第145話 試験後の

 

 打ち下ろしかけた木剣をぴたりと止める。

 なんだろう……試験官がこの微妙なタイミングで止めるのは? きっちりと止められるタイミングなのが上手いというかなんというか。

 無駄に怪我をさせないようにしてるんだろうけど、どうせなら一発入れときたかったかな。


「鹿納、前橋終了だ。次は「おかしいだろう! 何で灯り係のこいつがこんな……俺がコイツに負けるはずがないんだ」」


 口から唾を飛ばしながら俺を睨む前橋。遮られた試験官は大きなため息をついて、前橋をみる。


「前橋、試験は終了だ。場を開けろ」

「待ってください、コイツはHクラスの「前橋! 今は試験中だ。とっととそこを開けろと言っている」


 試験官は前橋の言葉に耳を貸さず、試験の進行妨害をしていることを指摘する。

 これ以上は逆らっていいことはないと、その場は下がった前橋だが、やはり俺を憎々しげに睨みつけた。

 俺の今日の試験はこれで終了だが、前橋は槍術の試験もあるため、渋々剣術試験場を去っていった。






「くそっ、くそっ、くそっ、おかしいだろう、なんで落ちこぼれのあいつが」


 前橋は木剣を入れるケースを悪態をつきながらげしげしと蹴り続ける。


「お前らもそう思うだろ」


 たまたま、試験が終わり木剣を片付けに来たクラスメートに喚いた。


 その生徒は二年度は大和たちとクラスが違ったが、〝二年度でスキルを収得した生徒とその班員の確執〟という噂は知っていた。班内でイジメがあったことまでは知られていない。

 やっかみから大和に対し様々な嫌がらせがあったが、それが褒められた行為でないことを承知しているから、吹聴するものはいなかったのだ。


「鹿納は二年度では経験値稼ぎができなかったらしいが、免許をとって一般探索者としてダンジョンに潜っているって聞いた。今年度の授業じゃあソロで討伐数トップらしいし、別におかしくないんじゃないか」


 Gクラスの生徒はこのままだと四年度に進級できず、三年で卒業になる。G Hクラスの生徒は懸命に上を目指す生徒と、この一年でできることをこなし卒業後の探索者活動に役立てるつもりでいるものとに別れる。

 入学した全員が一流に駆け上がれるわけではないことを十分承知しているのだ。

 他人を蹴落としたら自分が上がれるというものではない。

 進級の条件は人数ではなく探索者としての素質があるかどうか、教育次第で化ける可能性、伸び代があるかどうかなのだ。

 他人にかまける暇があれば、自分を磨くことに費やすべきと考えるものは少なくない。


 だが中には自分の実力や適性を理解できていない、いや認めたくないのだろう前橋のような生徒も若干名存在する。


「勝負は夏だ。まだ巻き返す時間はあるだろう。他人をどうこう言う暇があったら少しでも鍛錬した方がいいと俺は思うけど」


 木剣をカランと箱に放り込むとクラスメイトは去っていった。

 鈴木は前橋を見るが言おうとしていた言葉ではなく、ただその場凌ぎに声をかけた。


「槍術に遅れるから、行くぞ」


 鈴木が槍術の試験場に向かって走っていくが、前橋はしばらくそこを動かなかった。











「やはりカリキュラムを見直した方がいいでしょう」

「昨年卒業した東堂もそうでしたが、ソロ探索できるだけの実力があるものもいるのに、今のやり方じゃあ判断がつきにくい」


 武術の講師及び試験官を務めた教官が、協会の担当や学校の運営を担当している面々の前で試験結果の報告をしていた時に、何人かの教官から意見が出た。


「安全に探索するにはいいが第三迷高ダンジョンはモンスターの脅威度が低いし、今のこの人数を成長させるだけの数が不足している」

「人数を減らすか、実習場所を他に移すかだな」

「件の三年生はソロでかなりの討伐数をあげているようだ。生狛や境、知良浜にも行ったようだ。そこでも随分数を稼いでいるようだぞ」


 二年度では進級が危ぶまれた生徒が、学校外での探索活動でレベルを上げた。十八歳になれば誰でも免許が取得できるのだから、迷高専の学生であっても個人の自由であって、禁止するものではない。


 だが、学校ではレベルが上がらず、一般であげるというのは、優秀な探索者を育てるという迷高専の教育方法に問題があると言っているようなものだ。


「元々才能というか、適性もあったんでしょう。それが二年度のパーティー戦闘実習のせいで成長を阻まれたと考えて間違いないと思いますよ」

「それにしても成長著しいな」

「ああ、スクロールも入手したと言ってました」


 現在のやり方では安全を重視しすぎて、成長に時間がかかってしまっているようだと協会上部は判断した。


 しかし高校として設立してしまった関係上、迷高専は教育機関でもあるため安全を重視し、無理なレベルアップはさせられない。


 十代後半の青少年に無理な鍛錬をさせては世間の悪評を呼んでしまう。


「やはりコースごとに分けたほうが効率はいいのか」

「高校とは分けた方がいいと思いますよ」

「ふむ、迷高専ではなく探索者育成のみに舵を切る方が」

「その辺りは協会の運営会議に議題を……」


 試験結果の報告会のはずが、迷高専運営方針の話へと議題がずれてしまい、報告会は予定の時間にわ終わらなかった。


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