第31話 終わりのない時の帽子 1


 6月のその朝、そうは言った。


 朝食のフレンチトーストを頬ばりながら、

「僕の方から言うよ。今月の僕の誕生日のプレゼントは帽子が欲しい。ほら、一華いっかねえの時みたいにさ」

 吃驚りして顔を上げた兄と姉にサトウ帽子屋の次男坊は指を振って見せた。

「但し、要望がある。ある意味これは僕からの挑戦状さ。謎を解いてもらいたい。というか、僕が希望する帽子がどんなものかは、謎を解かないとわからないからね」

 ぐっと胸を張って兄と姉を見回す。

「どういうことかというと――ぼくの欲しい帽子はイメージとか象徴とか観念的なものじゃなくて、実際に存在するモノに関係しているんだ。だから誕生日の日に、僕は〈その場所〉で待つことにする。漣にぃと一華ねえは僕の希望する帽子を持ってやって来てほしい。その日は一日中、僕はそこを動かず待ってるからね」

「ちょ、ちょっと、颯! 一方的に何よ! しかも、物凄くハードルが高いじゃない。そんなの無理――」


 ―― わかった。受けて立とうじゃないか!


「ええっ? れんにいさん? もう、これだから! 一見COOLに見えるのに、ホント、負けず嫌いなんだから」

 呆れ顔で一華はこっそり呟いた。

 結局似てるのよね、あんたたち。そう、佐藤家の男どもは頑固で、一度こうと決めたら人の言うことを聞かない。いつもコンナカンジ。初代のレクセイに始まり、父もそうだった……

 尤も、勝気という点では一華も同じだ。

「いいわよ、私も乗った! で? そのご要望の帽子はどんな名なの? それくらいは伝えてくれないと」

 颯、ニヤリと笑って、

「エンドレスタイム……〈終わりのない時の帽子〉!」




 数十分後。

 颯が大学へ出て行ってほどなく、1階店舗奥のアトリエのテーブルに一華が置いたものは……

「見て見て! 探し出して来たわよ!」


 2冊の文庫本だった。


「〈時〉の入ったタイトルの本よ。見たところこの2冊しかなかった」

 断っておくがこれはズルではない。あの後、颯本人が言ったのだ。ヒントがほしいなら僕の部屋の本棚は好きなだけ物色してもいいと。


 ―― どれどれ?


 《時の娘》

 ジョセフィン・テイ著/小泉喜美子訳 (ハヤカワミステリ文庫)


 《時を盗む者》

 トニー・ヒラーマン著 /大庭 忠男訳 (ハヤカワ・ミステリアスプレス文庫)


 とりあえず二人で一冊ずつ分担して読んでみることにした。




 その夜。弟が自室に引き上げたところで……


「読んだ?」


 ―― 読んだよ。


「どうだった? にいさんが受け持った方の《時を盗む者》」


 ―― 凄く面白かった!


 漣は語る。


 ―― アメリカのインディアン居住地の警察官、熟年で冷静聡明なリープホーン警部補と若く熱血なジム・チー巡査、ともにナバホ族の二人が遺跡発掘中、行方不明になった女性考古学者を捜索する……

   推理小説なんだけど、乾いた砂漠の風や突然やってくる慈雨の湿った匂い、峡谷で、今は遺物と呼ばれる土器を作り続けた古代のホピ族の芸術家の息遣いまで聞こえてきそうな素晴らしいお話だった!


「私もよ! 《時の娘》……夢中で読んじゃった!」

 一華も頬を上気させて熱っぽく語る。

「1951年発表のミステリなのに全然古さを感じさせない。不思議なお話だったわ。リチャード王3世の時代のイギリスと現在が交叉するの。15世紀の犯罪の謎に現代人が挑むんだけど、当時の建物が今も使われていて壁の落書きや背比べの跡がフツーに残ってるって、日本じゃ考えられない。助手役のアメリカ人留学生が、大らかでピュアでいかにもアメリカ青年!ってカンジなのも笑える……」

 クスクス笑った後で真顔になった。

「でも、この場合、内容じゃないみたいね?」


 ―― うむ…… 


「内容以外で何か気づいたことない?」

 颯は挑戦状と言い、謎解きと言っていた。だからきっと何か〝仕込んでいる〟はずだと姉は推理したのである。

 漣は手の中の本をパラパラとめくりながら、


 ―― 丸い印かな? 一華、おまえどうだった? 本の中で〇で囲ってある字がなかったかい?


「あ、そう言えば……」

 ハッとする一華。慌てて自分の本を繰ってみる。

「あるわ! 私のにも!」


 ―― よし、じゃ、丁寧に、一個も漏らさず○印の字を抜き取って書きだしてみよう。


「わあ、なんだかワクワクしてきた。そう言えばあの子、ちっちゃい時――」

 姉のお気に入りのぬいぐるみを隠して、ヒントを与えて探させては得意になっていた弟の顔。幼い日々を一華は思い出した。

 漣も微苦笑して、


 ―― そうだったな! 僕はペンケースや母さんにもらった裁縫箱を隠されて、ホント、困ったっけ。


 などなど、思い出話を語り合いながら、それぞれ2冊の本の1ページ目から順番に二人は見落とさないよう文字を拾いあげた。

 並べてみると……


 コインロッカーベイビーズフローラしょうゆうむすぶ


「??? なにこれ?」

 首を傾げる妹に兄はアッサリ言いきった。


 ―― いや、なんのことはない。これも全部本のタイトルじゃないのか?




 翌日、颯が大学へ登校するや、帽子屋開店前の時間にどっと弟の部屋へ雪崩れ込む漣と一華。

 サトウ帽子屋末子の部屋は片方の壁が全て本棚である。

 高校の合格祝いに、当時はまだ健在だった両親がプレゼントした青い書棚――

 ポートアイランドの大型家具店イケアで購入したものだ。埃が入るのを嫌ってガラス張りの扉付きを颯は選んだ。

 その3つの本棚を漣と一華は目を皿にして探索する。一冊ずつ背表紙を確認して行った。

 それほど時間はかからなかった。

 これは颯が普段からきちんと書籍を整理整頓しているからだ。

「ほんとに本は・・大切に扱ってるわねぇ。他もこうだと申し分ないんだけど」

 ぐちゃぐちゃのクローゼットを横目で見ながら呟く一華だった。

 姉の小言はさておき――

 目当ての3冊を持って店内へ戻った二人。

 まだ来店客もいないのでテーブルコーナーに本を置いてチェックを開始する。

 これから先、どうなることかと思ったが事はスムーズに運んだ。

 表紙を開くと3冊とも最初のページに小さなメモ(ポストイット)が張ってあった。


《 順調だね、お二人さん! じゃ、しおりのページを見て! 》


 指示通りそれぞれの栞の部分を開くと、


 ◇コインロッカーベイビーズ/村上竜(講談社文庫)では、悪夢封じのおまじない歌のページだった。


  「右豚右豚 左豚 右豚右豚 時計蝶」



 ◇フローラ逍遥/澁澤龍彦(平凡社ライブラリー版)は、


   トケイソウの項目。



 ◇結ぶ/皆川博子(創元推理文庫)は、ズバリ、短編の最初のページでそのタイトルが、


   〈蜘蛛時計〉



 ―― 共通してる言葉、だろうか?


 だとしたら? 

 兄妹は同時に叫んだ。


「時計!」


 ―― 時計だ!

  



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