第18話 手品師の帽子 3


 手品師・宝来波瑠彦ほうらいはるひこが絹のスカーフから取り出した帽子は……

 目にも華やかなスロウチハットだった!


 この形は周囲のつば――プリムと言う――が大きく垂れて、いかにもエレガントな女性向けの帽子だ。

 色は柔らかなトリノコ色。白より淡い真珠の色に近い。

 らんにかぶせようとして、ふいに足を止め、つばを引っ張ると……それは華やかなブーケになった!

 驚く蘭にうやうやしくブーケを差し出す。受け取ったそれを両手に抱いて静かに待つ蘭。

 再びかぶせようとして、手を止める。帽子のトップ部分――これはクラウンと言う――にさっと触れると、はらりと剥がれて……なんと優雅な襟飾りになったではないか! 

 蘭の肩にふうわりと掛ける。シンプルな黒のドレスにとてもよく映えた。

 さて、今度こそ――

 だが三度、手品師は首を振った。

 今度は帽子の裏側を探る。中からもう一つ、そっくりな形の小さな帽子が零れ出た。

 大きい方の帽子はいったんれんに預けて、小さな帽子もつばを取ると、さっきのブーケと同じ形に! 

 こちらはコサージュとして蘭の胸元へ。更に、小さな帽子のクラウンを剥ぐと、こちらは腕飾りサッシュに。帽子本体はキュッとしぼってお洒落なポーチになった!

 こうして様々なもので飾られて、ステージに上がった時とは様変わりしている海龍菜館7代目馮蘭ひょうらん嬢。差し出される品々にちょっと困ったような、恥ずかし気な微笑を浮かべる。その様子が場内を一層盛り上げた。彼方此方で温かな笑いと拍手が沸き起こる。

 そんな中、遂に最後に残った帽子を蘭にかぶせる瞬間が訪れた。

 色々取り払ったので形はシンプルになっている。

 専門用語でこれはヘーローハットと呼ばれるものだ。ヘーローとは〈後光〉を意味する。宗教画にみられる聖人の後ろで輝く光のことだ。大きなベレーを想像していただければわかりやすい。

 そうっと奥に深くかぶせる――

 これも蘭に大変よく似合った。ラファエロ描く聖母像のようではないか!

 と……

 波瑠彦はるひこの動きがここで完全に止まった。

 

 これはどうしたことだろう?


「あ? もしかしてサッカートリック?」


 猫耳を揺らしてそうが姉を振り返る。

 このグレートマジシャン・ミストフェリーズ(偽)だけではない。手品に詳しい会場中の人間がそう思ったことだろう。

 〈サッカートリック〉とはミスったふりをして観衆を不安がらせ、ザワツイタ絶妙の頃合いに全く別の手品を見せて驚かすスタイルのことだ。いわば、〈どんでん返し〉のマジック!

 そう言われれば、確かに今までの手品は波瑠彦にしては単純過ぎる。ほぼ漣の作ったギミック頼りではないか。

 C&B会会長、日本手品界のホープ、宝来波瑠彦は、最後に一体どんなマジックで我々を驚かせてくれるのだろう!?

 期待に包まれる会場。

 一同、固唾かたずを飲んで見守る中、とうとう波瑠彦は顔を上げて、言った。

「ここにおられる皆さんはプロ・アマを問わず手品を心から愛する手品師です。ですから手品とはヒトをだます究極の芸だと知っておられるはず。見事に騙してこそ手品。ですよね? ですから」

 いったん言葉を切って床を見つめる。

「僕も、今日、それをやりました。題目からして騙しています。すみません。これは〈手品師の帽子〉ではありません。これは――〈求婚の帽子〉なんです」

 静まり返る会場。

 波瑠彦は蘭のブーケを奪うと中から何かを抜き取った。高く翳したのはダイヤモンドリング!

 膝を突き、片手にブーケ、片手にリングを差し出して、


「蘭さん、僕と結婚してください!」


 蘭は強張って身じろぎもない。

 これがあのパターの名手かと疑うくらい、つっかえつっかえ手品師は続けた。

「だ、誰かが『12月は秘密の季節だ』と本に書いていました。皆が贈り物を隠す手品師になる季節。それは何故? どうして人はそんなことをするのでしょう? それは……愛する人、大切な人を喜ばすため。贈り物を見つけた人の顔の驚きがやがて笑顔になる。その瞬間を見るのが贈り手にとって、最高の喜びだからではないでしょうか?」

 声が掠れた。

「す、少なくとも、僕はそうです。今年も巡って来た12月。この幸せな季節にアナタを騙し、驚かせることができて僕はそれだけで幸せです。でも、でも――

 願わくばもっと、僕を喜ばせて……幸せにしてくださいっ! SAY YES!?」


 だが、答えはない。

 淚に濡れて声がでない? あ、今、唇が微かに動いた?

