語源百景 植物篇 ④八百屋はなぜ「八百」屋なのか?

 ※文末に今回の「まとめ」を掲載しています。

  読みにくい文章に耐えられない方は、一番下まで画面をスクロールさせて下さい。


「植物」と言うテーマをかかげ、身近な言葉の語源を紹介している今回のシリーズ。

 前回は五穀ごこくに焦点を当て、「濡れ手にあわ」や「ぬか喜び」の語源を紹介しました。


 米や豆と同じくらい身近な食べ物に、「ウメの実」があります。


 梅干しが日本人のソウルフードであることは、疑いようのない事実です。

 また梅酒は大人に、梅ジャムは子供にと、幅広い世代に愛されています。


 物事の加減を意味する「あんばい」は、このウメの実から誕生した言葉です。


 古来、日本では料理の味を調ととのえるのに、塩と梅酢うめずを使っていました。

 転じて物事の具合や調子を、「塩梅あんばい」と表現するようになったと言います。

 元々は「えんばい」と言われていましたが、次第に現在の読み方になっていったようです。


 梅酢うめずは日本を代表するホラー漫画家で、「漂流ひょうりゅう教室きょうしつ」や「14歳」と言った傑作で知られています。赤と白のボーダーシャツを着た姿は、漫画に詳しくない方でもご存知ぞんじでしょう。


 はい、恒例の悪ふざけはここまで。


 梅酢うめずとはグワシ! なお方ではなく、梅干しを漬けた際に出る液体です。


 そもそも梅干しとは、ウメの実を塩に漬け込んだものです。

 漬けるために重石を載せておくと、徐々にウメの実からエキスが染み出てきます。


 このエキスが梅図うめず……じゃなかった、梅酢うめずです。

 ちなみに寿司や牛丼に欠かせない紅しょうがは、しょうがを梅酢うめずに漬け込んだものです。


 冒頭で宣言した通り、今回のテーマは植物です。


 4回に渡って紹介してきたように、植物は多くの言葉を生み出してきました。

 一方で、世の中には植物が語源のようで、植物由来ではない言葉も多く存在します。


 例えば「お茶の子さいさい」の「お茶の子」は、緑茶のことではありません。

 諸説あるのですが、一般的には「お茶菓子」のことだと言われています。


「さいさい」はただの囃子詞はやしことばで、深い意味はないと言う説が有力です。ただし、「再々さいさい」をひらがなにしたもので、何度も食べられることを意味しているとも言われています。


 お茶と共に出されるお菓子は小さく、幾らでも口にすることが出来ます。

 このことから容易たやすい行為を、「お茶の子さいさい」と呼ぶようになったとか。


 偏屈だったり、間抜けな人を指す「唐変木とうへんぼく」も、植物が由来ではないと言われる言葉です。


唐変木とうへんぼく」と言う字だけを見ると、とう(中国)に生える変な木を連想します。

 しかし残念なことに、「唐変木とうへんぼく」と言う木は存在しません。


 全然関係ない話ですが、「キソウテンガイ」と言う植物は実在します。

 興味のある方は、Googleグーグル先生に聞いてみて下さい。


唐変木とうへんぼく」の語源にも諸説あり、断言することは出来ません。

 作者が調べた限り、有力な説は二つあるようです。


 まず一つ目は、けんとう使が持ち帰った、「変な木」に由来すると言う説。

 そしてもう一つが、「とう」から来た「木偶人形でくにんぎょう」のことだとする説です。


 確かに世界中捜しても、人形ほど偏屈な人は見付からないでしょう。


 現にフライドチキン屋の爺さんは、雨の日も風の日も店の前に立っています。

 道頓堀どうとんぼりに投げ込まれようと、笑顔を消すことはありません。

 川底で微笑ほほえみ続ける姿は、悲壮な以上にちょっと間抜けです。昔の人が一連の流れを見ていたら、唐変木とうへんぼくの代わりに「カー●ル」と言う形容詞を作っていたかも知れません。


