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 晴れた砂嵐の先に見えたのは、殺し損ねた処刑人の銃弾によって撃ち殺される彼の姿だった。

 ギョッと目を見張り大きく瞬きすれば、幻覚を見ていたのか、彼はまだその場に立ってこちらを見ている。

 まさか、と疑い半分で第三者の気配を探ると……倒れていたはずの処刑人が上体を起こし、持っていた銃の引き金に指をかけていた。銃口は彼に向けられている。


 ――何を思ったのか、自分でも理解できなかった。

 ただ……無心で彼の元へと腕を振り、大股で駆けていた。そして、大声で叫んだ。


「――危ない!!」


 蒼斗の意図が読めず、彼は銃を構える反応が遅れた。

 瓦礫の破片を処刑人に投げつけ注意を引き、地面を蹴り上げ彼の身体を突き飛ばした。

 処刑人の銃弾の軌道が外れ、衝撃で銃が暴発する。チリ、と焼けるような痛みが腕を掠めた時には、自分もろとも地面に転がり落ちる。


「っ、お前……」


 ヘルメットにこもる彼の声が耳に届く。


「!?」


 痛みに耐えていると、彼の腕が庇うように蒼斗の背に回ったような気がした。

 果たして、これほど度肝を抜かせることなどあるだろうか……?

 すぐ横で彼が引き金に指をかけて処刑人にとどめをさす発砲音がした。プロテクターが一面に広がって判断はできないが、彼の腕なら確実に仕留めたことだろう。


 ……そんなことを考えているのも束の間のこと。

 腹部に強烈な蹴り技が撃ち込まれた。完全に油断をしていた蒼斗はそのまま運動の法則に従って後方に吹っ飛ばされ地面に転がる。蹴られた箇所を中心にじわじわと蝕むような鈍痛が襲い、思わず噎せる。


 せっかく助けてあげたというのにこの仕打ちはなんだ!!


 不本意だが恩着せがましいことを思いついている蒼斗に次の行動に移す余裕を与えることなく、彼は持っていた銃をホルスターにしまい、別の銃一丁を抜き発砲。


「な――っ」


 反応できずにいた蒼斗はそのまま胸部に衝撃を受けた。

 血液循環を担う心臓を撃ち抜き、息が詰まる。蒼斗は肩で息をしながら顔を上げ、私怨の眼を放つ――刹那。


「は……っ!?」


 動悸がした。それも、強烈な。

 胸部を中心に血液、神経を流れるように痛みが体内を蝕む。乗り物に酔ったような不快感だ。中でも頭部、それも脳に与える衝撃は痛烈だった。抉るような痛みが脳内を暴れまわる。

 この苦悶から解放されたい――両手で無駄だと知りつつも頭を押さえ、地面に打ち付けのたうち回る。

 外からの痛みよりも内からの痛みが勝り、一心不乱に緩和の術を探った。


 ――忘れるんだ。


 耳鳴りのあとにやってきたのは『無』だった。

 痛みが臨界を超えたのか触覚、聴覚が遮断され、何かが壊れるような、そんな感覚だった。

 だから、さらりと鼓膜に入り込んできた声が一段と明確に聞こえた。


 ――また、あの声がする。


「うあああぁああぁ――っ!」


 身体が重い。地面に引き寄せられ吸い付くような感じだ。指一本さえも動かせない。

 コツリ、コツリ。こちらに近づいてくる足音を鼓膜が捉え、胸が早鐘を打つ。ぞわりと背筋が冷えた。脂汗が目に沁みても気にしていられない。

 狭い視界の端に靴の爪先が見えた。

 ピリピリと感じる警戒、殺気が肌で痛いくらいに伝わり、間髪入れず足の甲が鳩尾付近に入る。あっと思った時には既に蒼斗の世界が一転し、汚い空に眩しい人工の光が降り注ぐ景色が広がる。


 ……そういえば、この空をまともに仰いだのは初めてだったような気がする――なんて、場違いなことを思い浮かべながら力なく首を横に転がす。

 やがて蒼斗の顔に影が差し、光が遮断される。汗か涙か分からないぐちゃぐちゃになった目を開け、向けられる銃口を捉えた。その向こうにある彼の姿を見つめ、己の最期を悟った。

 これはきっと、努力を踏みにじられただけでなく、汚名を着せられ絶望し、おめおめと逃げ出し惨めな暮らしを選んだ自分に対する罰だろうか。


 ――ところが、蒼斗を待っていたのは頭部に撃ちこまれる銃弾の感覚ではなかった。

 ホルスターに銃をしまうと、彼は蒼斗の上着のポケットに手を伸ばし、物色し始めた。

 何を探しているのか定かではないが、彼は手を一度ピタリと止めると財布を掴み、あるものを指先に挟んで引っ張り出す――それは既に使用不可であろう蒼斗の治安維持局ID。唐突に辞表を提出し、桐島家を飛び出したためすっかり返し忘れていた。


 何故彼は一体、こんなものを……?


 何にしろ、天敵に治安維持局の情報が渡ってしまうことはどうしても避けたかった。

 手からこぼれるように財布を落とし、彼は内ポケットにIDをしまう。そして左手で十字を切って暫し蒼斗を見下ろすと、踵を返して視界から消えた。

 待てと呼び止めようと手を伸ばしても、当然彼に届くことはない。

 引きずり落されるような吐き気に抗えず、蒼斗はそのまま意識を手放した。



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