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 目を血走らせ、常にきっちりと保っていた背筋は猫のようにぐにゃりと崩れていた。動物でもないのにその眼光は光り、まるで獣のような雰囲気を醸し出している。


「見つけたぜ、桐島……お前を、殺してやる!!」


 女を抱え、蒼斗は銃弾を避ける。すぐさま身を隠し、上がる息を整える。

 静かな住宅街には不釣り合いな発砲音と、女の悲鳴――焦りが蒼斗の思考を鈍らせる。

 まずは、人命第一……そのあとは、どうにでもなって構わない。


「逃げんな桐島あああ!!」

「っ、この辺りで人が誰もいないような場所は何処ですか?」

「えぇ? え、えっと……っ、この先を真っ直ぐ行くと住宅街から外れた場所に……!」

「ありがとうございます。狙いは僕ですので、あなたは少しここで隠れた後、局に連絡を入れてください」

「え、局?」

「桐島ああああ!!」


 女の声は届かず、蒼斗は言われた通りに道を走り出し、その後を副島が陸上選手顔負けの速さで追っていく。



 ――他の人間を巻き込まないように、と足を踏み入れたそこは廃墟街だった。


 月明かりだけが頼りの中、蒼斗は副島の放つ銃弾から逃れるために建物の陰に身を隠し、壁に背を預け半身になって様子を伺った。


「桐島ぁ、何処にいるんだ?」


 間延びした声が木霊し、砂利を踏む音が近づく。

 身体を戻し、どっしりと壁に寄りかかって深く息を吐き出す。冷汗は止まらない。それどころか鼓動は痛いくらいに速度を増し、この場をどうにかしなければと思う半面、早く解放されてしまいたいと諦めかけている自分がいた。



 ――足音が止まった。


 蒼斗は位置を確認しようともう一度顔を覗かせ……視界いっぱいに飛び込んできた副島を捉えた。



「――見ィつけた」



 血走ったその瞳に映る自分の姿に、背筋が凍りついた。

 撃鉄を引く音で固まっていた意識を戻し、咄嗟に足のバネを使って後退。発砲音の直後に額に飛んできた銃弾を、紙一重でかわす。

 身を大きく後ろにそらしたことでバランスを失った蒼斗は、後方にそのまま転回して距離を取る。

 それを読んでいた副島は、すかさず引き金を引いて大腿部を貫く。足を取られた蒼斗はそのまま床に転がる。


 その中で、副島が口元を湾曲させ、手に持つ手榴弾のピンを引き、こちらに投げるのを見た。

 脂汗を滲ませながら足を引きずり、最低限の範囲まで離れたところで――間髪入れず、激しい爆発音と衝撃が建物を吹き飛ばした。爆風で地面に叩きつけられ、耳鳴りに悩まされる。



「……なんだよお前、まだ生きてんのかよ」


 死体の確認をしていたのか、土埃の中浮かぶ副島の影を霞んだ視界で見つけた。

 顔は見えずとも、心底残念そうに、うんざりしたように落胆する声だけで、彼がどんな表情をしているかが手に取るようにわかった。


 間違いない、彼は本気で自分を殺そうとしている――そう悟り、蒼斗は初めて、ここまで向けられたことがなかった強烈な殺気に身震いした。


「っ……!」


 勝機のない状況に視線を落としそうになったところで……ふと、蒼斗の手に嵌められたグローブが目に入った。

 グローブはさっきのやり取りで汚れてしまっている。

 大事にしていたのに、と眉間にシワを寄せ嫌味を言う近衛の顔が目に浮かぶ。



 ――そして、自己防衛本能が、近衛の銃を再び握らせた。


 殺されるわけにはいかない。

 真実を突き止めこの冤罪を正し、白日の下にさらすまでは、絶対に。



 ――桐島さん。



 もう一度、彼女に――会いたい。会いたくてたまらない。

 彼女との約束を果たすまでは……絶対に、死ねないのだ。




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