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――後日。蒼斗は瀬戸の屋敷を訪ねた。
やってくることを分かっていたのか男が迎え、奥へ通される。
「我また聖なる都、新しき聖地の為に。星の導きにより蒼白の刃をかざせ」
「! どうしてそれを……?」
「言い伝えであるんだよ。青い瞳に蒼白の大鎌を振るう者は、死の象徴だと言われていると」
「死の、象徴……」
非現実的な言葉に蒼斗が反応に困ろうが、構うことなく瀬戸は話を続けた。
「その者は人ならぬものか否かを見極めることができる」
肉眼で狂魔を見分けられる青い瞳、そして蒼白の大鎌を操ることから、紛れもなく蒼斗は伝説の存在――死神だった。
「僕が……死神」
「死の象徴ではある。が、君の存在は一つの大きな事件を解決に導き、これからの犯罪やこの街をあの下衆から守った。いい意味で存在しているじゃないか」
縁側に腰を下ろす瀬戸は、淡く差し込む太陽の光に目を細め、片手で遮る。
瀬戸は、蒼斗からの差し入れの和菓子を口に含む。舌が肥えている瀬戸は上品の中に隠れる甘さに目を伏せて満足そうに頷く。
「やはり茶に合うのはコレに限る」
「うぅ……お財布が痛い……」
蒼斗は今回の情報を得る対価として指名された、銘菓の和菓子を自腹ではたいた。おかげで財布の中には小銭しか入っていない。
「あの、祥吾……っ、桐島祥吾の処分は、どうなるんですか? あと、藤堂副長官は……?」
「藤堂はAPOCの規則に基づいて処理されたよ。桐島祥吾は……アレは例外だからね。狂魔レベルもクソもないから殺しはしないだろう。どうするかは、これから問題になるだろう」
「そうですか……ん、処理?」
「ウチでは、狂魔に対して厳密な審判を下しているのは分かっているのね?」
「はぁ……。まだ間に合うレベルだったということは、助けられる可能性があるってことですよね? それで新しく人生をやり直せるといいんですけど」
「やり直す、ねぇ……」
――それは無理なことだね。
「何か言いました?」
「さぁね。殺そうとした人間によくそんな甘ったるい情けをかけられるのか理解できないとは言っただけ。――情報はこれで終わりだよ。君のことは気が向いたら調べておいてあげるから気長に待つといい」
「はぁ、分かりました。……あの、いくつか伺ってもいいですか?」
「何だい?」
「その……近衛さんは、彦さんの部下だと聞きました。彼女は今、何処に……?」
「……確かに近衛静は僕の部下だ。けれど、それを聞いてどうするつもりだい?」
「もう一度でいいから、彼女に会って話がしたくて……このグローブ、返したいですし」
蒼斗は手に嵌められたグローブにそっと触れた。別任務でもういないと言われてから、一度も彼女の姿を見ていない。
「……近衛は優秀すぎるからね。各地の狂魔摘発の補助に向かっている。戻ってくるのは、まだ分からないね」
「そう、ですか……」
「君、近衛にそこまで執着するのは何故だい? もしかして、偽りだったとはいえ仕事仲間以上の感情でも抱いているのかい?」
「そんな……! そういう、わけでは……っ、ただ、彼女に、会いたく、て……」
「……彼女は任務過程として君と親しくなっただけ。特機隊も消えた今、彼女は君なんかに興味の欠片もないかもしれない――そう、考えたりはしなかったの?」
瀬戸の突き放すような口振りに胸に強烈な圧迫感が襲う。
確かに、命令されて特機隊に潜入して内部に溶け込むためだとしたら、その必要がなくなった今、ただの過去の出来事として片づけられて記憶の片隅に追いやられても仕方がない。
もしかしたら、記憶にすら残らないかもしれない。
「……彼女は、気に入っているから必ず返せと言っていました」
