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 軍隊からの罪人は、一般の法律ではなく、軍独自の軍法会議にかけられる。

 蒼斗は法廷の周りを埋めつくす国民たちの姿を捉え、ふと昔の、王に仇なす者の処刑を思い出した。




 ◆ 



 誰かの役に立ちたい――その一心で身体を鍛え、桐島の指導の下、力をつけた蒼斗。

 王は身寄りのない、得体のしれない蒼斗の実績を認め、特機隊の入隊を許可した。初めは国のために王のために力を震えることに使命感を覚え、自らを奮い立たせていた。

 しかし……蒼斗は分からなくなった。この国では、何が正しくて、何が間違っているのか。


「助けてくれええええ!!」

「俺は何もしてねぇんだ!!」


 大衆の中に断頭台が設けられた檀上――処刑台。

 その中央に後ろ手で縛られ、固定される数人の男たち。傍らには、大きな斧を握る仮面を被った大柄な男。押し寄せ騒ぐ国民たちは怒鳴り、嘆き悲しんでいた。


 ――ある日のことだった。この日オリエンスでは、王政に楯突いた者たちに対する公開処刑が執り行われようとしていた。


 蒼斗は周辺警護のために、処刑台から一番近い場所に配置されていた。

 罪人の内の一人がその時、蒼斗を見つけて訴えかけた――自分はこの国の自由のために何をなすべきかを考え、王に従うべきではないと判断し、行動しただけ。お前は王に従うことが、本当に正しいと思っているのか?


 けれど――。


 ぐしゃり。

 生々しい肉が裂け、骨が断たれる鈍い音が、この騒然とした処刑場で妙にリアルに耳に届いた気がした。

 一人目の首が飛ぶと王制派の者たちは歓喜に煽り、さらに民衆は荒れる。暴動がいつ起きてもおかしくなかった。

 ――でも、それを行動に移す者は誰一人いなかった。処刑を命じた王に逆らえば、さらに見せしめとして殺されてしまう。


 王の所業が間違っていると、多くの民が思っているのは間違いない。

 こうして顔色を赤から青に変えているのだから。王の一言一句従う者は、その恩恵を受けている有権者たちだけだ。

 けれど我が身可愛さに処刑を退けようなど、命知らずなことは決してできなかった。残る一人となったころには、騒ぐ者はいなくなってしまった。

 何を言っても、結局は死ぬ。自分も死ぬかもしれない。残虐極まりない惨状に胃の内容物を吐き出し、見ていられずに逃げることも少なくない。王に逆らう者には、絶対の死が待っている。


 果たして、それは本当に――。


「貴様たちは何一つ分かっていない! この世がいかに狂っているかを! 偽りの正義を掲げ生きていることを!」


 偽りの正義――処刑を終え、血に塗れた斧の刃の赤を見つめながら、蒼斗は胸に引っ掛かりを抱いた。

 この世界は分からない。

 教えを受けても感じるのは違和感と疑問。詰め物が中々取り除けないそんなもどかしさに似たものだった。

 その答えを求めていた蒼斗は、既に肉の塊となった男に訊ねたかった――偽りの正義というのなら、あなたは真実の正義を知っているのか?


 結局、世界は王で回っているということか。


 ――そして今、今まで処刑されてきた者たちの気持ちが、少しだけ分かった気がした。



 ◆



「殺せ! 死神を殺せ!」

「オリエンスと王に仇なす者はすぐにでも殺せ!」


 ずっと考えていた。周りの国々に脅かされることもなく、怯えることもなく独立し、豊かな国であると誇っている今のオリエンス。

 しかし国民は王の方針に背けば、王の命令によってその尊い命を無残に絶たれてしまう。残されたものは傷つき嘆き悲しむばかり。

 幸福で豊かであるはずなのに、誰ひとり幸せになっていない――むしろ、逆だ。そうであると思う者は、ほんの一握りの権力者たちだけだろう。


 死んで逝った彼らは、いったいどんな思いで王に逆らったのだろうか。――あの処刑台で、何を考えていたのか?


 まさかこうして命を懸けて守ってきた国民に殺せと罵倒され、唾を吐かれるとは思いもしなかった。


 中に連行され、法廷の中心に立たされる。



「これより死神出現における緊急軍事裁判を始める」



 議長席に座り、淡々と言葉を口にするのは、副長官の藤堂という男だった。

 樫宮亡き今、次の位に立つ彼がこの異例裁判を執り行うのは必然のことだった。


「死神出現に関し、桐島蒼斗が死神であるという根拠は、被告人の手の甲に浮かぶ刻印からして明白である。王の命を狙う死神の存在は、当然のこと生かしておくことはできない」

「だから、僕は王の命を狙ってなどいません!」

「黙っていろ」


 端から話を聞く気がない様子に蒼斗は奥歯を噛みしめた。こんなもの、裁判などではない。


「そもそも、このような裁判を開くことすら、私は徒労だと感じている。死神一家、葛城の姓を持つ人間は生まれた時から王に牙を剥く存在。故に極刑なのは決まっていることだ」

「そうだ! 王だけでなく、オリエンスの人間に危害をもたらす恐れのある化け物など、とっとと殺してしまえ!」


 ざわめき立つ廷内。藤堂は喧しそうにガベルを数度叩き、静かにさせる。


「副長官、私からご提案があります」


 そこで挙手をしたのは、桐島だった。

 彼の手元にはいくつかの資料があり、助けてくれるのかと期待した。桐島は蒼斗を見ることなく立ち上がった。


「彼は死神とはいえ、これまで人間として力を尽くしてきました。それは彼が第四部隊隊長の席を担い、多くの人を救ってきたことが証明しています」


 そこで。


「人間でありたがった化け物に、せめてもの情けとして、処刑してあげるのはいかがでしょうか?」

「!?」


 なんだって?――それは蒼斗本人だけでなく、他の隊員たちも同じことを思っただろう。

 そして同時に、蒼斗は義父がこれから何を話そうとしているのか悟り、背筋を凍らせた。



 ――義父さんは、僕を……。



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