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 窓から差し込む光が近衛の顔を隠し、蒼斗は思わず眩しさに目を緩く細めた。


「訊いてもいいですか?」


 報告書から目を離さず、近衛は口を開いた。黙って続きを促すと、


「どうしてクロヘビの戦闘員を助けたりしたんですか?」


 ぎくり。思わず顔が硬直した。思い浮かぶのはあの喧騒と、処刑人に投げつけた瓦礫の破片を掴んだ感触と……そして、鍛えあげられた身体を守る頑丈なプロテクターの冷たさ。

 条件反射のようにジワリと滲む汗に気づかないふりをして、乾いた笑い声を上げる。


「なんの、話でしょうか?」

「実は調査の為に目撃証言を探ったところ、あなたが処刑人から敵を守ったという話を受けたんです」

「それは……」

「袖の下にあるこの包帯の傷が、その証拠なんじゃないんですか?」

「っ!」

「できたばかりの傷ですよね? どうなんですか?」


 腕を掴まれ、近衛の前に傷を隠した包帯が晒される。これはもう言い逃れができない。


「まだ上にも、勿論桐島隊長にも報告していません。これが耳に入れば、あなたにとって都合が悪いと思ったので」

「どうしてそこまであなたが僕のことを庇ってくれるのか分かりませんが、そのことにはお礼を言いたいです。できれば弁解もさせて欲しいです」

「では私の質問と合わせて言い訳をどうぞ」


 報告書を返し、近衛は足を止めて蒼斗を振り返る。

 張りつめた重々しい空気が漂う。普段の近衛ではないことに若干の警戒心を抱く。包帯を巻かれた腕は未だ解放されないままだ。


「相手は天敵のクロヘビの一人と無謀にも闘い、いつ死んでもおかしくない状況だったことでしょう。それなのに、あなたは味方を切り捨てて敵を庇った。こんな腕に怪我を負ってまで」


 人の気配はない。それを承知で近衛は話を持ち出したのだろうが、いつ人が来てもおかしくない状況での会話は若干の焦燥を抱かせる。


「どうして助けたりしたんですか? 敵を庇っても何の得にもない、むしろこれが知られれば反逆者として処刑される。それを分かっていながら、あなたは馬鹿げた行動に出たんですか?」


 声の調子は変わっていないはずなのに、見えない圧力を感じた。

 その色からは謀反行為への怒りが含まれているのかもしれないと考え、顔が逆光でよく見えないことも踏まえて恐ろしくなった――これではまるで尋問だ。


「僕は――」


 委縮しそうになるのをこらえ、緊張で乾く口を開く。


「僕はただ、自分の心に従っただけです」


 嚥下で喉が動く。


「確かにクロヘビ治安維持局、王にとって最大の敵です。殺せば称賛に価しても助ける義理は全くありません。でも、あの選択は、僕にとって最善だったと思っています」


 こんなことを言ったら引かれるかもしれない。でも、自分の心を偽ることだけはしたくなかった。胸に手を当て、声音が強くなるもの忘れて口を開く。


「敵を……彼を助けろ。いや、助けなければならない――そう、僕自身の心が、全てがそう叫んでいた。僕はそれを信じた自分の選択に悔いることは一切ありません」


 上司に物申すような感覚。痛いくらいに脈動する心臓。黙ってしまった近衛に次第に不安が込み上げてくる。

 今の言葉をそのまま上に報告するだろうか、はたまたそれをダシに脅してくるか――。


「そうですか」


 近衛の返答は至極単純であっさりしていた。拍子抜けで表情が歪む。

 いつの間にか場の空気は和らぎ、近衛は口元に笑みをたたえていた。

 先程の雰囲気は錯覚だったのかと思わせるくらいの、綺麗な笑みだ。



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