第32話 終わりのない時の帽子 2
佐藤家末弟がバースディ・プレゼントとして希望する帽子は〈
それがどんなものか、答えへと導く鍵こそ〈時計〉……!
さあ、ここからが本番だ。
一刻も早く謎を解いてしまいたい
港町神戸のレトロな風情を残す
その一画に建つ三階建てのビルヂング。創業以来、変らず受け継いできた(ああ、何度塗り重ねられたことか!)オリーブ色の扉に丁寧なお詫びの張り紙を掲げると経営者
ある程度の目星はついていた。市内で〈時計〉と聞いて最初に思い出すのは市庁舎前の花時計。何しろこの名を冠した地下鉄の駅まであるのだ。街のランドマークとなっている。植えられる花の種類やデザインは季節ごとに変わる。それもまた楽しみのひとつ。
まずそこへ行く。
「この花時計が日本で初めて作られた花時計なんですって。だから、皆、誇りに思っているのね」
直径6メートル、高さ2.25メートル、傾斜角度15度。地下に機械室があってその上に盛土をして花壇が作られている。
一華はスマホを兄へ差し出した。
「見て、にいさん。今はモグロー……市の下水道河川部マスコットキャラでこれも可愛いけど、新年の頃、1月はこんなだったのよ!」
年の初め、花時計は今年の干支、戌だった! 確かに、犬の図案。
「赤いハボタンが1,300株 、白いハボタンが1,300株。合計2,600株ですって! この顔、絶対、柴犬よね?」
漣は笑って、
―― フフ、なんだか、いつかの来店客、
心にとめて次は――
神戸学院大学へ。
この大学の有瀬キャンパス中庭正面に、1995年1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災の時、止まった大時計が置かれている。
この〈時計〉もまた神戸っ子にとって特別の時計だ。
神戸学院大学は地元の大学ということもあって漣も一華も友人が多く在籍した。それ故、学園祭に行ったりしてキャンパスについて詳しかったから知っていたのだ。
黙祷の後、しみじみと眺める。
ここだろうか? 弟が誕生日に待っていると言った場所は?
「ねえ、漣にいさん。私ここは違うと思う」
一華がキリリと眉を上げて言った。
「私、この大時計の設置の仕方に心打たれるわ。震災時刻を記録して、止まった、その時間のままで展示するやり方もあったはず。でも」
キャンパスの緑の芝に置かれた時計はきちんと修理され時を刻んでいる。現在の正確な時間、新しい〈時〉を。
「いいわねぇ! 今を生き、未来へ羽ばたく若者が集う場所に
一華は首を振った。
「
―― うーん……
「大元の時計の方へも行ってみたらどうです?」
声をかけてくれたのは側を通りがかった学生だった。
「なんか、事情がお有りのように見えたので。余計なお世話だったらスミマセン。御存じとは思いますがこの時計は元々、明石市の天文科学館の象徴としてそこに取りつけられていたんです。そっちも復興のシンボルとしてすぐに新しい時計が取りつけれて、震災から一か月後の1995年2月17日正午より日本の標準時を刻んでいます」
あの日、冬の夜明け前、阪神一帯を襲った未曾有の震災から23年が経つ。
漣、一華は、生まれてはいたが幼な過ぎて記憶にない。弟の颯は震災後の生まれだ。眼前の学生、そして、この大学に学ぶ学生たちもほとんどが震災後生まれの若者なのだ。彼らは皆、新しい時間を確実に生きている。その新世代からの言葉は頼もしい
―― 教えていただきありがとうございます。僕たち、これからそちらへ行ってみます!
いざ、天文科学館のある明石市へ!
