第56話 評:「視覚的人間」ベラ・バラージュ

評:「視覚的人間」ベラ・バラージュ

Der sichtbare Mensch, oder die Kultur des Films(独), Béla Balázs

映画ができて20年目あたりは、瞬く間に生活の一部となった時代であろう。この1924年、無声映画の時代に書かれた先駆的な映画論である。

ベラ・バラージュは、ハンガリー出身の作家・映画理論家、ウィーンでの映画批評家としての体験を糧に、映画の芸術哲学の試みとして1924年に出版した書物。クローズアップや、モンタージュ理論から、新しい視覚芸術の独特な表現方法と、その原理、そして、可能性を示唆した。


ベラ・バラージュは、印刷術の発明以来、言葉という概念的なものに頼りすぎるようになっていた西洋の文化は、映画の登場によって、視覚的なもののほうへと根底から転換した。

「視覚的人間」(それは、目に見える人と理解できる)とは、映画に映し出される表情や、その人の身振りによって、人間の精神や魂が直接目に見えるものになったという事態を要約する言葉である。

この映画の身振り言語は、所謂、演劇の言語の身振りやダンサー達、等のそれとは、原理的に異なる。


こうした展望に基づいて、文学や演劇といった先行する諸芸術と、映画との根本的な異質性を強調しながら、とりわけ映画における俳優の様相や表情の重要性、それらの表象にとって不可欠な、現実の隠された細部を啓示するクロース・アップという技法が、具体例と共に論じられる。


この書籍は、後年の「映画の理論」のように体系だった理論の形態を取っていない。

ただ、それが、むしろ、映画における風景、労働、動物、人間像、子供、スポーツなどといったテーマについての明敏な記述が、今、尚、さまざまな示唆を与えてくれる。


参考文献

『視覚的人間 映画のドラマツルギー』,ベラ・バラージュ(佐々木基一、高村宏訳),岩波文庫,1986

『映画の精神』,ベラ・バラージュ(佐々木基一、高村宏訳),創樹社,1984

『映画の理論』新装改訂版,ベラ・バラージュ(佐々木基一訳),學藝書林,1992

『ベーラ・バラージュ 人と芸術家』,ジョゼフ・ジュッファ(小林清衛、竹中昌宏、高村宏、渡辺福実訳),創樹社,2000

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