‐



「気にするな、蒼斗」


 祥吾の肩を叩かれたことで意識を戻し、蒼斗は引き上げていく隊員たちをぼんやりと見つめた。


「誰が何と言おうと、お前が裏切り者扱いされる筋合いは全くない。それは俺や親父、お前の部下たちがよく知っている。誰の仕業か知らないが、今回の不正は必ず俺が証明してみせる」

「祥吾……っ、ありがとう」

「何も心配するな、きっと大丈夫だ」


 撤収の合図が鳴った。送って行こうという祥吾の申し出をやんわりと断り、広く逞しいその背中を見送る。

 去り際に本件の調書を取りたいからオフィスに来てくれと告げられたことを思い出し、先が思いやられる。

 何とも言えない複雑な気分になった。まさか今度は一般人として治安維持局に足を踏み入れなければならないなんて……。




 ◆




 オリエンスは御影の棲む城を中心地櫻都の小高い山の上に置き、その周りを環状道路が囲むように整備されている。上空ではモノレール、城下では電車が走っている。

 城に隣接するようにそびえ立つ、軒並ぶ度の高層ビルよりも存在感を誇示する建物――これこそ、オリエンスのシンボルでもあり、蒼斗が所属する特機隊の母体――治安維持局。


「お待ちしていました、桐島蒼斗さん」


 正面エントランスから入ると、すらりとした立ち振る舞いの女が蒼斗を待ち受けていた。

 当たり障りのない笑みを浮かべ、呆ける彼の視線を奪い、エレベーターを指差す。


「ご案内します――知っていると思いますが、ね?」


 治安維持局特別機動部隊秘書課、近衛静このえしずか

 半年前にやってきた彼女は、配属早々に機転の速さと俊敏さを発揮し、隊員たちを外から誘導し迅速な事態収拾へと導いた。今では上級補佐の地位に立つ彼女の存在を知らない者はいない。

 白百合のように可憐で美しく、きめ細やかな肌をした近衛はまさに高嶺の華。


 そんな彼女に心惹かれる者は尽きず……かくいう蒼斗も淡い恋心を抱いていた。こうして彼女が声をかけてくれて胸が躍った。彼女に会えたというそれだけでも、蒼斗は胸中に広がる熱を噛みしめた。

 だが同時に針でつつかれた様に痛んだ。


 もし自分が隊長という地位ではなく、一隊員にすぎなかったら今のような笑みを彼女は向けてくれただろうか?

 祥吾のように別段秀でたものもなければ度胸もない。そんな自分をただの隊長としてではなく、一人の人間としてみてくれるだろうか?


「昨日は災難でしたね」

「えぇ、まぁ……」

「局中で噂になってしましたよ。裏切り者が災いを持ってきたって」

「……近衛さんも、そう思っていますよね」

「桐島隊長から詳細は伺っていますので、信じていませんよ」

「そう、なんですか?」

「所詮は風の噂。取捨選択は自由。それに、劣等感しか抱けない器の小さい不出来な人間の戯言ほど信用に欠けるものはありません」


 近衛から発せられる不出来な人間という言葉は、中々威力がある。

 出来る人間にこうもきっぱりと面と向かって言われてしまったら、きっと心を抉られ奈落の底に叩き落とされた気分になるだろう。

 裏切り者の烙印を押されてからも変わらず接してくれるのは、蒼斗が知る限りでは祥吾とかつての部下、そして近衛だけ。


「あなたが裏切り者? 虫も殺せないような性格のあなたにそんな大それたことができると、本気で私が思っていると?」


 ――なんて、鼻で笑われてしまえば返す言葉もない。


「桐島さん、聴取の方は大丈夫そうですか?」

「はい、状況整理しておきたかったので、ちゃんとまとめておきました」


 肝心な時にヘタレるから、と半笑いで見上げる近衛に対し、蒼斗はふふんと誇らしげにカバンから一枚の報告書を出してみせた。


「あなたのゴ……字、だらけのダメ報告書を桐島隊長に読ませて手間をかけさせるつもりですか? 前のように私が見てあげますよ」

「今ゴミって言いかけましたよね? ねぇ? ……まぁいつも報告書は近衛さんにチェックしてもらっていましたけど……じゃあ、どうぞ」


 長い廊下を歩き、蒼斗は、少しだけと言って報告書に目を通す近衛を見た。

 黒すぎず、かといって茶すぎない落ち着いた色の髪を揺らす。時折邪魔なのか、耳にかかる自然な動作が鼓動を速める。

 局内一美しいと謳われているだけあって、彼女の全てに反応してしまう自分がいた。まるで少年のような心持ちだ。


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