少しサイズが小さいのに、それでも貸してくれた近衛。きっとあの朝、特機隊の奇襲がなければ、こんなことになることもなかった。
いつも高嶺の花の存在だった彼女は、唯一隊長を下されても変わらずに接してくれていた。辛辣で、時折毒を吐くところもあったが、あの時の優しさは嘘偽りなかったと信じたかった。
「僕は彼女と約束しました。どんな形であれ、彼女がその場だけの約束をしただけだとしても……僕はその約束を守りたい。ただ、それだけ、です」
「……ふぅん」
「じゃあ、失礼します」
蒼斗は立ち上がって会釈をした際、どうぞご贔屓に、と言う瀬戸が懐から煙管を取り出したのを見て、何処かで見たことがあるなと考えた。
「どうかしたのかい、葛城蒼斗?」
「その煙管……いや、何でもないです。お邪魔しました」
「――近衛が帰ってきたら、連絡させるように言っておくよ」
「!」
「ただし、これは貸しだから」
「っ、ありがとうございます!」
意気揚々と蒼斗が去って行くのを確認すると、瀬戸は煙管を深く吸い、ぷかぷかと白い輪状の煙を吐き出す。
「随分とまぁお優しいことだ。」
誰もいないはずの部屋に、瀬戸以外の声。
既に気配に気づいていたのか、瀬戸は別に動揺することなく小さくほくそ笑み、観賞用に反対側に置いてあった椿の花を手に取った。
「今の彼が本当のことを知れば、必ず卒倒するか僕に八つ当たりをするかの二つに一つ。知らなくて幸せなこともあるよ。なんせ、藤堂は今頃、灰になっているんだからね」
オリエンスの人間がペンタグラムに危害を加えることは死を意味する。それは逃れられない絶対の掟。
そして掟通り、拷問による情報収集の後、降りかかる危険分子は始末された。
「ふぅん。……卯衣が話していたんだが、摘発したあの後、蒼斗宛てに花が届いたようだ」
「花?」
「カモミール。ペンタグラムに来たばかりの人間に見舞いの花が贈られるなんて――相手はたった一人しかいねぇ」
「花の意味は……苦難に耐えて、か。亥角愁は一体何を考えているんだろうね」
「そいつはお前の仕事だろう?」
襖の奥から現れた亜紀。その手には瀬戸と酷似している煙管。
「本当は全て調べきっているのだろう?」
亜紀は椿の花弁を指先で弄る瀬戸を見据える。
「世界一の情報屋が得られないものなんてないよ」
「ならば何故、調査中だと言った?」
瀬戸、いやAPOCの幹部に不可能という文字は存在しない。
既に情報を得ているのなら、相応の対価をすぐに要求するのが瀬戸のやり方。だが、蒼斗の持つ能力や彼自身についての対価は求めなかった。
「もちろん、僕は調べたよ」
振り返ることなく瀬戸は口を開き、手の中の紅き花を握り潰した。
「でも桐島蒼斗、いや蒼斗という人間に関する情報は何一つ見つからなかったんだよ。それはもう綺麗さっぱり」
「何だと……?」
「いつ何処で生まれ育ち、家族構成も何もかもが白紙そのものだった。……こんなことは絶対にありえない」
「……何者かがアイツの全ての情報を隠蔽し抹消したというのか」
それしか答えは見つからなかった。
震える拳が瀬戸の今の感情をありありと示し、亜紀は無情にも嘲笑した。
「世界一が聞いて泣くなぁ? 情けねぇ」
「黙りなよ」
「ならばこの俺に、お前はどんなものでも手に入れられると改めて証明してみろ」
鹿威しが石を叩く高い音。静かに流れる水の音。鳥のさえずりが一帯を支配していた。
「いいだろう」
瀬戸は徐に立ち上がった。
亜紀と向き合った時の表情に張り付けた笑顔はなく、瞳の奥に怒りにも見える闘志の炎を灯して真っ直ぐ見据えていた。
「愛しい亜紀の為なら、この身を塵にするまで捧げよう」
投げ捨てた椿の花がさわさわと吹いた風に流れた。
亜紀は不敵に笑い――舞う紅がその表情を一層妖艶に引き立たせた。
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