第17話 手品師の帽子 2
12月のカレンダーは飛ぶがごとく過ぎて行く……
そうこうするうちにC&B会交流・忘年会当日がやって来た。
会場となった海龍菜館は
南京町は言わずと知れた神戸の中華街である。1868年の神戸港開港から長い歴史を刻んで来た。1945年、神戸大空襲では全焼、1995年の未曽有の大地震・阪神淡路大震災を乗り越えて、現在の繁栄がある。
その中華街の中にあって海龍菜館は最も旧い一軒に数えられている。
80数年前、
「わぁ!
「そんなぁ!
「ううん、私はもうオバさんよ」
海龍菜館3階のエレベーター前で出迎えてくれた
「蘭さん、ダメだよ! 一華ねぇをおだてちゃあ! このひと、御世辞ってものを理解してないからね!」
「まぁ!
抱きしめかねない勢いの海龍菜館副オーナー――
それもそのはず、今日、颯は猫の着ぐるみを着こんでいた!
真っ黒い耳と胸元、足だけが白い猫。蝶ネクタイとラメ入りのチョッキを羽織っている。
「一体、何があったの?
「違う、違う」
これには少々
「僕が着ているコレ、手品師にまつわる由緒正しい
抜かりなくちゃんとついている長くて黒い尻尾をぐるぐる回しながら、
「今、梅田で13年ぶりに大阪公演やってて……」
数日前、友人たちと大阪四季劇場で舞台を見て大感激した帽子屋末弟。早速、大学のコスプレ部から手作りのこの衣装を借り受けたのだ。
「そもそも《CATS》はイギリスの大詩人T・S・エリオットの1939年に発表された詩集〈ポッサムおじさんの猫と付き合う法〉が原作なんだ。その中でこのミストフェリーズは〝グレイトマジシャン〟と讃えられている。だから僕――」
これは絶対兄が着るべきだ! そう思って着せようとしたところ……
―― だが、断わる!
剣もほろろに拒否された。仕方がないから自分が着て来たというわけ。
「チェ、いいアイディだったのに! 漣にぃ、絶対似合ったはずだよ!」
「いいえ! 漣にいさんはいつも通り、白のタキシードが最高よ!」
その漣は波瑠彦と打ち合わせがあると言って既に入店していた。
とまぁ、こんな風に始まったC&B会忘年会。
海龍菜館3階フロアは結婚披露宴にも人気の重厚で品格ある大宴会場である。
真紅の絨毯を敷き詰めた床、天井に煌めくシャンデリア。今宵、丸テーブルを埋めるのは、宝来波瑠彦を慕うプロ・アマの垣根を超えた手品師総勢43名とその家族。南京町でも屈指の本格中華料理を味わいながら会員は1人づつ順番に会場前方に設えられたステージで得意の手品を披露し合うのだ。
基本的な、花がいっぱい出現する手品、
――ちなみにこの会の名前、C&BはCAP&BALLから来ている。古く手品が〈杯と玉〉と呼ばれたからだ。
漣は虹色のハンカチを使った華麗な手品で喝采を浴びた。
いよいよ
ステージ中央に立ったC&B会会長・宝来波瑠彦。
マイクを手に挨拶をする。
「ありがとうございます! 今年も会員の皆さん全員の手品を堪能し、こうして最後に自分が
会長とあって波瑠彦の手品は見応えがあった。
どういう仕掛けになっているのか、皆目わからないトランプのクロースアップマジック……!
ガラスの板に挟んだカードを瞬時に消して別の場所から取り出す。そうかと思うとカードはもう元のガラスの中に戻っている。のみならず、指を鳴らすたび、そのカードの絵柄が次々に変わって行く……
割れんばかりの拍手が止むと波瑠彦は再び会場を見渡して言った。
「最後に、今年はもう一つ会長特権でやらせてください。本邦初披露、その名も〈手品師の帽子〉!」
これは異例の展開だ。交流会での手品披露は1人1演目が
だが、こんな素敵な例外なら皆、大歓迎だ。沸き起こる拍手に深く一礼してから波瑠彦は言葉を継いだ。
「それでは、今回、この手品のために特別に協力をしてもらった我らが仲間、素晴らしい手品師でもあり、素晴らしい帽子製作者でもある
「ヒャッホー、待ってました、漣にぃ!」
「しっかりね、漣にいさん!」
やんやの喝采の中、漣はステージの波瑠彦の横に立った。
「続いて――もう一人お手伝いをお願いします。今年も会を盛り上げてくださった海龍菜館サービスマネージャー、馮蘭さん! よろしくお願いいたします!」
他のウェイターやウェイトレスたちと壁際に控えていた蘭にサッと照明が当たる。
吃驚したものの、そこは客商売の研鑽を積んだ蘭。にこやかにステージへ上がった。
「私でよろしいのでしょうか? 光栄です!」
波瑠彦は蘭の手を取って漣が用意した椅子に座らせる。
その後、一歩下がって控える漣。
さあ! いよいよ〈手品師の帽子〉の演目の開始だ。
♠〈ポッサムおじさんの猫と付き合う法〉 T・S・エリオット著 池田雅之訳 ちくま文庫
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