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 強く揺さぶられる身体。ぐらぐらと頭がそれに伴って左右に大きく傾き、気持ち悪くなる。


 ――何だ?


「蒼斗! しっかりしろ!」


 どうやら、蒼斗は気を失ってしまっていたようだ。ずっしりと重い瞼を押し上げ、こちらを見下ろす覚えのある顔を捉えた。

 背中と腕章にPOLICEと刻まれた白い軍服に身を包み、活動用の軍帽を被った男。傷一つない肌がやけに鮮明で、血の気は少々失せているように見える。

 汗が額から頬を伝っているせいか、体調が悪そうにも伺える。それは憶測でしかないが。


「祥吾……なんで、ここに……?」


 蒼斗の義兄、桐島祥吾きりしましょうごは、蒼斗が目を覚ましたことに一瞬安堵の色を見せた。


「それはこっちの台詞だ。処刑場で襲撃があったと連絡を受けて駆け付けて見れば、この有り様。断頭台は滅茶苦茶、遊具は木端微塵、おまけにお前が倒れている……一体、何があったんだ?」

「ここのすぐ近くの店で買い物していたら鐘が鳴って、それで行って……クロヘビの襲撃現場に遭遇した。本当にあっという間の出来事だった。処刑人は脳幹撃たれて即死、僕も目をつけられて殺されかけた」

「戦ったのか?」

「まさか。丸腰がどうやって改造銃振り回す奴に対抗するの。逃げたよ……その代償があの遊具なんだけど」

「あれが……」


 経費で落ちるかな――そんな義兄の場に似合わない言葉に蒼斗は苦笑しか出なかった。仮にも一般市民が殺されかけたのだから、王から何かしら補助手当がくるだろう。


「それで、その後はどうなったんだ?」

「吹っ飛ばされた衝撃でふらふらで、不意打ちを食らって止めに銃で撃たれた」

「撃たれたのか?」

「うん。心臓に、ど真ん中……あれ?」


 蒼斗は胸部に受けた圧力と痛烈な痛みの元凶箇所を示す――が、そこは綺麗さっぱり傷がなくなっており、痣のように肌の一部が紫色に変色しているだけだった。

 確かに撃ち込まれたはずなのに、夢幻だったのかのような胸部。

 蒼斗は首を傾げ、確かに死んだと思った。

 祥吾は眉間にシワを刻み、何ともないではないか、と言わんばかりの視線をちらりと寄越す。撃たれた当人にも分からないのだから、説明しようがないが。


「桐島隊長、どうかしましたか?」


 コツコツ、踵を静かに鳴らしながらやってきた女。面識がなかったため、恐らく新しく配属された隊員だろう。

 その後ろから祥吾の部下らしき軍服を着た男が数人。彼らは蒼斗を確認するなり嫌悪の色を隠しもせず、地に転がる腐敗物を見るような目で見下す。

 正直、この視線をもう受けることはないと思い安心しきっていたため、かなり精神的に応えた。

 祥吾が事の次第を説明している間もそれは続き、状況が呑み込めた彼らの内の一人が、後頭部をガリガリと無造作に掻きながら口を開いた。


「じゃあその人とっとと帰して、調書適当にまいて出しておけばいいんじゃないですか?」

「副島、これは立派なテロ行為だ。その惨状を上に報告することが俺たちの仕事であり、王の傘下である治安維持局の人間としての義務だ」


 副島史則そえじまふみのりは祥吾の従弟。幼いころから祥吾を慕っていたが、後から引き取られた義従弟の蒼斗のことは、良く思っていなかった。

 元々封建的な家庭環境下で育ってきたこともあり、よそ者――『拾い者』を下に見る傾向が強くこびりついている。尊敬する祥吾に常に気にかけてもらっているなら、尚更のこと。


「それはそうですけど……裏切り者の為に俺たちが手を貸す義理なんてないじゃないですか」


 ――裏切り者。


 その言葉は蒼斗の心に深く突き刺さり、ぐりぐりと抉る。それはあまりも不本意で、あまりにも腹立たしく……歯痒いものだった。



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