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「黄泉橋」

「!」

「ここは自殺の名所で有名だったな」


 部下を背後に付け、副島は銃を手に笑っていた。


「副島君……」

「逃げ場はもうなくなったな」

「っ、僕を引きずり落としてまで、存在を否定したかったんですか」

「拾い者のお前なんかが祥吾隊長と同等の役目を担う資格はない。現に、人殺しまでやっている」

「違う! 僕は誰も殺してなんかいない! ……樫宮長官は僕の尊敬する方だった。義父さんよりも僕に親身になってくれて、隊長に着任したての頃は、厳しく指導してくれた」

「人なんていつ本性を見せるか分からないからな。誰がお前の言葉など信じると?」


 一歩下がった足場が崩壊した。

 背後にその先はなく、待っているのは断崖絶壁。

 あとがない蒼斗は最後の望みを秘め、持っていた銃をその場に捨て、ゆっくりと両手を上げた。

 副島は銃を構えたまま、眉間にシワを寄せた。


「何のつもりだ。今更降参するか」

「違う。僕は長官を殺していないから、こうして武器を捨てた。ちゃんと調べてくれれば、僕が濡れ衣を着せられていることが分かる。だから自分に正直であろうとした。それだけだ」


 こうしている間にも、祥吾と近衛が動いてくれている。きっと助けが来る――蒼斗は二人を信じ続けた。

 背後の部下は堂々とした蒼斗の振る舞いに戸惑いを隠せず、互いに顔を見合わせる。





 ――そんな彼らの意識を引き戻すように、パンッと破裂するような発砲音。


「……え?」


 胸部を貫く感覚と、それに伴う焼けるような痛み。右手を伸ばし、真っ赤に濡れたそれを見下ろし愕然とした。

 口内に広がる鉄の味、流れ出るように、芯から奪われていく体温。


「……っ、どうし、て……?」


 副島は引き金を引いていない。

 光のない瞳、冷ややかな面持ち。白煙がゆるゆると昇る銃口をずらすことなく、はせせら笑った。


「お前が誰を殺そうが殺すまいが、俺には関係のないことだ」


 次いで引き金に指をかけ、幾度も発砲した。最早蒼斗に避ける気力も体力も持ち合わせていない。

 弾は蒼斗の身体を貫き、崖の先へと追いやる。


「蒼馬には絶対の死を。王に危害を与えるものは全て、抹殺――つまり、どの道、お前に生きる価値はないんだよ」


 ――じゃあな、死神。


「しょう、ご……」


 家族ともいえる人間に裏切られた絶望感と喪失感。

 胸につかえるような圧迫感に堪え切れなくなった蒼斗は、そのまま底の見えない海へと真っ逆さまに落ちていった。

 一部始終を見守っていた部下は慌てて駆け寄り、崖下をそろりと覗く部下は姿を探す。しかし、ここは黄泉橋と謳われるくらいの場所。


 ここから落ちて生きて戻ってきた人間も、死体となって打ち上げられた人間もいない。彼の死は保障されたも同然だった。

 副島らと合流を果たした祥吾は荒れ狂う波を見据え、手元のデバイスに表示された『桐島蒼斗』の生命反応がぱったりと消えたのを確認。


「やりましたね、隊長!」

「あぁ。すぐに父に報告しろ――蒼馬はこの俺が仕留めてやった、とな」



 ――それでいいんです。あなたこそ、上に立つに相応しい人間だ。


 副島は隣で義弟を殺しておきながら冷静でいる祥吾を恍惚とした目で見上げた。

 悪しきものは早い内に消すに越したことはない。

 けれど、副島は踵を返す祥吾の横顔に瞠目した。


 ――冷徹を帯びた瞳で義弟を切り捨てた彼のその疲れ切った頬には、一筋のが伝っていた。



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