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 オリエンスの空は街の工場から吐き出される汚染物質により汚れた厚い雲に覆われ、一層闇が深い。


 水を打ったように静まり返る夜のペンタグラムとはかけ離れ、櫻都一番の繁華街ではネオンが眩しいくらいに瞬いていた。

 心臓を直接拳で叩くような大音量の音楽が流れ、若者たちはまだ残る幼さを隠すように派手な服で自分たちを着飾っていた。

 毎夜祭りのように騒ぐ繁華街とは半面、そびえ立つ御影の城は完全に闇に溶け込んでいた。



 ――いや、正しくは、彼らは見ないようにしていたのだ。

 あのおぞましい絶対的な存在を一時の間だけでも忘れたい、と心の中で叫んでいるのだ。

 彼らは救済を必要とされる人々だった。

 取り締まりが行われている今、それでも国に抗おうという意思を持つ彼らは、こうして日々のストレスを発散するように集まっているのだ。



 誰もが怯え畏怖の念を抱く城では、光のない闇の中に一点の弱い黄橙色が揺らいでいた。

 広い廊下の壁にはいくつもの燭台が並び、赤く長い絨毯は皇帝の玉座の間へと導く。



「例の物は持って来たか」

「勿論」



 玉座に深く腰を据える王――御影は、数段下で頭を垂れて跪く男を見下ろす。

 男の傍らにはジュラルミンケースがあった。御影はそれを視界に捉えると嫌な笑みを見せた。


「やはり貴様に任せて正解だった、亥角。これで我の目的が達成される。そしてこの実験が成功した時、世界に再び我が王国オリエンスの力を見せつけることが出来る」


 亥角はただ頭を下げたまま何も言わない。

 だが、目的の物を手に入れてすっかり機嫌を良くしている御影は、微塵も気に留めていないようだ。


「では、そのケースを早く渡せ」


 と、御影は手を差し伸ばして言った。

 亥角は御影の命令に素直に従い、好意的な笑みを浮かべながらケースを手に御影に近づく。

 手早くケースを開き、蒼斗に変装してAPOCの保管庫から持ち出したアストライアを取り出して見せた。

 試験管に入った透明な液体――アストライアには何かの機材に装填された形に改造されていた。


「おぉ、これがペンタグラムから生み出た兵器……素晴らしい」

「お気に召していただけたようですね」

「勿論だ。これで御影の力を世界に知らしめることが出来るのだからな!」


 十年前は葛城によって計画を最後の最後まで阻まれ、結果ゼロ・トランスが起こり無駄に終わってしまった。

 もっとも、狂蟲が生まれたことは御影にとっては雨降って地固まるだが。


「世界に……ですか」

「そしてあの憎き葛城……! 先代を裏切り、刃を向けた報いは必ず受けさせてみせる」

「報い、ですか」

「そうだ! 元はと言えば、アレの力は我が一族の計画の一部であった。それに背きあまつさえ命をとろうなどと考えた。赦しがたき反逆だ!」


 御影は肩を震わせ憤怒に満ちた表情を露わにした。



 ――欲しいものは全て手に入れろ。憎き葛城に地獄の苦しみ与え葬り去れ!



 先代から葛城への恨みを何度も何度も、刷り込むように一文字も漏らさず聞かされてきた。

 自由を奪われ、朝から晩まで時期王としての知識を叩きこまれたあの苦痛は誰にも理解できはしないだろう。


 それもこれも、葛城が悪いのだ。

 あの一族が背かなければ、あの一族さえ生まれてこなければこんな道を辿ることもなかった。


「諸悪の根源は必ず殺す。現在確認できる葛城――死神の血を引く者は蒼斗だけ。奴さえ葬ってしまえば全ては我々の望み通りになる」




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