第6話 出会わない。【彼女】

昨日寝る前に用意していた服に、袖を通すと、ボタンが一つ外れかけていた。何故、昨日気づかなかったんだろう。クルミボタンが可愛いこのブラウス。ボタンを付け直すより、違う服を選んだ方が早い。予定外。こういう朝は、ちょっと嫌い。


いつもの朝。いつもの時間。いつもの電車。なのにいつもの席に、恐らく朝帰りだろう金髪の男が座って寝ていた。座るために早く家を出ている。他の席は空いている。でも、今日はついてない予感がする。


予感は的中した。


頼まれていた見積もり書。新しい商品の税込にさらに税をかけてしまっていた。こんなミス、なんで今更・・・気づいてよかったけれど、すべてやり直さないといけない。こういう時、一人しかいないポジションは困る。


うまくいかない。


こんな毎日少しずつ積もった負債のようなものが一気に来たような日は、ちょっと泣きたくなる。


けれど、心は重くても体は動いていた。嘆くより動いた方が早いことは、体が分かっている。




終わった!


体の力が抜けた。少し涙が出た。随分と長い間、パソコンの画面を見続けたせいで瞬きをあまりしなかったようだ。ゆっくりと目を開けると蛍光灯の光が眩しい。パソコンの時計は11時を少し回っていた。よかった。終電には間に合う。お腹はピークを過ぎたようで、少し、チリチリする。


もう誰もいなかった。最近は残業に厳しい。戸締りもしないといけない。早く帰る準備をしなくては。なのに、体が重い。普段人の気配が常にあるところに、一人でいると、まるで暗闇にぽつんとある街灯の下にいるような世界から隔絶されたような気分になる。


やばい、寂しい。


彼に電話して家に行こうか。ダメだ。今日は月曜日だ。早く帰って寝ないと、明日の仕事に支障が出る。


「なんか、私真面目過ぎない?」


思わず声に出た。なんなんだろう。私は今、何をしているんだろう。どうしてここにいるんだろう。どこかに行きたい。何かを変えたい。こんなに自分ごと放り出したい気分なのに、きちんとパソコンを落として片付けをしている。

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