第12話 発見しない。【彼女】
紙袋に入った急須は時折かちゃりと音をたてた。誕生日プレゼント。明後日は彼の誕生日だった。夏生まれには見えないけれど。いや、最近はそうでもないかもしれない。
この間、嫌な言葉も投げつけてしまったので、ちょっと奮発していい急須にした。彼がお茶を沸かしているのなんて見たことないけれど。
もしかしたらハマってくれるかもしれない。そしたら、前のような静かな時間をもてるかもしれない。
自分のことをもっと知ってほしいからだ、という本当の理由を私は自分では気づいていなかった。
「地味だよね。」
部長の言葉がずっと残っている。そんなのとっくに自分でもわかっているのに。彼にも言われたことがあるのに。
香水コーナーもちょっと見てみた。スーツを着ない彼に送るものがほかに思いつかなくて。けれど、人工的な香りはどれも頭が痛くなりそうだった。タバコ臭くてもいいや、と売り場から離れた。
それにしても急須はさすがに渋すぎだろうか。私はまた間違えたかな。
急に自信がなくなって足取りが重くなる。袋もさらに重く感じる。元々重い南部鉄器の急須。初めてこれでお茶を煎れた時、私は感動した。けど、インスタ映えはしないだろう。
流行ってなんだろう。なんのために存在するんだろう。乗れない人を馬鹿にするかのようにもてはやされる。そこにいないといけないものなのだろうか。理解されないのか。どんなに綺麗に撮ったって味の違いは伝わらないのに。
なんだか悲しくなってきた。最近はこんな気持ちばかり味わっている。
夕暮れすぎた街角で、彼を見つけた。プレゼントも持っているしどうしようかと足を止めると、隣には綺麗な女性がいた。彼に親しい女性がいたのか。思わず観察してしまう。
女は女を見抜ける。彼女はメイクを外したらおそらく大した美人ではない。けれど、自分に合った服とメイク。細部まできちんとお金と手間をかけている。何より自信をまとった彼女は、人を振り向かせるオーラを手に入れていた。
誰だろうこの人。近寄った。彼が私に気づいた、はずなのに。彼は向こうを向いたのだ。
「こんばんわ。」
反射的に声をかけてしまった。心臓がドクドクとうるさい。
「こんばんわ。」
あろうとか美人を装った女性の方が先に返した。参考書に載りそうな笑顔で。
「あ、仕事帰り?」
「今日土曜日だよ?」
お盆からの土日で長期連休になったことを、彼は知りもしないのか。それとも動揺しているのか。
「あら!これ、×××のTシャツですよね?」
お気に入りのTシャツだった。コットン100%のTシャツ。毎回手洗いしている。
「そのジーンズも広島の工房のやつですよね。素敵。物の良さがわかっているのね。若い人なのに珍しい。」
え?貴方いくつ?もしかしたらすごく年上の人なのだろうか。彼女は舐めるように私の全身を見ている。値踏みされている気分だ。
「あの・・・」
助けを求めるように彼を見た。
「彼女は美容ブロガーさんなんだ。読書が2000人を超えてるんだよ!」
なんで貴方が誇らしそうなの!?
「美容だけじゃなくて、ファッションも発信してるの。ねぇ、貴方一度私に全部プロデュースさせてくれない?絶対綺麗にしてみせるから!女の子を綺麗にするの、私大好きなの!!」
眩しかった。信念を持ってる人だった。
「そして、良かったらブログにあげてもいいかな?」
「ブログに?」
不特定多数の人物に自分の姿を見せるというのか。ぞっとした。
「それはちょっと・・・」
「ダメ?私、メイクとか服選びは有料でしてるんだけど、全部無料でしてあげるよ?ねぇ、この子貴方の彼女?すっごく綺麗になったら嬉しいよね?」
後半は彼に向かって問いかけていた。彼は動揺していた。
「あの、彼女はそういうの好きじゃないんで。」
「知り合いです!ただの!失礼します。」
足早にその場を去った。心がぐちゃぐちゃだった。彼女は自分を発信できる人なのだ。自分を晒して、比べられて、勝ち抜くことにちゃんと挑んでる人なのだ。もしかしたらあそこにいる人全員そうなのかもしれない。そして、彼は楽しそうだった。その中にいて本当に楽しそうだった。最悪だ。最悪の気分だ。
私の完敗だった。
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