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もう顔すら見たくないと背を向けたことで意思を体現し、副島含めた部下は他の被害箇所の確認に向かった。彼らの背を不満げに見据えたのち、祥吾は蒼斗に向き直って肩をそっと叩いた。
蒼斗はかつて、祥吾と同じく治安維持局特殊機動部隊――通称特機隊に所属し、第四部隊隊長の位を任されていた。
そもそも、空っぽの彼が現在に至るまでの経緯として、話は十年前の異常天災に遡る。
――十年前、蒼斗は義父、桐島
当時軽傷だったにも拘わらず意識が戻らず、目が覚めた時には彼の記憶は白で塗り潰されたキャンバスのように綺麗になくなっていた。
唯一彼が覚えていたことといえば、『蒼斗』という自身の名前だけ。
自分が何処の誰で、何故あの区域にいたのか――怪我の原因など全く分からず途方に暮れていた。
そんな蒼斗を不憫に思い、保護した桐島本人が彼を引き取ることにした。
蒼斗は助けられたその恩に報いる為、桐島が総隊長として所属する現在の特別機動部隊に入隊。
誰かの為に自分の持てる力を出して多くの人の役に立ちたい――そんな思いを胸に血反吐が出るような過酷な訓練を乗り越え、努力を重ね続けた。
祥吾と並んで隊長を担うこと、そして立派な姿を桐島に見てもらい、恩返しをすることができる。そのことに自信と誇りを抱いていた矢先のことだった。
――白昼堂々、銀行強盗が起きた。
犯人は武装した四人組。中の様子が見られないようシャッターで出入口が遮られ、交渉人がコンタクトを取ろうと図るも梨のつぶて。威嚇のための銃声が一発聞こえただけで、それ以後は静まり返っていた。
特機隊も人質で手が出せず、桐島ら上官の指示を仰ぐしかなかった。銀行強盗ならば人質を盾に逃走手段など要求を突き付けてくるはず。だが今回の犯人は籠城を続け、息を潜めていた。
緊張感漂う警戒エリア区域――嵐の前の静けさのようで、蒼斗は言いようのない不安に駆られていたのをよく覚えている。
それから痺れを切らした上層部はついに桐島を通じ特機隊に突入命令が各部隊長に言い渡された。
蒼斗の部隊は裏口からの突入。桐島の合図を待ち……いざ行動を開始しようとした時のことだった。
「……?」
蒼斗は頭痛……それも脳にダイレクトに突き刺すような強烈な痛みに襲われた。
三半規管が麻痺したように身体の平衡感覚が乱れ、片膝をつける。片手で顔を覆い、どっと脂汗が身体中から溢れ出るのを呆然と感じる。
傍にいた隊員が蒼斗の異常を悟り、両肩に手を置いて顔を覗き込む。その焦点は全く合っていなかった。
「救護班を寄越してくれ!! 隊長の様子が変なんだ!」
ぐるぐると頭の中が渦を巻いて嘔吐を誘う。蒼斗は隊員の袖を掴み、力なく、何度も首を横に振って懸命に訴えかけた。
「今、動いたら……ダメ、だ……っ、みんな……!」
いきなり何を言うのだと目を見張る隊員が口を開きかけると同時に、『それ』は起こった。
一瞬の閃光のあと……銀行を中心に凄まじい轟音と共に地面が揺れた。間髪入れず銀行が粉々になった。
こぼれるように溢れる爆炎が引火した油のように勢いづいていく。
――アカ、イ。
建物を粉砕するその威力は、特機隊や騒ぎを聞きつけ興味ありげに顔を出してきた周辺住民の思考を停止させるには十分だった。
荒れ狂う熱風に誰一人身体がついていかず、気づいた時には瓦礫に呑まれ、後方に吹き飛ばされた。
状況把握が追い付かない。酷い耳鳴りがする。飛ばされたせいで何処かぶつけたのか、身体の節々に鈍痛が走る。だるさも加わって少々辛いが、幸運にも耳鳴りと軽い打撲程度で被害が少なかった蒼斗は額に手をやり、軽く頭を振るう。脳が頭の中で跳ねまわっているかのような違和感だ。
「……え?」
――何もなかった。
建物の面影も、周辺の店も……生存者の気配も、言葉通り、何もかもだ。
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