第140話 追加素材


「まあ、色々な素材との相性とかの実験もできるので、ちょっと奮発しちゃったかも」


 そう言いながら葉山副部長はストライプ柄のサマースカーフを撫でる。


 俺は四つのサマースカーフを見比べる。元々ひなをターゲットにしているであろうピンクのドット柄は確定で、あとはお袋に青、婆ちゃんに緑あたりがいいと思う。

 そうするとストライプが残るのだが、これを葉山副部長一人に渡すと後が怖い気がする。 うーん、ま、いっか。


 試着が終わると松本ほか縫製班の女子が試着室から出て、B5教室の続き部屋へ移動していった。続き部屋は機械室と呼ばれミシン他機織り機とか色々な機械の置かれている部屋だそうな。

 

 俺も着替えを終え、試着室からでる。葉山副部長に椅子を勧められて腰掛けた。


「ウチの女性家族は母祖母妹の三人なんで、そのピンクのと青と緑の三つはうちの家族の分とするとして、一つ残りますね」


 そういうと数人がビクッと反応した。

 試着の際、置きっぱなしにしていたバックパックをとりに移動すると、そのまま視線が俺を追いかけてくる。

 バックパックに手を突っ込み《倉庫》から素材をいくつかバックパックの中に取り出す。


「跳蜘蛛布一つあればショールができるかと思ってたんで、一つしか渡してなかったけどまだ売らずに残してるやつが……」


 そこまで言いかけて俺の手元に視線が集中した。一瞬殺気がこもったせいで思わず身構えそうになったよ。

 殺気は俺に対してではなくお互いを牽制してみたいだけど。うん、夜に知良浜ダンジョンで素材集めしておいて良かった。


「追加の跳蜘蛛布二枚とジャンピングスパイダーの糸束持ってきたけど良かったら「「「きゃあ、追加きたぁ!」」」「あなたたち!」 えっと……」


 やはり良かったらのあとを言う前に女子三人から嬌声が上がり、それを葉山副部長が嗜めた。

 そんな少し緊迫した空気を知らず、部屋に入ってきた人物がゆるとした空気を持ち込んだ。


「あ、鹿納君、来てたんだね。僕の方が遅くなってしまった……て、何かあった?」


 見かけないと思ったが部屋にいなかったのか。そこに松本も戻ってきた。


「あ、部長。アンダーウエアの試着を終えて、サマースカーフを見せてたところでした」

「そうか、結構綺麗に染まってるだろう。跳蜘蛛布自体はコモン素材だけど、染色用の素材をレアやエピックにすることで効果付与ができるんだ。まあ僕達の腕じゃあ(極小)かせいぜい(小)くらいだけどね」


 河中部長はそれでも誇らしげに言いながら、ストライプ柄のサマースカーフを広げて見せた。


「ん、それ跳蜘蛛布かい?」


 俺が手にしている跳蜘蛛布を河中部長が見つけた。タイミングを逃して握ったままだ。


「あー、えーっと、取り置き用にまだあったので」

「じゃあこれでサマーショールを作ればいいかしら」


 ショールの話をしていたこと葉山副部長も河中部長から聞いていたのかな。


「いや、これは好きに使ってもらっていいです。なんか渡してない素材を色々使ってもらったみたいだし。妹の冬用のコートも作ってもらってるし」


 跳蜘蛛布は二枚あるからスカーフだと結構作れるだろう。まあ部員全員分は無理だけど別にスカーフじゃなくって、好きなものを作ればいいんだから。

 その辺は俺が考えることじゃあない。跳蜘蛛布を取りに行くことはできるけど、表向き知良浜ダンジョンに行ってないから出しすぎるのも変だしな。


「やったあ」「他の効果も試せる?」「ありがとう鹿納くん」


 女子三人のうち一人は四年度生の白木 祥子しらき しょうこさん。葉山副部長と同じ錬金術専攻で《抽出》の錬金系呪文スキルを持っているそうだ。

 あと二人は俺と同学年で触媒研究専攻でドロップ素材の研究をしているそうだ。今回葉山副部長の助手をしていたとか。

 三人は跳蜘蛛布を手にすると、あーだこーだと何やら相談を始める。


 すると俺の肩越しに、ぬっと手が差し出された。

 振り向くとそこに松本が立っていた。


「あたしにはないのかしら」

「松本、お前いつも後ろから這い寄るなよ」


 そう言いつつもその手にジャンピングスパイダーの糸束を乗せてやる。


「うふっ。ありがと、アンダーウエアは今週中に仕上げるわ」

「いや、来週中間試験だろ? ダンジョンに行くのは試験が終わってからだから試験後でいいぞ」


 松本が俺が意外な言葉を言ったような、ちょっと驚いた顔をしたがすぐににっこり笑う。


「目の前に素材があるのに試験後までお預けされたら、試験勉強なんて手に付かないわ」


 そう言って手を振りながら部屋を出ていった。


「まあ、松本君はあんな感じだけど、頭はいいんだよ。ご両親は彼を弁護士にしたかったらしいからね」


 弁護士? どこがどうなって裁縫女子、じゃなかった男子になったんだ?


「けど、前も言ったけどこんなに素材を提供してもらって、本当にいいのかい?」

「ええ、知良浜ダンジョンで斧術のスクロールをドロップしたんで、オークションに出してるんで、そこそこいい値段で売れると思います」


 そういえば昨日オークションの締め日だから明日が入金期日か。

 協会に入金がなかったら再度オークションに出品されることになるが、その際出品者に連絡箱ない。一般のオークションと違ってそういう細かいサービスはないんだよな。


「……、斧術のスクロール、売ったのかい?」

「鹿納くん、武器術のスクロールを売ったの?」


 部長副部長が二人して前のめりで、問いただしてきた。


「「なんで使わないの?」」

「いや、俺刀型を主武器にしたいんで、斧術はちょっと違うというか。今鍛治専攻の粟嶋先輩に武器造ってもらってるところだし」

「「え! 粟嶋君に!!」」


 二人声を揃えて仲がいいな。

 


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 《斧術》スキルを売って勿体無いと感想でもいただきましたが、中堅以上の探索者ではスキル構成を考え、自分の必要なスキルの購入資金のために売ることはよくあることなんです。

 ただ、スクロールがなかなか手に入らない学生からすれば、普通は勿体無いと感じます。

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