第33話 終わりのない時の帽子 3
数分後。
―― ここだ! ここなんだ! ここだったんだ……!
6月27日。サトウ帽子屋末子、
兄と姉は帽子の箱を下げて
神戸ハーバーランド、ショッピングモール《umie》の一階広場。
どこで見ていたのかすぐに
「大当たり! よくわかったねぇ! 漣にぃも
改めてそれを見上げて颯は言った。
「ねぇ? 僕たち、ここで、いつまでも……それこそ時を忘れて見入っていたよね?」
颯の視線の先にあるものは――
巨大なからくりのモニュメントだった!
1992年、神戸駅前が再開発されハーバーランドと言う名とともに総合商業施設として大々的に開業した時、それを祝して設置された動くモニュメント、正式名称は〈DinDon〉。アメリカの彫刻家ジョージ・ローズの〈作品〉である。
高さ5メートル、2メートル四方の透明な箱の中に絡み合った不可思議な装置が組み込まれていて、たくさんのカラフルな
実は球の数は一定で、増えもしなければ減りもしない。
この運動が永久に続くかと錯覚する。否、見ている人にとっては永久に続いているのだ。その場を離れるまで。
―― うん。僕にとってもここは、音で告げる〈時〉ではなくて目で見える〈時〉だったよ。移動する球が面白くってその動きに目を奪われて夢中で見つめていたものだ。
一華も頷いた。
「ほんとにね! 何度見ても飽きないのよね、これ」
「それにしても――漣にぃ、どうしてここだとわかったの?」
颯が振り返って訊いた。少々意地悪くニヤリとして、
「僕、かなりミスリードを仕込んだつもりだけど?」
同じくよく似た顔で兄はニヤリと笑い返した。
―― 正直言うと、
「えー、僕、それも見たかったな!」
「私も!」
異口同音で叫んだ妹と弟に兄はにこやかに笑って首を振った。
―― そう言ってもらうのは嬉しいけど、でも、間違った帽子じゃダメだよ。
漣は妹をまっすぐに見た。
―― それにな、一華、改めておまえにもお礼を言わないと。
「え? 私?」
―― 今回、颯が投げかけた謎を解くに当たって、おまえは名探偵並みの大活躍だった! 感謝してるよ。でも、なんと言っても一番役に立ったのは、帰りのJRの中の一言だった。その言葉で僕は覚醒したんだ。
『いつ、颯は
パチンと指を鳴らす漣。
―― そうなんだよ、それなんだ! おまえが、颯、自分しか知らない場所を指定するはずはない。おまえが選ぶ場所は絶対僕たち、
そう気づいた時、一挙に謎が解けた。皆で見た終わりのない時……エンドレスタイムはここだ!
からくりモニュメント、〈DinDon〉。
DINGDONGは時を告げる鐘の音――中世の時計である。
「流石、漣にぃ。よくできました! ……ってか」
幾分悔しそうに颯が肩をすくめる。
「僕、漣にいと一華ねえが今日、夕方までにここへ来れなかったら、メールするつもりだったんだよ。その際のおまけの最終ヒントまで用意してたのに」
「まぁ、ホント? そのヒントって何よ」
「《振出しに戻れ》さ。最初の2冊の本で、文字を○で囲ってあったろ? あの○の形こそ、ここを暗示しているのさ! 動く〈時〉のモニュメント、それを象徴する
「ええええ!」
姉は鼻の頭に皺を寄せて不満を表明した。
「それ、謎として全然わかりにくいわよ! どうやら、あんたにはミステリ作家の才能はないみたいね」
「ひどい! そういう風に人を傷つけてると、いつまでたっても王子様なんか現れないんだからね、一華ねえ!」
―― まぁまぁ。
間に入った兄。颯は真剣な顔に戻って言った。
「知ってた? 僕たち最近ここへは来てなかったけど――コレ、
颯はヒュッと息を吸う。
「僕、友人と遊びに来てたまたまここを通りがかって、この場所が真っ平らになって小さな映像の箱だけがポツンと置かれているのを見た時、もの凄く悲しかった。何しろ3DとかVRの時代だからね。ここもそんなのに切り替わっちゃったのかと思った」
間を置かず続ける。
「でも! それは僕の誤解だった! 衝撃を受けて駆け寄った僕がよく見ると立て看板が置いてあって――リニューアルのためのメンテナンス中と書いてあった」
それを見て心から安心した、と颯は目をくるっと回して見せた。
「その後で、僕は思わず声に出して笑っちゃったよ。メンテナンスの期間中でさえ、こうして映像を映し続けているということは、このモニュメントを愛する人たちが多いってことだもの。皆、この動く球が大好きで無くなるのはいやだと思っているんだ」
そして、2017夏、〈DinDon〉は戻って来た!!
