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 影暦二〇〇〇年。

 時代は月日と共にめまぐるしく回る。

 それに伴って世界中の文明が進む中、ここオリエンスは、突如勢力を上げた御影に国の統括権を奪われた。

 阻むものを蹴散らし、御影は実権を握ると新しき国の革命と称し、己に牙を剥くあるいは敵視する官僚たちを全て過去の産物として『処分』という名の公開処刑を行った。

 不安要素が消えたことで、御影は意のままに国を支配した。

 そして自ら新しく導入した階級制度の中でも最も位の高い『王』の座に就き、特定国を除く他国からの干渉を閉ざし鎖国化政策を再開。

 さらに軍事力と科学技術強化に力を注ぎ、強権的な支配をもって国民を押さえつけた。

 王に逆らう者は見せしめとして厳しい刑罰が下され、教育やメディアを通して絶対王政を確立させた。


 だが、御影の独裁が続き、二十五年経とうとした頃のことだった。

 今から十年前――影暦二○二五年、深夜未明。

 オリエンス中心地、櫻都を巨大な天災が襲った。

 建造物は八割方が地震で全壊、他国と渡り合うために設けられた軍事力強化研究施設は修復不可能にまで破壊された。

 原因は不明――メディアではこの一件に関することは一切報じられず、現場は外部の目に届かないようバリケードが施された。

 初めは不安と情報を最小限にしか公開しないメディアと王に反発心を抱いていた国民。

 しかし、有無を言わせない御影の圧力により黙殺され、皆がみな命惜しさに口をつぐんだ。皮肉なことに、人間の記憶というものは時が経てば消え失せる。

 故に次第に今回の一件はとして、大半の人々の頭の中の隅に追いやられた。


 この現象は国の財政に大きな打撃を与え、同時に悲劇という名の爪痕を残した。――壊滅した科学施設の一角から未確認の黒色の煙が溢れたのだ。


 そして上昇と共に濃い霧となり、瞬く間に空を覆い尽くした。研究者たちはこの煙の研究を試みるも、その正体は未だに掴めていない。

 結局、研究者や御影は人体に影響がないことからとして対処策を練ることはなかった。

 そして、全てが有耶無耶なまま事態収束の宣言をし、以後、一切話題にされることはなかった。

 

 そして影暦二〇三五年現在。

 十年経った今もなお、霧は空の表情を曇らせ続けている。

 以前は『太陽』という眩しいくらいの光を放つ惑星が全てを照らしていたらしい。しかし、蒼斗には全く分からなかった。


「……あ、コーヒーがない」


 何もないシンクの上にあるはずの瓶がなかった。棚をみても茶の色をした粉は見当たらない。買い置きが切らしたようだ。

 仕方ない――寝そべっていた蒼斗はのそりと身体を起こし、背中を掻きながらクローゼットの前に立つ。

 引っ張り出すのはTシャツに、少しよれたジーンズ。もちろん顔をみられないよう、帽子を深く被るのを忘れない。


「桐島さん、お出かけですか?」


 庭掃除をしていた管理人と出くわしてしまった。噂好きで、歩く情報源としても有名。

 『前職』のことを伏せ、ただのニートと告げて住まわせてもらっているが、なんでも、詮索好きなようで、ボロを出さないよう振る舞うか、あるいは遭遇しないよう警戒するのに苦労する。

 昔の夢を見てすっかり気が抜けていたせいもあるのか、自ら会いたくない人間の前に姿を晒してしまうとは、何たる不覚。


「えぇ、まぁ……ちょっと買い物に」

「なら途中気を付けてくださいね。王が反逆者取締りを強化してから物騒な事件が発生しているみたいですから」


 最近になり、御影は完全な独裁王政を築くために反逆者摘発警戒線を張り巡らせた。

 これにより双方の衝突は水面下ではなく本格化し、あちこちで暴動が起こり、処刑台送りとなっている。

 つい先日では、ショッピングモールを標的とした大規模な爆破テロが起こった。蒼斗はその際、倒壊した建物の下敷きになったことが記憶に新しい。

 管理人の忠告を受け入れ、これ以上話が進まないよう会釈をして足早にその場を後にする。


 ――話が止まらない管理人のその後の話は、蒼斗の耳には当然入っていない。



「そういえば知っているかい? 治安維持局でも手を焼かされている非王政戦闘集団が、一般の王民の依頼を受けて動いているって……あれ?」




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