……と言っても、源氏物語でも「須磨明石」と続けて綴られているように神戸市とは地図上、微妙に繋がっていて、実際、神戸学院大学も最寄り駅はJR明石が近い。だから、大学前のバス停からバスに乗って、すぐ着いた。
大時計は、灯台のごとく白く屹立する科学館の壁に海を望んで掲げられていた。子午線 東経135度、日本の標準時を示している。
「ねえ、おまけに私、発見した! 見て見て!」
バスの中でしきりにスマホをいじっていた一華が頬を上気させて告げる。
「この天文科学館、トケイソウを育ててるって!」
そのHPを兄に見せながら、
「颯が示した3冊の本の中で〈フローラ
まだある、一華はゴクンと唾を飲み込むと、
「そこまで知ったら、私、もっと大きな暗合に気づいたわ。トケイソウという言葉、今回の謎を解く鍵〈時計〉と〈颯の名前〉、それが二つとも入ってるじゃないの!」
トケイソウ……時計颯……
鼻高々で一華は断言した。
「もう、ここで決まりじゃない、漣にいさん!」
―― そうだな。
「明石は〈子午線の町〉って言われてる。東経135が通ってるから。でも、日本で子午線が通ってる町は他にもあるのよ。それなのに
―― え? さあ、知らないな。
「一番先に、素早く名乗りを上げたからですって! 迅速に動いたそうよ。明治43年(1910)、明石小学校長が市内の子午線通過位置を観測して最初の子午線標識を建てた。でもこれは後でズレていることがわかり、昭和3年(1928)明石中学校(現明石高校)の校庭で改めて子午線の位置を知るための天体観測をした。
その結果判明した正確な子午線通過位置がこの天文科学館の真裏の
漣としては館内で上映されるプラネタリウムも見たかったのだが。残念だが、それはまた次の機会にしよう。
科学館の裏手、回転柵を抜けるとそこは絶景だった!
海の方角を見れば水平線遥か、明石海峡大橋が煌めいている。淡路島も手に取れるほど近い。振り返ると
「せっかくだから人丸神社もお参りして行きましょうよ、にいさん!」
一華が兄の腕を引っ張る。
「アソコ、松本清張の小説〈Dの複合〉に出てくるのよ。当時の神主の奥さんがすごい美人だって書いてある」
―― おまえ、颯が乗り移ってるぞ?
苦笑いする兄だった。
「フーンだ、もっと教えてあげる。この神社は
真っ赤になる漣。
―― コラ、兄をからかうもんじゃない……
こうして〈場所〉はほぼ確定した。後は、今日見たものからイメージして帽子を作る。そのことに全力を注げばいい。だが……
帰りのJR、何度見ても見飽きない美しい海岸線を電車に揺られながら漣の表情は硬かった。
「どうしたの、漣にいさん?」
―― どうも、なにか
「何が? さっきの科学館が颯の指定した場所じゃないっていうの? どうして?」
―― いや、だから、どこがどうと言われると困るんだが。なにか今ひとつシックリこなくて……
「じゃ、その最後のひとつ。空いた隙間を埋める
またしてもスマホをチェックして一華、
「あの科学館がある明石を〈子午線の町〉として決定的づけたのは、当時の町の人たちの迅速な活動だった、というのは話したわよね。どこの町よりも早く子午線を観測して標識を立てたり。実はそれ以外にも、有名人を招いて華々しい記念講演をしてるの」
息も継がずに一華は続ける。
「その
ここまで言って一華は座席に背中をもたせかけた。また鼻に皺を寄せている。
「それにしても――いつの間に颯、ここへ来たのかしら? こんな場所を知ってたなんて! ほら、私たちポーアイの神戸青少年科学館なら父さんや母さんに連れられて何度も行ったけど、ここは私、全然知らなかったな!」
―― !
漣の指がパチンとなった。
吃驚して顔を上げる一華。兄がこれをする時はよほどの発見か異論がある時だ。
―― わかったぞ、一華! 颯の言ってる本当の〈場所〉が!
やはり、それは
「え?」
―― 神戸駅で降りるぞ!
♠〈Dの複合〉松本清張・著 新潮文庫
♠花時計 http://www.city.kobe.lg.jp/culture/leisure/mark/hanadokei/
♠大時計~
http://www.am12.jp/shisetsu/toutokei/toutokei.html
♠子午線標識~
http://www.am12.jp/shigosen/
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