「何と言ってるんだ、漣?」

 たまらず波瑠彦は漣を見つめた。

 唇を読んだ漣が指を揺らす。同時に客席から立ち上がって一華いっかが叫んだ。


「《喜んで、お受けいたします!》」


「やったーーーー!」


 ここで居並ぶ会員全員、我先にとステージに駆け寄ってそれぞれ〈花〉を、ハンカチからスカーフからコップからトランクからズボンのポケットからシルクハットからステッキから――出した。

 今宵、求婚成功の会長を祝って!

 だれだ、万国旗や鳩まで飛ばしてるのは?

 ままよ、兎に角――


「おめでとうございます、会長!」

「波瑠彦さん! 蘭さん! おめでとう!」

「おめでとう!」 


 尽きぬ祝福の嵐にもみくちゃにされる波瑠彦と蘭だった。





「素晴らしい帽子を作ってくれて、ありがとう、漣! ウェディングハットは今からサトウ帽子屋に予約しておくからね!」


 レストラン入口。

 見送りに立ったC&B会の会長・宝来波瑠彦と当館7代目・馮蘭。誕生したての恋人たち。

「なんて言っていいか――お世話になりました、漣さん、皆さん」

 蘭も深々と頭を下げる。

「私、今でも夢の中にいるみたいで。だって、とっくに諦めていたんです。私とハル君……私たちは幼馴染だけど……」

 また溢れる淚。何枚目になるのか波瑠彦がハンカチを差し出す――こう言う時、限りなくハンカチを持っている手品師は便利でいい?

「幼馴染だけど、住む世界が違い過ぎるから、遠くから眺めて応援して行こう、それでいいと決めていたの」

「ずっと恋し続けていたのは僕の方さ。今年こそ求婚しようって毎年思っていた。でも勇気が出なくて次の年、また次の年……だから、ほんとに『今年こそは!』と決心してあらかじめギミックを用意して……ステージに君を引き出した。そうすれば流石に臆病な自分でもやりとげられるって、まさに背水の陣を敷いたワケさ。フウ! こんなに緊張する仕掛けは2度とやりたくないよ」

「波瑠彦さん、この手品だけは私が2度と・・・させません!」

ハンカチから顔を上げてきっぱりと蘭が宣言した。

「え」

「だって、〈求婚の手品〉ですもの」

「蘭さん……」


「あ、じゃ僕らはこの辺でっ」

「お幸せに!」


 ―― お幸せに!




「うゎあ! 冷えると思った!」


 一歩外へ出ると雪がちらついていた。

「なによ、全身着ぐるみのネコのくせに、あったかいでしょ、あんたは!」

 一華は白い息を吐く。

「それにしても、今年の手品は最高だったわね! え? なぁに? 漣にいさん?」

 漣が微笑んだのに気づいた。


 ―― うん。今、思いついたんだ。手品と魔法の違いについて。

   手品はタネを《明かして》THE END。魔法は《とけて》THE END。

   どうかな?


「上手い、漣にぃ! 手品と魔法――終わり方で比べるならどっちがいい、一華ねぇ?」

「うーん、難しい質問ね。ゆっくり考えるわ。ねえ、ぐるっと回って……ルミナリエを見て帰りましょうよ!」

 次から次に舞い落ちる雪。空からの白い手紙のようなその中をサトウ帽子屋の兄姉弟きょうだいは歩き出す。



 ―― そう言えば波瑠彦さんが言ってた『12月は秘密の季節』って聞いたことがある気がする。颯、おまえなら何の本かわかるかい?


「勿論! あれはローラ・インガルスだよ。〈大草原の小さな家〉……」




 一足早いメリークリスマス!


 あなたはこの美しい12月きせつに、大切な人のためにどんなMAGICを仕込むのでしょうか?





          第六話 《手品師の帽子》 ――― 了 ―――






♥神戸ルミナリエは震災被害者への鎮魂と再生の夢と希望の明かりです。今年は12月8日(金)~12月17日(日)


♠「大草原の小さな家」シリーズ ローラ・インガルス・ワイルダー著 恩地三保子訳 福音館 他 :


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