第8話 掴み始められない。【彼女】

掴み始められない。


彼が変わっていく。


目の前の彼は本当に1ヶ月前の彼と同じ人なのだろうか。家に来てからというもの、彼はずっと私が一度も行ったことのないパチンコの話を延々と続けている。とても、とても楽しそうに。


「それでさ、違う店にも行ってみたら、設定も全然違って、その店その店に個性があるんだよ。不思議じゃない?」


「行ったことないからわからないよ。」


「じゃあ一度行ってみる?意外と面白いかもよ?」


「タバコ臭いところは苦手なの。」


「禁煙のところもあるんだよ。俺もこの間知ってさ。」


やめてって言ってるの!わかってよ!


その言葉を私は飲み込んでしまう。やめて。せっかくの休日をこんな惨めな気分にさせないで。


私、前のこの人との時間が結構好きだったんだ。


私はあまりたくさん話すことをしない。人は大切なことをあえて言葉にはしないから。でも私は言葉を選ぶ。ちゃんと。それを同じように大切に扱って聞いてくれる人はあまり、いない。


彼は言葉に対してとても平等な人だった。「誰から発せられた言葉か」に彼はこだわらない。例えば、テレビでおバカタレントが明らかなキャラ受けの発言をしても「そんな見方もあるんだ。」と言うし、謝罪会見をみたら「すごく反省してるんだね」という。


よく言えば素直、悪く言えば単純。


こだわりがないと考えなくていい。気軽に適当に言葉を発せられるし、黙っていてもいい。それは、私のような人間にはとても楽な関係だったのだ。


けれど、彼のその本質は変わっていないけれど、今の彼は自分の世界に私を巻き込もうとしている。そしてその世界は私の好みではない。うるさいところも、お金をかけることも、タバコ臭いところも何一つ。


けれど彼は、そんな私の言葉をそのまま素直に受け取って、そうじゃないところもあるよ、と続けていく。


こういう演説を、休日にわざわざ聞く気は私にはない。


もっと、静かで、雨上がりの水滴のようにポツポツと言葉を落とすくらいの、そのくらいの時間がいい。最近はテレビさえ、うるさく感じるようになってきたのに。


じゃあ何が残るんだろう。掃除と洗濯と、ご飯。そういう生活をきちんとするだけで意外と時間は過ぎていく。


あれ?それだけ?


私、何もなさすぎない?


彼はまだ話し続けている。


もうやめて。これ以上、私に何もないことも浮き彫りにさせないで・・・!


「ギャンブルに夢中になるなんて、かっこ悪いと思う。」


あぁ、言ってしまった。彼は驚いたような顔をしている。日が陰り始めていた。少しずつ夜が早まって来ている。

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