第134話 相談
「あら、おじゃまだったかしら?」
松本忍の後ろで河中部長が申し訳なさそうな顔でこちらをみている。
「何か私が来ちゃいけない理由でもあるっていうのかな? 部長が会いに行くっていうから、ついでに計測しようと思ったの。サイズが分からなければ縫製班が作業にかかれないでしょ」
うふっ、と笑う松本は相変わらず性別不明だ。いや実際は男なんだからいわゆるオトメンというやつか。
「部長と話しながら計測済ませるから、ぬ・い・で♡」
「……は?」
ニッコリ微笑む松本は、手の中にある細いロープをぴしりと音を鳴らす。ってロープじゃなくてメジャーだったわ。
「ジャケットの上からじゃ測れないでしょ。ズボンもよ」
「え、ここで?」
「みんな帰って他に誰もいないんだから、いいでしょ」
宿泊研修に参加した探索科の三年度生は、今日はすぐに帰宅して休むように言われている。ホームルームが終わって皆帰途についているため、残っているのは俺だけだった。
「わ、わかったよ」
渋々ジャケットとズボンを脱いで、ランニングシャツとブリーフ姿になりながら河中部長と会話をする。
「それで作りたいものって」
「ああ、それなんだけど────」
河中部長にバックパックのショルダー部分がタクティカルベストのようになったものを作れないかと伝えた。
そこからいろいろな話をしつつ、おおよその形状を河中部長がクロッキー帳に描いていく。時々松本も案を出したりした。
計測が終わり、三人で机に向かってあーでもない、こーでもないと話しながらなんとか形が出来上がった。
「で、素材なんだが」
俺は持ってきていた素材を取り出す。
「そ、それは」
松本が素材を取り出そうとした俺の腕を握る。かなり強いが、まあ我慢できる強さだが。
「離してくれないと取り出せないんだが」
だが松本の目がジャンピングスパイダーの糸束から離れず、俺の声が聞こえているのかどうか。仕方なく空いた手で糸束を持ち、松本の目の前に差し出してやる。
「連休に知良浜ダンジョンへ行ってきた。そこでドロップしたジャンピングスパイダーの糸束だ。コモン星3の糸だ。布にできるほどはないけど縫製に使うには十分だろう」
そういうと松本は糸束を引ったくるようにとって握りしめる。
「返せって言われても返さないわよ」
「言わねーよ。縫うにも糸がいるんだろ」
そういうといきなり松本が抱きついてきた。
「きゃーん、わかってるじゃない。これで縫製まちの分が進められるわ。部長、先に戻りますね」
そしてあっという間に教室を出ていくが、廊下から「らららん、ららら〜」とよく分からない歌がエコーを聴かせつつ遠ざかっていった。
「申し訳ないね」
「……はあ。渡すのはあれだけじゃないんですけどね」
そしてさらに素材を取り出す。
「ロックキャタピラーの錦糸線と糸束ですこっちの糸束はレア星3ですが、これも一つずつ持ってきました。バックパック用にはこっちのミラージュリカオンの皮を使ってください。これもレア素材なんで放り出したりするバックパックには丈夫な方がいいでしょう」
皮は二枚ある。ポケットやらサイドに取り付けるパックなどを合わせれば足らないかもしれない。ミラージュリカオンの皮は知良浜の分は売ったが生狛のものが残っていた。
「こんなにいいのかい?」
「足りますか」
「前回の分もまだ残っているけど、裏打ちにスキップゴートかライズアップシープの皮がもう少しあれば……」
河中部長が少し言いにくそうに言い淀む。前に後から渡したレア素材だな。ライズアップシープならまだ残っていたな。バックパックに手を突っ込んで《倉庫》から取り出しつつ引き出す。
「じゃあこれも渡しておきます」
「! こんなに売らずに持って帰ってきたのかい?」
「クラブ員に作ってもらうつもりで避けたんです。普通にオーダーメイドするより安くつくかなって思って」
河中部長は真剣な顔で俺の方を向く。
「いくらサポート科で学んでいるといっても、鹿納くんは僕たちの腕前を確認していないだろう。でも任せてもらえるなんて職人冥利に尽きるよ」
ひなのゴスロリコート以外は予定になかった物だし、あれがひなが喜ぶくらい可愛くできればそれでよかったんだけどな。
河中部長たちの作品は購買に展示されているものもあるから、みたことはあるのだ。
とは言っても《アイテム鑑定》を持ってない時だからダンジョン製品としてのレアリティはわからない。素人目にはよくできた物に見えた。
「僕たちの今できる最高のものを作らせてもらう。楽しみにしてて」
そう言うと河中部長は素材を持って立ち上がる。
おっと、一番最初の目的を忘れるところだった。
河中部長に跳蜘蛛布を渡して、お袋のスカーフの作成をお願いした。
ジャンピングスパイダーの跳蜘蛛布はコモン星3なので、扱いは難しくないそうだ。
「こう、日除けに首に巻いたり頭に巻いたりするやつ、なんて言うんだっけ?」
「この量だとサマーショールだと二つ、サマースカーフだと五本は作れるかな」
ショールとスカーフの違いを教えてもらった。お袋と婆ちゃん二人分だけだとひなが拗ねそうなので、スカーフをお願いした。全部色違いにできるか訊くと「任せて」と、河中部長は笑顔で請け負ってくれた。
そして大量の素材を手に、姿に見合わない軽い足取りで河中部長は教室を出ていった。
俺も鍛治棟に行こう。
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