第93話 特殊効果
レンタルルームの鍵をかけてちゃんと閉まっていることを確認してから、司書に鍵を返しに行く。ちゃんとしてないと後でしかられるんだよ。ここの司書さんは
きっちりしてる人なのだ。
「あれ、ひーちゃん?」
「なんやしーのん今日も自主勉か」
「うん、あれ? 鹿納くん」
ちょうど鍵を返し終わって振り向くと、正村と新井さんが話していた。
なにじしゅべんって? ああ。自主練ならぬ自主勉というやつな。
「あれ、しーのんヤマぴんとって、この流れ今日二回目やな」
「こんにちは新井さん。彼女とは同じアパートだよ」
「そうなん。世間は狭いなあ」
そもそも同じ学校の同じ学年なんだから、知り合うチャンスは多いはず。
去年の俺はちょっと自分の殻に引きこもり気味で、交友広げる気なかっただけだからな。
「ひーちゃんは勉強は?」
「今年は自分でがんばるよって、しーのんに迷惑かけんとやるわ。あ、そや申し込みいかんと。また今度ご飯しよ」
そして慌ただしく去っていく正村のあとを、佐々木がぺこりと頭を下げてから追いかけて行った。
「相変わらずみたいね。去年まではサポート科で同じクラスだったんだけど、今年から専攻別でクラスが分かれて、一般科目も一緒になることがなくなったからちょっと寂しいな」
サポート科は四十人かける二クラスの八十人。三年度からは一般科目の授業は技術学部だけで四十人、医術薬術魔素学部で四十人に分かれている。
前者が技術に、後者が頭脳によったクラス分けだからこのふたクラスの偏差値差は結構あったりする。
「あ、勉強の邪魔したな。悪い」
「ううん、そんなことないよ。じゃあ」
「さよなら」
そう言って別れ、俺は今日はこのまま帰ることにした。
十四階層を探索する時間は取れなさそうなんでな。スーパーで買い物してから帰るか。
そういえば新井さん顔色良くないぽいけど、勉強のしすぎなのかな。
今日の夕食はカウ乳とカウ肉を使ったシチューだ。じっくり煮込んでホロホロになった肉がなんともいえない。
「マスター。この料理には疲労回復効果がついてますにゃ」
「何!」
そういえばアンゴーラカウの肉も生乳も〝摂取することで特殊効果を得ることがある〟とあったが。このシチューはダンジョン食材を使ったことでダンジョンものになったということか。
=【レア・食品】《アンゴーラカウのミルクシチュー》疲労回復(中)効果時間30分=
鑑定できた。三十分の間、徐々に疲労を回復してくれるのか。長期間探索を続ける時なんかに良さそうだな。
まとめて作ったからあと三食分くらいはある。ジッパーパックに小分けしておくか。こうしておけば湯煎してあっため直せるからダンジョンでも食べやすいだろう。
「あ、ジッパーバックが足らない」
仕方ない残りはタッパーに入れておくか。
このアパートは玄関の横に流しとコンロがある。ちゃんと二口あるIHコンロだ。元はガスコンロを置いていたスペースだな。そして流しの上には窓があるが、喚起のため開けている隙から新井さんが帰ってくるのが見えた。
「そっか。ダンジョン外施設だから六時以降もつかえるからな」
時計を見ると八時半。そして鍋に残った一人前分のシチュー。
カン、カン、カン、と外階段を登っていく足音も心なしかゆっくりな気がする。
そのまま鍋の蓋をしめ、取手をつかむ。
「マスターは雌を餌付けするんですかにゃ」
だから雌って言うなよ。
玄関を出て階段を登る。そして203号室のインターホン……じゃなくてチャイムだけどあるだけいい方だと思う。
ピンポンという音にドアの向こうから誰何の声。
扉は開けないのは用心のためだ。除き穴もない扉だから。
「あ、俺鹿納だけど」
「鹿納くん?」
鍵を開けて新井さんが顔を出す。
「あーと、そのもう夕食って食べたかな」
俺の言葉に首を傾げる新井さん。
「まだだけど」
「よかったらこれ、俺が作ったシチューなんだけど、結構うまくできたと思うんだ。誰かに食べてもらって感想聞きたいかなって」
ちょっと苦しい言い訳か。
「もらっちゃっていいんですか」
「うん、俺はもう食べたから」
鍋を差し出すと、少し戸惑うも受け取ってくれた。
「ありがとうございます。今から作るのもあれなんでカップラーメンでもって思ってたんです」
「よかった。あ、鍋は急がないから。俺明日とか帰り遅いかもだしあれだったら部屋の前にでも置いておいてくれ」
そう言ってそそくさと階段を降りて部屋に戻る。
自室のドアを開けた途端、タマが陰から飛び出してきた。
「餌付けできたんですかにゃ」
餌付けっていうな。
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