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「ありがとうございましたぁ」
気のない接客用語を背中に受け、蒼斗は小さなスーパーを出た。
店のロゴが入ったビニール袋の中には、インスタントコーヒーのビンの他に、適当な惣菜が突っ込まれている。
家を出てからまともな食事を摂った試しがなかった。『何か』をするということに辟易していることもあり、全てにおいてやる気をなくしていた。
下らない地位権力争いに巻き込まれ、底辺から築き上げてきた信頼と居場所が無惨にも奪われた。
心の強いものであればまた初めからやり直そうと努力を重ねることだろうが、己の存在に劣等感を持つ蒼斗は、保っていた糸がプツリと音を立てて切れてしまった。
やはり、得体のしれないものに、安住の地は得られないのだろうか。
――カンカンカンカンッ!
けたたましい鐘の音が、一帯を沈黙に引き摺り込んだ。瞬く間にみなの血の気が失せ、大急ぎで一人の男が叫んで回った。
「また処刑が始まるぞ!」
あぁ、来てしまったのか。
蒼斗は腹の中がふつふつと煮えくり返りそうになる。カサリ、とビンの入ったビニール袋が小さく鳴く。握り締められたことでシワをより深く刻む。
「今度は隣の地区だ!」
「心中を企てた一家が治安維持局に見つかったらしいぞ!」
「治安、維持局……」
奴らはまだ、あんな無意味なことを繰り返しているのか。
オリエンスの治安は、御影王の傘下に属する巨大組織治安維持局により取り締まられる。
王の布く法に則り、王に背く者はみな全て裁かれる。中でも残酷なのが、公開処刑――斬首刑だ。
今回の処刑は、どうやらすぐ近くの広場で行われるようだ。
公開処刑ということで、周りの住人は見に行こうと足早に向かう。
なんと滑稽なことか。人の死を出歯亀根性で出向くなど。明日は我が身の社会下で、よく足を運べるものだ。
断頭台が、またここに出来上がってしまった。
一体いくつ目の当たりにしたことだろうか?
何度彼らの嘆きと苦しみを轟かせただろうか?
「この者たちは王に逆らい、与えられた責務を果たすことなく心中を図った!」
一家は激務を強いられ、働いても減るどころか重なる一方の借金地獄に苛まれた。そしてついに耐え切れなくなり、全てに終止符を打とうと画策し……結果、警ら中の治安維持局に取り押さえられてしまった。
「お前たちの価値は王が決めるもの。王の赦しもなしに自ら命を絶とうとすることなどあってはならない! お前たちには生きる権利も、死ぬ権利も与えられていない!」
断頭台の下で手錠をかけられ怯えきった一家。
なんと卑劣極まりないことだろうか。生死の権利を剥奪されているこの世の中が蒼斗には憎らしく思える。
――もっとも、赦せないのは、その社会にどっぷりと浸かってしまって、目の前の現実から目を背けた自分自身だが。
処刑場から離れる者は誰一人いない。
目の前に突き付けられるであろう死に恐怖の情が滲むのは間違いない――しかし、同時に彼らは興味の他に憐みの目で一家を見つめていた。
――王に逆らうことをしなければ、敷かれたレールの上をただひたすら走っていればこんなことにならずに済んだのに。
助けたい……彼らを、まだ若い彼らをあの鋭く研がれた斧から救ってあげたい。
だが処刑人は桁違いに強い。それはもう、治安維持局の中の誰よりも強い。
彼らは物理的に力が強い。到底蒼斗では敵うはずもない。それどころか非国民として処刑の対象とされてしまうだろう。
助ける手段など、初めから何処にもないのだ。
――だから、処刑人が頭部を吹き飛ばされた時、何が起こったのかすぐに反応することができなかった。
「……え?」
狙撃されたのだと気づく頃には、世界は急転回を始めていた。
「そこまでにしてもらおう」
刹那、広場に設置されたスピーカーから流れる冷たい言葉が一帯を凍らせた。
重ねるようにガシャンと金属音が広場に轟く。断頭台が綺麗に真二つに分かれ、鈍い音を立てながら崩壊したと認識する間もなく、事態は急変した。
「クロヘビだ!」
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