これを「収斂しゅうれん進化しんか」と呼ぶ。


 参考資料

 忍者生物摩訶ふしぎ図鑑

 北村雄一著 (株)保育社刊


 海野和男 昆虫擬態の観察日記

 海野和男著 (株)技術評論社刊


 徹底図解 昆虫の世界

 岡島秀治監修 (株)新星出版社刊

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