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「うわあああああ!!」


 刹那、引き裂くような悲鳴が辺りに木霊した。


「ひっ!」


 蒼斗はつられて声が上がる。

 弾かれたように振り返れば、御影の身体がアバドンの鎖によって、何重にも拘束されているところだった。

 標的は亜紀の持つバチカルだったはずなのに、一体何故……?


「契約の代償だよ」

「代償?」


 蒼斗の疑問を見越してか、瞳に冷徹を宿した瀬戸が腕を組みながら、口を開いた。


「僕たち人間が、悪魔とか、この世に存在しないものを現界で操るには、契約にそれなり対価が必要となる」

「彼の場合、ちょっと違うみたいだけど」

「どういうことですか?」

「蒼斗君、鎖にあるあの印、見える?」


 訳が分からないと首を捻る蒼斗に対し、千葉がアバドンの鎖のある一点を見るよう指差した。ご丁寧に、蒼斗の目線に合わせて。

 目を凝らしてみると、鎖には御影家の紋章が浮かんでいる。


 対価を支払うことで、その悪魔の力を思うがままに使うことができる。

 その際、契約の証として、両者には契約関係にあるという印が刻まれる。今回のアバドンに当てはめると、御影が契約をしたことで、鎖に契約者の御影の家紋が浮かぶ。

 契約関係にある悪魔や精霊は、呪縛により主人に逆らうことはできない。もちろん、刃向うこともできない。


「けれど、現に御影は地獄に堕とされようとしている。その理由は至極簡単――彼は、御影じゃない。あれは御影に似せた、ってこと」


 契約者が不正な手続で契約をした場合、契約違反として独断で契約魔の方から契約者に罰を与えることができる。それが、今起きている状況ということだ。

 冬支度が終わったような姿になった御影の影武者は、アバドンの罰により地獄へと繋がれる準備が完了した。


「た、助けてくれ……助けてくれぇええええ!!」

「っ!」

「無駄だよ、工藤蒼斗。君なら分かっているはずだ、彼の末路を」


 命乞いをする影武者の悲鳴。悲痛な声に、咄嗟に助けようと前に踏み出そうとする蒼斗に、千葉は肩を叩き、首を横に振った。

 冷たく制した瀬戸は、ゴミを見るような目で先を見据えていた。

 瀬戸の言う通り、蒼斗には分かっていた。


 いや、ここにいる全員が悟っていることだろう――彼の姿は既に、狂魔と化していた。


 初めは、狂魔に変化する兆しは微塵も見受けられなかった。だがアバドンの力を使えば使うほど、彼の中の狂蟲が急激に浸蝕を開始した。


 ……どう足掻いても、手遅れだった。

 助けられない――敵であっても、救いを求める彼の手を取ってあげることができない悔しさに、蒼斗は力なく項垂れ、拳を握った。


 ――それでも。



 蒼斗は彼の身体を魔術書共々真二つに斬り払った。二つの個体と化した彼は床に転がるとゆっくり灰となり枯れ果てた。


「彼もまた、御影の被害者です。せめて、地獄で苦しむことなく僕の手で葬り去りたい」

「……それは、斬る前に言う言葉じゃないのかい?」


 地獄に堕とし損ねたアバドンは冷ややかな目で蒼斗を見下ろした。

 それに負けじと蒼斗は対抗を続け、数拍の睨み合いの末……折れたのはアバドンだった。魔術書も消えたこともあって霧のように姿を消した。



「千葉さん、亜紀さんは……?」

「バチカルが言ったように、息はあるけど精神的にも肉体的にも相当負荷がかかっている。しばらく休ませないと……」

「でもこれから亜紀を背負っていくのはキツいよ」

「俺の結界で結界を張っておくから、一先ず隠しておこう」


 千葉は手に皇帝の紋章を出現させると亜紀を包むように魔力の壁を張る。


「これが、千葉さんの契約魔……」

「十大悪魔のシェリダーだよ。ちなみに、この水魔鏡や狂魔弾が完成したのは、彼の恩恵だよ」

「悪魔の恩恵……」

「さぁ、亜紀はシェリダーに任せて先に行くよ」


 壁に寄りかからせるように亜紀の身体を安置し、蒼斗たちは最上階へと進んだ。





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