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「アイツは誰よりも他人に認められ、必要とされることに貪欲で、努力を惜しまなかった。自分の身の上のこともあるだろうが、それでも真っ直ぐで、虫も殺せないくらい優しい奴だ」
自分が一体何者なのか?
表面上では何てことないように一時期下手な作り笑みを浮かべていた蒼斗の顔をふと思い出した。
「そんなアイツが、人を、ましてや上官殺しなんてすると思うか? 殺せるはずがない。俺はアイツが養子として引き取られた時からずっと見てきたからな。これはもう断言できる」
空っぽで自分の存在が分からず、自暴自棄になり引きこもりがちだった蒼斗の為に、祥吾はいつだって前を歩き続けた。
先を行く背中を見つめ、彼が自分の足でちゃんと立てるよう、常に道標としてあろうとしてきた。
「俺たちがすべきことは、一つの浮上した事実を鵜呑みにするのではなく、その信憑性を確かめることが先決じゃないのか? 確かに上官殺しは許されることじゃない。けれど、初めから疑ってかかれば、見えるはずの真実が見えなくなることもあるだろう」
揺るぎない瞳の威力に、誰もがこの場をどう処理すればいいのか途方に暮れた。
相手は尊敬する祥吾。武器を向けるのも心苦しいことだろう。
「その必要はない」
「桐島さん!」
人垣を抜け、やってきた桐島。いつになく険しい表情を浮かべる父を目の前にしても祥吾は顔を上げ、目をそらさなかった。
そんな祥吾に対し、桐島はくしゃりと憐れむように眉を下げた。
「こんなことになったのは、アイツを養子にしてしまった私の責任だ」
「……どういうことだ?」
「この件に関し、王がお前を呼んでいる。特機隊の代表として特命があるとのことだ」
「王が? 何故?」
「それは移動の途中で話す。他の者は持ち場につけ。先決すべきは桐島蒼斗の確保。どんな手を使ってでも連れてこい」
父の背を追いかけ、祥吾は早速説明を求めた。検索が開始されていく様子を横目に用意された車に乗り込み、桐島はようやく重い口を開いた。
「アイツについて、最近になって分かったことがある。それはとても重大で、このオリエンスの命運を左右するものだ」
「どういう、ことだよ?」
「アイツの手の甲に逆さ十字と剣の痣が浮かんでいたとの報告を受けた。その痣の紋様は、我が王の宿敵の証」
お前も聞いたことがあるだろう、と桐島はそう告げた。
「
絶句する祥吾をよそに、桐島はスーツのポケットに手を入れた。
◆
一体どれくらい走りつけただろうか。
蒼斗は鉄の味を含む唾液を押し込みながら、身体に鞭を打って走り続けた。
もう陽はすっかり昇っている時間だろうか?
それとも、何日か経っただろうか?
色濃く生い茂る木々もあり、鈍色の太陽は姿を見せていない。一度入れば出てくるのに数日を要すると噂されているだけあって、まるで樹海だった。
ここに入ってしばらく暗闇の中で身を隠していた蒼斗を待っていたのは、徹底した特機隊の包囲網と飛んでくる鉛玉だった。
何度枝と葉で剥きだしの肌を傷つけただろう。どれくらい喉の渇きと空腹に耐えただろうか。蓄積される疲労感に心がへし折られそうになる。
その度に蒼斗は近衛と祥吾のことを思い出し、ギリギリで持ちこたえた――きっと、彼らが助けてくれる、と。
「いたぞ!」
逃げて潜めて……幾度となく繰り返し、鉛のように重くなった瞼は条件反射で開き、身体は弾かれたように気配のいない方へと駆け出す。
――しかし、逃げ続けていた蒼斗はついに足止めを食らった。
ようやく明るい場所に出たと思えば、まず目に留まったのは鈍色の太陽。
ここが頂上だと理解するのに時間はかからず、祥吾に降ろされ仰ぎ見た山をついに登り切ってしまった。道理で空気が薄かったわけだ、と思わず嘲笑が漏れる。
頂上は剥きだしの大地が道を作るように続き、導かれるように辿っていく。多くがここを歩いたことでできたのだろうか。
到達した視線の先に道はなく、曇天の空の下、荒れ狂う波が待ち受けていた。誘うような荒波を目にし、蒼斗は背筋が凍った。
そういえば、この地は毎年の多くの行方不明者が最後に訪れたとされる――
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