-




「本件に関連し、被告人のここ数日の行動と、それに伴う事件を提示させていただきます」


 まず初めに、任務中の命令違反及び単独行動を起こした一件。

 そして樫宮殺害の一件では、死亡推定時刻の間に一人で自宅にいた蒼斗は、そのアリバイを証明することができなかった。


 さらに最悪なことに死亡推定時刻の前後、治安維持局の出入りリストに蒼斗のIDカードの使用履歴が残されていた。

 あの処刑場襲撃の際に奪われたことを思い出した蒼斗は必死に弁解するが、今となっては後の祭り。苦し紛れのいいわけだろうと一蹴されて終わる。


 蒼斗に不利な状況証拠、物的証拠が次々と挙げられ、廷内の殺気は増すばかり。


「それと、息子の祥吾と部下の副島隊員ですが、被告人を自首させようと検索に向かってから行方が知れません」



 ぞわり、身の毛がよだつ。まさか――



「先程被告人を確保した際、現場にあったおびただしい量の血を発見したところ……っ、副島隊員のDNAと一致しました。傍らには、壊れた改造銃が落ちていました……被告の指紋を残して。息子の消息は未だに掴めておりません」


 桐島は目元赤くさせ、一度天を仰いで「申し訳ない」と、話の中断を謝罪する。


「息子に尽くしてくれていた従弟……家族である副島隊員は……っ、死神と対峙し、その責務を全うし……命を落としました」


 副島史則は死神蒼斗の手にかかり、無残に殺された――その立証された証拠を元に、蒼斗は自分の罪状が確定した気がした。


「待ってください! 僕は誰も……副島君を殺していません!!」

「ならば、何故改造銃にお前の指紋が付いていた! 銃を向けていないというのか!」

「っ、いえ……確かに、彼に銃は向けました。けれど、それが彼を殺した直接の理由では……!」

「やっぱりお前が殺したんだろうが、この人殺し!!」

「桐島隊長もお前が殺したんだろう!!」


 ついに廷内は、副島を殺された怒りと悲しみの声を荒げ、一斉攻撃が今にも始まりそうだった。



「殺せ!! 二人を殺した死神を殺せ!!」

「死神風情が!! 桐島隊長の恩を仇で返すとは……即刻処刑しろ!!」

「……以上の点から、彼がいかに重罪を犯しているか、ご理解できたかと思われます」

「考えるまでもないな」


 藤堂はガベルを手に、桐島を見下ろす。


「義理とはいえ、何か息子に何か言うことはあるか、桐島隊長?」

「いえ……私の、心から誇れる息子は、祥吾ただ一人。そこに立っている被告人は、ただの人殺しの化け物です」


 嗚咽を堪え、片手で口元を覆う桐島。――だが、彼を見ていた蒼斗は見逃さなかった……その口元が愉快そうに歪んでいたのを。


「樫宮長官、副島史則及び桐島祥吾両名の殺害は重罪である」

「違います、僕は誰も殺していません! 犯人は他にいて、僕は濡れ衣を着せられたんです!」

「シラを切る気か? ならば、何故お前の指紋が二人を殺した凶器に付着していた?」

「それは……っ」

「答えは簡単。お前が犯人だという証拠だ!」


 桐島はさらに蒼斗を指差した。


「被告人の手の刻印は、このオリエンスに災いをもたらす死神の証。彼らを殺したのは災いの始まりかもしれない」

「そうだ! そいつを野放しにしていればいずれまた誰かが殺される!」

「皆の言う通り、死神を生かしておくわけにはいかない。よって即刻斬首刑とする」

「そんな、待ってください!」


 タン、というガベルの叩く音が高く響く。

 刑が言い渡されると、蒼斗を罵倒する言葉が飛び交った。奥から運び出される断頭台を見て肝を冷やし、怒声で満ちる廷内で懸命に自分の主張を口にした。


「僕は誰も殺していません!」

「この国を滅ぼすことを企てる死神の戯言など、誰が信じるものか!」

「大人しくしていろ、この化け物め!」


 湧き上がる怒声。間髪いれず頬に走る強烈な一撃。口の中が切れて、鉄の味がした。

 痛みよりも拳を振るわれたことへのショックの方が大きかった蒼斗は、どうこの場を最善の方法で切り抜けようかと巡らせていた思考を強制的に停止させられた。


「あ……」


 オリエンスの断頭台象徴が蒼斗の前に姿を見せた。

 待ち受ける絶対の死に、最早抵抗する力すらなくなってしまった。

 がっくりと項垂れ、信じていた上司、同僚、身内に裏切られたという絶望と、理由もなく殺されるという死への恐怖で全身を埋め尽くされた。



「……け、て」


 ずるずると引きずられ、首が固定される。

 もう死を待つしかない。


 三人の処刑人が横に立った。非国民を処刑した時の、あの時の姿のままだった。

もうダメだ――と、目を閉じかけた時だった。



 ――この世界に神はいない。



 何を思ったのか、かつて処刑された者たちが口にした言葉が脳裏を過った。

 確かにそうだ。この世界には、神なんてものは存在しない。あるとしたなら、ただの紛い物、まやかしだ。


 ――だって、神が本当に存在しているのなら、こんなに無慈悲で残酷な世界を作ったりはしない。人々が傷つき、悲しむ世界なんて望まない。

 神がいないなら、悪魔でも何でもいい……。



「誰か……っ、誰か、助けて――!」


 蒼斗は流れる大粒の涙で顔を汚し、瞼を固く閉じ、慟哭した。



 ――全てが夢幻だったなら、何もかも全て、消えてしまいたい。

 もっと。もっと自分を見てくれる、理解してくれる……必要としてくれるところに逃げ出したい。


 空っぽの自分がこの十年築いてきたものは、波に攫われる砂の城のように脆く……何の意味も持たなかった。


 ――結局、自分に残るものは……なかったのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る