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蒼斗たちが脱出してから一時間後――オリエンスは大地震に襲われた。
被害は主に櫻都。忌々しい御影の象徴だった城は、激しい地盤の歪みにより崩壊し、瓦礫の山と化した。
避難した人々は御影が倒れ、自由が得られたことに歓喜の喜びを上げた。
崇拝させられていた御影の像は、次々に彼らの手によって倒壊され、旗は焼き払われた。
ペンタグラムではこの事件がすぐにマスコミ取り上げられ、御影が滅んだことを知った人々は飛び上がって喜んだ。
そして街中で祝杯を上げ、酒を酌み交わした。
その騒ぎは報道から一週間が経っても鎮まることはなく、めでたいことがあったというのを口実に、あちこちで未だに飲んでいるちゃっかり人がちらほらと伺える。
そして――
「すみません」
町のちょっとはずれにあるとある小さな花屋に現れた客に、女店主はいらっしゃい、と言った。
「花を買いたいんですけど、どれがいいか分からないんです。アドバイス、貰えませんか?」
「勿論だよ! あらアンタ、あまり冴えてないねぇ、ビシッと女の子にでも贈るのかい?」
肩を肘で小突く女店主の言葉に返答はない。困った顔をする客に、女店主は気に障ったかい、悪いねぇと笑って流した。
「で、どんな花が良いんだい?」
大きめの黒いパーカーにダウンジャケットを着込み、ジーンズ姿の客――蒼斗は目を伏せ、ポツリを呟いた。
「大切な人への、手向けの花です」
時代は喜び一色なのに、彼の心には一点の憂いが残っていた。
◆
雲一つない、何処までも高い青空。
冷たい空気が針のように晒されている肌を刺激し、白い息を吐くと、時間が経つにつれて空気の中に隠れてしまう。
周りは芝生で囲まれ、何十もの白い墓石が綺麗並んでいた。
整備された墓地には蒼斗以外誰もおらず、鳥の鳴き声や風の声、遠くから聞こえるさざ波の音だけがこの場を統べていた。
蒼斗は神聖で、死者に安らぎを与えるこの場のある一点を見つめた。
女店主が繕ってくれた花を片手に歩き出す。芝生を踏みしめるサク、サクという軽くて寂しい音が鼓膜に伝わり、近づく墓石を見て緊張が走った。
「……久しぶり」
葛城と刻まれた白い墓石を真正面に見つめ、絞り出すような声を発する。
こうして対面すると、ここに来るまでに考えていた話や言葉は吹き飛んでしまっていた。頭の中が白い絵の具ですっかり塗り替えられたような感覚だ。
ふと花束を持たない方の手を見つめ、拳を作って二言目を放つ。
「終わったよ、もう……全部、終わったんだ。僕たち死神の血を引く者の使命は果たせた。僕が――僕たちが、因縁に幕を下ろしたんだ」
蒼斗は考えていたことが頭の中でまとまり、さらに口を開いた。
「死神の使命の中にオリエンスの滅亡が含まれていた。――けれど、それは必要なかった。僕たちが血の呪縛に囚われている同様に、オリエンスの人々は御影に囚われ、自由が奪われていた。解放され、自分たちが安心して暮らせる街を築く為に、彼らは味わってきた辛さが二度と訪れないよう、きっと手を取り合って新しく生まれ変わらせるよ」
蒼斗はそう断言すると花束を墓前に置き、手を合わせて安らかに眠れるよう祈りを捧げる。
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