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「やぁ工藤君。今ウチのボスが飛んで出て行ったけど……柄にでもないことやって恥ずかしくて逃げだしたようだね」
「ご名答です。体調の方は大丈夫ですか?」
「あぁ、お陰様でね」
東城は幸せそうな父子の姿を見つめ、微笑する。一人でも多くの人を守ることができ、STRPとしても一個人としても嬉しいことだろう。それは勿論、蒼斗にも言えることだ。
「……それにしても、君があの死神だったとはね」
東城が今日ここにやってきたのは、見舞いだけの用事ではなかった。
「噂では耳にしていたが、こうも身近にいたとは考えもしなかった」
「まぁ……亜紀さんと契約しているからっていうのもありますし、利害が一致しているからというのもありますからね、それで居候させてもらっているんです」
蒼斗が触れて浮かび上がる首輪を一瞥した東城は、あの悪魔のやりそうなことだと眉間にシワを刻む。
「あの悪魔が何か嫌なことをしたら、STRPは全力で助けよう。君は一般人を救った善人なのだから」
「ありがとうございます」
「……そうだ工藤君。あの悪魔に会ったらコレを渡しておいてもらえないだろうか?」
取り出して見せたのは、先日亜紀が登場に貸した愛銃だった。
太一を始末した後、精神的ダメージが大きすぎて気を失ってしまったことを思い出し、返しそびれてしまったのか。そう、蒼斗は一人解決。
「千葉から大体の事情は聞いた。前線に立つ君たちと違い、自分たちがいかに生温い場所で動いていたのか理解し、恥ずかしくなったよ。あんな化け物と日々向き合っていたのだな、君たちは」
銃を握る手が小刻みに震えた。ちらと顔を盗み見れば、当時の恐怖心がフラッシュバックしたのか表情が硬い。
APOCの規定通りに千葉のカウンセリング勧めたかったが、STRPでも通用するのか分からなかったため、下手なことは口にできない。
「方法は違っても、根底の趣旨は変わらないだろうが」
「亜紀さん!」
花束を手に気だるそうな顔で近づく亜紀は異様な絵面だった。当人がやってきたことに東城は気まずそうに視線を下に逸らす。
「今更俺たちとの重荷の違いを実感しようが痛感しようが無駄なことだ。こっちは本気で命を懸けているんだからな」
「ちょっと、そんな言い方……!」
「いいんだ、工藤君」
片手で制されてしまえば蒼斗は黙ることしかできない。
「大事なことは、お前の成すべきことに誇りを持ってやり通すことだ。重荷や重圧の問題じゃない、ペンタグラムを守ること――それが核に求められていることだ」
亜紀なりの励ましの言葉なのかもしれない。それから紙切れ一枚をポケットから取り出すと東城の目の前に突きだす。
東城は蒼斗と顔を見合わせ、首を傾げた。
「何だ、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして。まずはAPOCの規則に従って千葉のカウンセリングを受けろ。時間はとってあるから、必ず本部に来い」
「は? いきなり何を……」
「狂蟲の浸蝕が嫌なら必ずだ、分かったな?」
「いきなり総帥面して私に指図をするな」
「だからこそだ」
「何?」
「総帥だからこそ、ペンタグラムの人間の命を守る。例え相手が憎き野郎だとしても、俺が守るべき人間に変わりはない」
狂蟲の浸蝕を少しでも抑え、摘発し人々に安息と平穏の地を与える。
目の前に堕ちていない人間がいたら、迷うことなく手を差し伸べ己が手を罪に染める。
ただのエゴ――自己満足でしかないかもしれない。
しかし、それは核から第一皇帝とアポカリプス総帥の地位を与えられ、大悪魔を授けられた時から全て心に決めていたこと。
むしろ、亜紀のその覚悟を核は見込み、力を与えたのかもしれない。
当然のように告げられ、東城は息を呑んだ。何も言えなくなってしまったのか、舌打ちを漏らし、亜紀の腕を強引に掴むと銃を押し付けた。
それからカウンセリングの予約票を引ったくるように奪い、大股気味に奈島の後を追うように足早に去った。
「仮りは必ず返す」
擦れ違いざまに聞こえた声は、果たして彼のものだったのだろうか――?
「何だ、蒼斗。見舞いの花だけでなくガキに貢ぎ物でもやる気か?」
亜紀はすっかり興味が失せたのか、蒼斗の手にある梱包物を目にして訊ねた。
「違いますよ、奈島さんから祐樹君へのプレゼントです。父親が殺されそうになった上に、自分も危険な目に遭って相当ストレスを抱えているはずです。あの人なりに気を遣ってくれたんですよ」
父子を見る限り、狂蟲の浸蝕反応は安定しているよう。APOCが出る必要がないことに、ひとまず安堵の息を漏らす。
「へぇ、女に花を贈ることも出来ないくらいのチキン猿がねぇ……。で、ゴミ溜めヒーローはどうしている?」
「あの通り回復に……え、亜紀さん、今なんて?」
「ゴミ溜めヒーローと言ったんだ。皮肉を込めてな」
二度も言わせるなと睨む亜紀に、蒼斗は腹を抱えて笑った。他の患者やナースたちから怪訝そうな目を向けられても構いはしなかった。
亜紀は突然笑い出した蒼斗を奇妙なものを見るような目で見つめ、癪に障るから上着の下に隠している銃を抜こうと手を伸ばす。
笑いすぎて目尻に涙を溜める蒼斗は慌てて亜紀の手を押さえて気にしないでくれと首を横に振った。
「そのゴミ溜めヒーローって、さっき奈島さんも言っていたんです」
「……あのクソ猿……ぶっ殺す!」
「わ、わーっ! お願いですから抑えてください! 警備呼ばれちゃいます!」
拳を震わせる亜紀を蒼斗は必死で押さえ込み、亜紀の瞬間沸騰がおさまった時には息を荒げ汗をかいていた。
亜紀相手に蒼斗は全力で何事にも取り組まなければならず、常に苦労が絶えない。
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