その日、ハーバーランドを歩いていた人たちは、大喝采して迎えた。
今も――
幼い子供たちが口を開けてじっと見つめている。懸命に時を追いかけている。いや、子供だけではない。目を転じると、塔のごとくそびえ立つモニュメントの周りには……
しっかりと手を繋ぎ合って見入っている可愛らしいカップル。
小さな娘を抱き上げていっしょに目を輝かせる若い父親、そっと寄り添う若い母はマタニティ姿だ。
更に左右を見回せば、白髪の老人は傍らの、ステッキを突いた妻の背を支えて静かに球の行方を見つめているし、書店の袋を下げて難しそうな顔をして凝視している中年の男もいる。
眼前に目をやると、モニュメントを覆うガラスにうっすらと自分たちが写っていた。
刹那、颯は思い出した。やはりこんな風に写っていた幼い兄と姉。もっと小さな自分。後ろに立っているのは父と母だ。
数年前のあの日も、皆、真剣に〈時〉が動くのを、〈球〉の移動を、見つめていた。でも、時々、父母の視線は球から離れて居並ぶ3人の子供の上で止まった。
あの時、僕は確かに見た。我が子に注がれる両親の満ち足りた眼差し。その何とも言えないふうわりと柔らかな光。小さな自分も優しい気持ちになって、安心して再び球へと視線を戻したっけ。
まぎれもない、まさにあの一瞬、僕は知ったのだ。
あれが、幸せのカタチ。
そして、今日も、たくさんの幸せな眼差しを集めて、球は動いて行く。
カタカタ ゴットン……ゴットン、カタカタ……
改めて颯は盗み見た。
ガラスに写っている兄と姉を。
自分はもう姉より大きくなっている。兄にはまだ届かないけれど。ひょっとしたら、追い抜く日が来るかな?
時は終わらない。終わりがない。
僕らの時間はこうして動いて行く。
終わりのない時の流れの中で次々に湧き上がる美しい思い。それらは何処へ行くのだろう? 今はこうして確かに存在しているのに、この瞬間も父母が去って行ったように消えて行くのだろうか?
ちがう。思いは消えない。刻まれた時間は僕とともにある。
力強く頷いた反面、またこうも思った。
今、僕が知っているのは過去と現在の幸せの形だけだ。やがて、確実に時は流れ、その形も変わって行くだろう。
未来はどんなだろう?
漣にぃは新しい家族を持ち、新しい家庭を築くだろうし、一華ねえにだって優しいパートナーが出現するかもしれない。いや、そうでなくっちゃ困る。
僕も?
僕も変わるのだろうか? 自分の将来なんて、今はまだ全然思い描けないけど。
まぁ、もっとたくさん本が読みたい、とか、それから、いつか、自分でも、素晴らしい物語を綴ってみたい、とか、そのくらいだ。自分にとって〈未来〉はアヤフヤで漠然としていて眼前の〈幸せの形〉ほど鮮明ではない。
颯は溜息を吐いた。
さっき一瞬、なにか、凄く大切なこと、重要なことがわかりかけた気がしたんだけど。
だめだ、書き留める前にそれらは消えてしまった。今、僕が明確に言えることは――
すぐ前を転がって行く球を目で追いながら慌てて颯は考えをまとめた。
結論:僕は、
今日また、こうやって3人一緒に確かめられて良かった!
「?」
両肩に手が置かれた。
今日は父母ではなくて――兄と姉だった。首を巡らせるとあの日見た両親の眼差しと同じ光が揺れていた。
―― ハッピー・バースディ、颯!
「おめでとう、颯!」
〈DinDon〉の前で兄から渡された帽子はキャスケット。
深い色味の生地に明るい球形が今にも動き出しそうに、躍動感いっぱいに縫いつけられいる。その不思議なバランスが素晴らしい! シックなのにカラフル、落ち着いているのに弾けてる。大人と子供二つの領域が混じり合う、まさに
もちろん、その帽子は颯にとてもよく似合った。これなら、彼女いない歴が終わりを告げる日も近いかも?
ガバッとかぶって、モニュメントのガラスに写して形を整えると、颯は再び顔を上げて一番天辺の玉に視線を定めた。
DING DONG!
終わりのない時を刻む音が響く。未来へ向かって、新しい〈時〉が、動き始める。
第十一話 《終わりのない時の帽子》 ――― 了 ―――
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というわけで、11個の帽子を並べて、ひとまずこの物語の筆を置こうと思います。
とはいえ、あなたが特別の帽子をほしくなった時は、どうぞ、港町神戸の
お洒落な〈Chapeauサトウ〉の看板が目印です。
若い帽子屋経営者の兄妹、運が良ければ末弟も一緒に、佐藤家3
オリーブ色の扉を開けて、ドアベルが鳴る。
カララン……
「いらっしゃいませ! どんなお帽子をお探しでしょう?」
サトウ帽子屋と11個の帽子 FIN
サトウ帽子屋と11個の帽子 sanpo=二上圓 @sanpo55
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