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「――僕を囮に使ったんですか?」
廷内を完全に支配したAPOC。怒りに震える蒼斗に差し出した手を払われた亜紀は、鼻で笑った――何を今更、と言いたげに。
「使えるものはとことん利用する。例え死神だろうとな」
誰もがたった一人の人間の指示を仰ぎ、じっと待機している。
亜紀は引きずり落とされた藤堂の座に悠々と腰かけ、足を組む。座る人間によって、こうも威圧的で重苦しくなるものなのか……。
手元の資料に目を通し、時折頷き、ほくそ笑みを繰り返す。やがて興味が失せたのか、顔を上げて廷内を見渡す。
「オリエンスにここまで長く留まったのは、今回が初めてかもしれないな」
両手を組み、そこに顎を乗せてそんなことを呟く。
「俺たちがこうしてゆっくりしているのは、何も外道集団の特機隊と話し合いがしたいわけでも、戦闘がしたいわけでもない――お前らが抹消されるまでの時間をただ楽しむためだ」
戦闘? 歩み寄り? そんな言葉など、APOC――亜紀の頭には毛頭なかった。特機隊が潰れることは必然、決定事項なのだ。答えなど訊かれもしない。
「お前らが民にしてきた残虐非道行為の数々は赦されることではない。罪もない御影の意思に反する善人は命を奪われ、遺された者たちは嘆き悲しみ、死ぬことすら赦されず絶望してきた――御影に最も忠実だったお前らによってな」
銃声が一発、二発……対抗しようと武器を構えた隊員が肉塊へと朽ちる。当然捜査官たちは眉一つ動かさない。
「奴の愚行で人々は大きな代償を支払わされた。いつ起こるか分からない発作に怯え、救いを求めた。それなのに……お前らは無惨にも蹴散らした」
絶対に許さない。
地を這うようなドスのきいた低い声は全身の体温を吸い取った。
視界の片隅で、藤堂は手足を拘束されていた。
「王に楯突くことがどうなるか分かっているのか、貴様らは!!」
「どうなるんだ? 自分の力では何一つ成し遂げられない、裸の王様風情に牙を剥いて」
「いつか必ず貴様は王に逆らったことを後悔することになる!」
命乞いをする者が現れたころ、藤堂は虫けらのように切り捨てられていく彼らを辛そうに見やり、恨めしそうに亜紀を見上げた。
「貴様には慈悲の心がないのか!」
「慈悲……? はて、そんなもの俺たちにはあったか? ――なんせ、クロヘビなんて陳腐な名をつけられてしまっているからなぁ?」
へらりと嘲笑した亜紀。顔を真っ赤にして激昂する藤堂は、捜査官が放った一発の銃弾を受けたことでそれ以上話をすることが叶わなくなった。
「殺した、んですか?」
「まさか。言っただろう、使えるものはとことん使う」
麻酔を打って気絶させたことから、恐らく狂蟲の浸蝕はぎりぎりラインのところで人間の姿を保っていたようだ。
亜紀のことだ、情報収集の堪え拷問にでもかける算段なのだろう。
「――さて。少々落ち着いたところで、お前らにはコイツを見てもらおうか」
捜査官数人がタブレットを取り出すと、モニターをジャックして、ある調査結果の資料を映し出した。
詳細は樫宮殺害における明かされた全貌だった。
凶器に付着していた指紋の付き方が、普通の触れ方と違うことへの指摘、当時樫宮がいた長官室を訪れた人間のリストや、意図的に削除されていた死亡推定時間前後の監視カメラ映像――そこには、蒼斗のIDを見覚えのない隊員が使用している姿が映されている。
「き、桐島じゃない……? だが、情報ではアイツが殺したって……」
「映っている奴誰だ? 俺知らないぞ」
「だが利用履歴と時間が合っているぞ」
「そいつはコイツから先日拝借したIDを使って樫宮の始末を命令した俺たちの部下だ」
「何だって?」
「じゃあコイツじゃなかったって言うのかよ……」
完璧すぎる報告書により蒼斗の関与は完全に否定された。
だが、これを一体誰がどうやって……?
「だがアイツが死神だということに変わりはない!」
「おいおい、お前ら何か勘違いしてねぇか?」
後頭部を掻いた亜紀は首を傾げた。
「俺は所有物の無実を証明しただけであって、お前らの下らない話を聞くつもりは毛頭ない。言ったはずだ――全員、この場で処刑すると」
ゆらりと亜紀の周辺が歪んだ。重々しい空気が全身を地面に縫い付けるようにのしかかり、言葉に詰まった。
「だが俺もそこまで悪魔じゃねぇ」
亜紀の言葉を合図に、捜査官全員が銃を片手に水魔鏡をかけた。
何が始まるというのか――囲まれ観察されるような視線に誰もが戸惑いを隠せずにいた。
亜紀を筆頭に片目にかけられた水魔鏡。
先ほど亜紀が話したように、人間の体内に蓄積された狂蟲の寄生レベルを見通すことができ、このレンズを通して対象の救済可否を判断する。
可能と判断されれば直ちに狂蟲を体内から取り除き、捕獲することになっているが……無情にも誰一人、軍人の中で救済されるものはいなかった。
完全に治安維持局――御影に汚染されていた。
「期待はしていなかったが……まぁ、案の定と言ったところか」
「みんな……」
「やはりお前は裸眼で視えるようだな」
「好きで視たいわけじゃありません」
「……」
そこで亜紀は、蒼斗にレンズ越しの獲物を狩る肉食獣のような瞳を向けてしばし沈黙した。
吟味されるような、貫くような圧力に指先一つ動かせずにいた。自分を助けに来てくれたはずなのに、安心感が微塵も得られなかった。
「……驚いた。十年もオリエンスで育ってきたというのに、狂蟲が一匹も浸蝕していない奴がいたとはな」
「え……」
「まぁいい。今回は――」
――パンッ!
言葉が途中で切れた。
亜紀は流れるような動作で銃をホルスターから抜き、蒼斗の頬を掠めて背後に迫る狂魔の頭を吹き飛ばした。
「標的は焦らず的確に排除しろ。狩り漏らせば他者の命を危険に晒すことになる」
ぴしゃり、と指示する亜紀の視線の先には、恐怖と不安の感情を顔に貼り付けた捜査官。
まだ慣れていないのか、ガチガチの手は慣れない銃を握りしめている。
蒼斗はじわじわと頬に滲む生温い感触に即座に身体が震えあがり、収まらない亜紀のどす黒い殺気に腰が抜けそうになる。
話の腰を折られた亜紀はすっかりご機嫌斜めだった。
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