 さて野球と言えば、時々「八百長やおちょう」試合が問題になります。

 この「八百長やおちょう」と言う単語を生んだのは、八百屋やおや長兵衛ちょうべえさんです。


 これまた様々な説があるのですが、今回は代表的な話を紹介します。


 明治時代、八百屋やおや長兵衛ちょうべえさんは、大相撲の親方とよく囲碁いごを打っていました。

 実力は長兵衛ちょうべえさんが上でしたが、彼はいつもわざと負けていたと言います。

 そうすることで親方の機嫌を取り、自分の店で野菜を買ってもらっていたそうです。


 どうやら得意先に媚びへつらわなければいけないのは、今も昔も変わらないようです。接待ゴルフでホールインワンなど出そうものなら、他の業者に仕事を発注されてしまうでしょう。


 後に長兵衛ちょうべえさんの実力が発覚したことで、勝ちを譲る行為は「八百長やおちょう」と呼ばれるようになりました。達人として尊敬を集めるようになった長兵衛ちょうべえさんですが、売上は下がったかも知れません(笑)。


 なかなか囲碁いごを打つ機会はありませんが、我々にとっても八百屋やおやは身近な存在です。

 しかし今回語源を調べている内に、ふと気になったことがあります。


 一体なぜ、「八百屋やおや」は「八百屋やおや」なのでしょうか?


 魚を扱う店は「魚屋」、肉を売る店は「肉屋」と、商品の名前をかんしています。

 本来なら八百屋やおやも、「野菜屋」や「果物屋」と呼ばれるべきです。


 どうも秘密は、「八〇〇」と言う数字に隠されているようです。


 日本では古くから、「八〇〇」に「たくさん」と言う意味を持たせてきました。


 よく日本の神さまには、「八百万やおよろず」と言う冠詞かんしが付きます。これも八〇〇万いると言うわけではなく、おびただしい数の神さまが存在すると言う意味です。


 江戸の枕詞まくらことばである「八百はっぴゃく八町やちょう」も、実際は町の多さを示す表現に過ぎません。

 その証拠に、西暦1800年前後の江戸には、八〇〇どころか1700以上の町がありました。


 八百屋やおやは果物に野菜と、数多くの品を取り扱っています。

「八百」が頭に付くのも、無理はないかも知れません。


 ――と結びたいのですが、ひねくれ者の作者には思うことがあります。


 確かに、八百屋やおやさんはたくさんの商品を取り扱っています。

 しかし品揃えと言う点では、魚屋さんも負けてはいません。貝から魚、カニやタコと、幅広い商品を揃えています。野菜屋だけが八百屋やおやと呼ばれるのは、何だか不自然です。


 実は八百屋やおやの語源には、もう一つ有力な説があります。


 時に野菜は、「青物あおもの」と呼ばれることがあります。

 また野菜に果物を加え、「青果」と呼ぶことも少なくありません。


 青果を扱う八百屋やおやは、当初「青屋あおや」と呼ばれていました。

 それが時と共になまり、「八百屋やおや」になったそうです。


 ◇今回のまとめ◇

 ☆「あんばい」は「梅酢うめず」と「塩」のこと。


 ☆「梅酢うめず」とは、梅干しを漬ける際に出るエキス。


 ☆紅しょうがは、しょうがを梅酢うめずに漬け込んだもの。


 ☆「お茶の子さいさい」の「お茶の子」は、「茶菓子」。


 ☆「唐変木とうへんぼく」の語源は、唐(中国)の木偶でく人形にんぎょう。ただし、遣唐使けんとうしが持ち帰った木と言う説もある。


 ☆「八百長やおちょう」の語源は、「八百屋やおや長兵衛ちょうべえ」さん。


 ☆八百はっぴゃく八町やちょうと称される江戸には、1700以上の町があった。


 ☆野菜を扱う店が「八百屋やおや」と呼ばれるのは、「八百たくさん」の品を扱っているため。また「青屋あおや」がなまったと言う説もある。


 参考資料

 日本語源辞典

 村石利夫著 (株)日本文芸社刊


 おもしろ奇語辞典

 萩谷朴著 (株)新潮社刊


 江戸早わかり事典

 花田富二夫著 (株)小学館刊

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