語源百景 植物篇 ③こけら落としの「こけら」とは?

 ※文末に今回の「まとめ」を掲載しています。

  読みにくい文章に耐えられない方は、一番下まで画面をスクロールさせて下さい。


『植物篇』と題しておきながら、食べ物の歴史ばかり語っている今回のシリーズ。

 前々回はかば焼き、前回はかまぼこに着目し、その変遷へんせんを紹介してきました。

 第3回は食べ物から離れ、慣用句かんようくに目を向けたいと思います。


 身体だけ大きく、役に立たない人は、「ウドの大木」と揶揄やゆされることがあります。

「大木」と言う部分から薄々判りますが、この「ウド」とは植物のことです。


 ウドはウコギの植物で、日本各地の山に自生しています。

 食用になることでも有名で、栽培も行われています。

 食卓の常連と言うわけではありませんが、スーパーで売られていることも少なくありません。


 ウコギには他にも、多くの山菜が属しています。

 中でもタラノキの新芽は「タラノメ」と呼ばれ、天ぷらによく使われます。


 また強壮きょうそうざいとして使われる朝鮮ちょうせん人参にんじんやエゾウコギも、ウコギに含まれる植物です。

 作者もエゾウコギを飲んでいるのですが、なんとなく身体がポカポカする気がします(笑)。


 野生のウドは緑色で、表面には細かい毛が生えています。

 茎はホウキの柄のように太く、高さ2㍍ほどにまで生長します。


 大きく育った姿は立派なのですが、人間にとっては少々問題があります。


 ウドは若い葉っぱやつぼみも食べられますが、一般的には茎を口にするものです。

 しかし大きく育った茎は固く、食用になりません。


 また固いと言っても、所詮は「茎」です。

 木材に比べると遥かに軟らかく、家や道具の素材にすることも出来ません。


 早い話、大きく育ったウドは、全く人間の役に立ちません。

 このことから、大きくても役に立たない人を、「ウドの大木」と呼ぶようになったそうです。


 同じく植物から生まれた慣用句かんようくに、「濡れ手にあわ」があります。


「濡れた手」だけに、「あわ」を「泡」と思っている人は多いのではないでしょうか。

 しかし「濡れ手にあわ」の「あわ」は、「泡」ではありません。

「あわ」は「あわ」でも、穀物の「アワ」です。


 アワはイネの植物で、ネコジャラシ(エノコログサ)の仲間です。

 米、麦、豆、キビ(もしくはヒエ)と共に、五穀ごこくの一つにも数えられています。


 五穀ごこくとは、人間の主食になる五つの穀物のことです。

 米、豆、麦は説明するまでもありませんが、キビやヒエは少しマイナーかも知れません。


 簡単に説明すると、キビはあの「きびだんご」の材料になる穀物です。

 ヒエはイネの仲間で、寒さに強い植物です。

 そのため、冷害に見舞われた年でも、安定した量を収穫出来ます。

 また食物繊維も豊富で、鉄分や亜鉛あえんもふんだんに含まれているそうです。


 アワもまた食物繊維が豊富で、ヒエ以上に鉄分が含まれています。

 現在ではほとんど口にすることがありませんが、健康志向の方はお米に交ぜて食べているようです。また人間が食べない反面、小鳥のエサとして非常によく使われています。


 インコやブンチョウを飼っている方はご存知ぞんじでしょうが、アワは非常に細かい穀物です。

 ただ濡れた手で触っただけで、びっしりとくっついてしまいます。

 転じて苦労せずに何かを得ることを、「濡れ手にアワ」と言うようになったそうです。


 同じくアワから誕生した表現に、「粟立あわだつ」があります。

 最近はなかなか使いませんが、「鳥肌が立つ」と同じ意味の言葉です。


 鳥肌が立つと、肌にたくさんの粒が出来ます。

 昔の人はこの粒々になった肌を、アワと重ねたとか。


 五穀ごこくの顔であるお米からは、「ぬかに釘」や「ぬか喜び」と言った言葉が生まれました。


 我々が口にする白米は、玄米から皮やはいを取り除いたものです。

はい」とは芽になる部分で、生長するためのエネルギーは白米の部分に蓄えられています。


 除去された皮やはいは、ごく薄い茶色の粉として排出されます。

「ぬか」とはこの粉のことで、家畜のエサや肥料に利用されています。

 漬け物に使うぬかどこは、ぬかに塩や水などを加えたものです。


 ぬかのような粉に釘を刺しても、手応てごたえはありません。

 効果のないことを「ぬかに釘」と言うのも、無理はないでしょう。


 また古来、細かく小さなぬかは、「儚いもの」、「空しいもの」の代名詞として使われていました。一時いっときの喜びに「ぬか」が付くのも、そう言った背景があるためです。


 カスが生んだ言葉と言う点では、「こけらおとし」も忘れることは出来ません。


「こけら落とし」と言えば、新しく劇場が建てられた際、始めて行われる公演に使われる表現です。ニュースで聞く機会も多いですが、「こけら」の正体を答えられる方は少ないのではないでしょうか。


 そもそも「こけら」は、漢字で「こけら」と書きます。

 これだけ見ると「カキ」のようですが、「木屑こけら」や「木削こけら」と書くこともあるようです。

(注:『こけら』は『カキ』とは別の字だとする説もあります)


 字を見れば判るように、「こけら」とは材木の削りカスを指しています。


 その昔、劇場の屋根には、こけらいたと言う板が使われていました。

 そして工事の最後には、屋根の木屑を払い落としたと言います。

 これにちなんで、劇場完成後に始めて行われる公演を、「こけらおとし」と呼ぶようになったそうです。


 ◇今回のまとめ◇

 ☆ウドの大木の「ウド」とは、ウコギの植物のこと。

 

 ☆ウコギには、朝鮮ちょうせん人参にんじんも属している。


 ☆「濡れ手にあわ」の「あわ」は「アワ」。「泡」ではない。


 ☆「ぬか喜び」や「ぬかに釘」の「ぬか」は、玄米の皮やはい


 ☆「こけら落とし」の「こけら」は、木の削りカス。


 参考資料

 日本語源辞典

 村石利夫著 (株)日本文芸社刊


 誰も知らない語源の話

 増井金典著 KKベストセラーズ刊


 図解雑学 植物の科学

 八田洋章編著 ナツメ社刊

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る