語源百景 植物篇 ②「ちくわ」は「かまぼこ」?

 ※文末に今回の「まとめ」を掲載しています。

 読みにくい文章に耐えられない方は、一番下まで画面をスクロールさせて下さい。


 植物から生まれた言葉に焦点を当てている今回のシリーズ。

 前回は「蒲焼かばやき」の語源が、植物の「ガマ」であることを紹介しました。


 実を言うと、ガマは「かまぼこ」の語源にもなっています。


 およそひらがなで書かれる「かまぼこ」ですが、漢字では「蒲鉾かまぼこ」と表記します。

 勿論もちろん、「かま」は植物のガマですが、「ほこ」とは武器の「ほこ」のことです。とは言え、武器そのものではなく、「ガマ」の「茎」と「穂」を指しています。


 前回紹介したように、ガマの穂は串状の茎に付いています。

 昔の人々はまっすぐ伸びる茎や穂を、武器のほこに見立てたそうです。


 早い話、「蒲鉾かまぼこ」と言う名前は、ガマの穂や茎を指しています。


 ――とここまではいいのですが、ガマとかまぼこを見比べると、かば焼きの時と同じ疑問がこみ上げてきます。


 こちらも前回紹介しましたが、ガマの穂はソーセージに瓜二つです。

 おいしそうなことは間違いありませんが、かまぼこには全く似ていません。

 一体なぜ、昔の人はかまぼことガマを同一視したのでしょうか?


 これにはかば焼きがそうだったように、かまぼこの変遷へんせんが関係しています。


 かまぼこの歴史は古く、いつ頃誕生したかは判っていません。

 ただ平安時代に書かれた古文書には、既に「蒲鉾かまぼこ」の名前が記載されています。


 かまぼこが登場するのは、祝宴の献立こんだてを記録した部分です。

 そこには「蒲鉾かまぼこ」の名前と共に、イラストまで描かれています。ちなみに祝宴が開かれた1115年にちなんで、11月15日はかまぼこの日になっています。


 昔のかまぼこには、幾つか現代とは違う点があります。


 現在、かまぼこの材料には、スケソウダラやハモと言った海水魚が使われています。しかし室町時代の文献によると、かつては淡水魚のナマズを使うのが主流だったようです。


 更に今と昔とでは、製法も異なります。


 現在のかまぼこは、練った魚を「蒸した」ものです。

 一方、平安時代のかまぼこは、練った魚を「焼いた」食べ物でした。


 何より違うのが、「形」です。


 我々の知るかまぼこは半円形で、板に盛り付けられています。しかし古文書に描かれたそれは、竹の棒に巻き付けられています。真ん中に穴が空いた姿は、むしろ「ちくわ」です。


 棒に練り物が刺さった様子は、ガマの穂に見えなくもありません。

 昔の人々が「蒲鉾かまぼこ」と名付けてしまうのも、無理はないでしょう。


 今からは考えられませんが、長い間、かまぼこは高級品でした。

 主に公家くげや武士が口にする食べ物で、一般庶民には縁のない存在だったようです。有名な織田おだ信長のぶなが豊臣とよとみ秀吉ひでよしも、かまぼこに舌鼓したつづみを打ったと考えられています。


 現在の姿に変わった時期には諸説あり、断言することは出来ません。

 一般的には安土桃山時代後期から、江戸時代初期と考えられているようです。


 実際、秀吉ひでよしの子である豊臣とよとみ秀頼ひでよりには、「板付きのかまぼこを食べた」と言う記録が残っています。また江戸時代初期に書かれた書物にも、「かまぼこに板が付いたのは最近のこと」と言う記述があります。


 板が付いて以降、「かまぼこ」と言う名前は、現在のそれを指すようになります。

 一方、竹に巻き付けたかまぼこは、「竹輪ちくわ」と呼ばれるようになりました。当初は「竹輪ちくわかまぼこ」と呼んでいましたが、次第に省略されていったようです。


 早い話、現在の「ちくわ」はかつて「かまぼこ」と呼ばれていました。


「かまぼこに板が付いたのは最近」と証言する書物には、既に「竹輪ちくわ」と言う名前が登場します。どうやら、ちくわはかなり早い段階で、かまぼこに名前を盗られてしまったようです。


「板に付いている」と言っても、当時のかまぼこはすり身を「焼いた」ものでした。


 現在のように「蒸した」かまぼこが登場したのは、江戸時代末期のことだと見られています。事実、江戸時代末期の風俗を記した書物には、「江戸に焼いたかまぼこはない。全部蒸してある」と言う記述があります。


「蒸す」調理法は「焼く」より生産効率がよく、かまぼこは大量に作られるようになりました。同時にかまぼこを売る店が出現し、庶民の口にも入るようになります。


 安価あんかなイメージのあるかまぼこですが、手が届くようになったのは意外と最近のようです。歴史的に見れば、お正月のやたら高い価格こそが、正しい姿なのかも知れません。


 ◇今回のまとめ◇

 ☆かまぼこの語源は「ガマ」。


 ☆平安時代には既に、「蒲鉾かまぼこ」と言う料理があった。ただし最初の頃は、ちくわのような形だった。


 ☆11月15日はかまぼこの日。


 ☆かまぼこは長い間、高級品だった。織田おだ信長のぶなが豊臣とよとみ秀吉ひでよし豊臣とよとみ秀頼ひでよりも食べたと言われている。


 ☆かまぼこに板が付いたのは、安土桃山時代後期。ただし、江戸時代初期と言う説もある。


 ☆板の付いたかまぼこが出現して以降、古いかまぼこは「竹輪ちくわ」と呼ばれるようになった。つまり、ちくわはかまぼこに名前を奪われてしまった。


 ☆かまぼこが大量生産されるようになったのは、江戸時代末期。同時にかまぼこを売る店が出現し、一般庶民にも手の届く食べ物になった。


 参考資料

 日本語源辞典

 村石利夫著 (株)日本文芸社刊

 

 週刊 江戸 №70

 (株)デアゴスティーニ・ジャパン刊


 新訂 かまぼこの科学

 岡田稔著 (株)成山堂書店刊


 かまぼこ その科学と技術

 山澤正勝 関伸夫 福田裕編集 (株)恒星社厚生閣刊

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