第88話 ダメもとで

 

 今日の帰宅はちょっと遅くなってしまったので、帰りは駅前でラーメンを食べて帰った。

 アパートに着いたのは九時を回っていたが、ふと上の階を見ると203号室の明かりが消えていた。


「もう寝てるってことはないよな。出かけてるのか」


 俺には関係ないことだよな。

 アパートの部屋に戻ると、タマが子猫サイズで現れた。


「マスター、お肉を要求しますにゃ」


 昨日今日とダンジョンに篭りっきりだったので、魔素は十分足りているはずだが、どうも味を覚えてしまった様だ。


「昼にカウ肉食べたから、羊肉だぞ」

「む、それで我慢しますにゃ」


 羊肉だってスーパーの牛肉とかに比べると、断然うまいのだが。タマは普通の肉を食べる意味がないので、舌が肥えてしまうなあ。いやそもそも味覚じゃなくて魔素量なのか?


 どうせ焼くんだから俺もちょっと食べようっと。







 月曜の朝は武術の選択授業だ。そういえば選択授業に《刀術》というか剣術がないなあ。

 スキルドロップはそこそこあるはずなんだが、教官になるくらいのスキル熟練者がいないのかな。


「おはよう、ヤマぴん!」

「お、おはよう正村さん」


 なんだそのアイドルのパチモンの様な呼び名は。


「うちのことはア・キ・ちゃ・んって呼んで」


 その後ろにハートマークがつきそうな口調はなんなんだろう。正村はネーミングセンスがないのかも。


「えっと、アキちゃん?」

「あ……あかんわ、なんかサブイボたった。それやめるわ、今日もよろしく頼むなぁ」


 俺もサブイボたった。


 そんなこんなで今日もペアは正村だった。前橋たちは離れてこっちに近づいてこないな。


 授業が終盤に差し掛かった頃、ダメもとで正村に聞いてみることにした。


「なあ正村は、鍛冶の授業で、刀型の武器、作ったり、してるのか」

「一応挑戦は、してるんやけど、まだスキル、なしやさかい、納得できる、様なモノは、まだなあ。学校の教材は、先輩が、作ったやつを、鋳潰しての、再利用、やよって、素材も、イマイチやし」


 お互い木剣を打ち合いながらの会話なので、途切れ途切れだ。正村は最後は息切れしてる。ちょっと休憩。

 しかし作ったものの実戦に使えそうにないやつは、再利用するのか。


「授業でも許可取ったら持ち込み素材も使えるんやけど、今は作ろうにも素材の購入でポイント使い切ってるから今手元にろくなもんないわ」


 にゃははと照れ笑いをする正村。

 学校側の提供素材で作ったものは、所有権は学校側にある。素材を全て持ち込んだ場合は、所有権は自分にあるのだとか。

 今までの中でも出来の良いものは四、五年度生に売ってしまってないのだと。


「え、売買して良いのか?」

「四、五年度生は自前の武器の持ち込み許可でてるからな。外で買うより割安やで。見習いの作品やから」


 五年生は学外実習で手に入れた素材を持ち込んで、作ってもらったりもしてるんだとか。

 それってオーダーメイドってやつじゃあ。作るのは見習いというか学生だけど。


 また打ち合いを再開する。


「そおいや、ヤマぴんは、外のダンジョンへ、行ってるん?」

「ああ、土日は、生狛に、行ってきた」

「え、じゃあ牙とか爪とか、もしかして角とか持ってるん? 全部売ったん?」


 打ち合いから突如鍔迫り合いに変わる。正村が食いついてきた。身を乗り出しすぎて近い、近いって。木剣顔にあたってないか?


「ちょ、離れろ。ちょっとは持ってるけど「ほんま、どんなモンスタードロップなん?」

「そこ! 喋ってないで真剣にやらないか!」

「「はい、申し訳ありません」」


 教官に叱られてしまった。

 結局授業終了まで話はお預けにしたが、正村の目がギラついてて怖い。


 そういえば佐々木なにがしも素材代にお小遣いが消えていく様なこと言ってなかったか。技術科は大変なんだな。







「「「「「ありがとうございました」」」」


 教官に挨拶を終え、次の授業のエリアに移動するところなのだが。


「ヤマぴん! さっきの話の続き、なあ」


 正村が目をキラキラ、いやギラギラさせてやってきた。


「今あるのはビックフットの牙とハウンドウルフの牙……」


 あ、これ裏山ダンジョンのだった。生狛のコモンのドロップは皮以外売り払ったからな。


「えっとカシミールリンディアの角ならあった」

「へえ、コモンやなくてレアモンスターの素材持ってるんや。なあそれ提供してくれたら、刀型の武器作っちゃるで。ただでちゅうか、インゴット代は出してもらうけど。作成料はタダにする代わりにひとつ条件つけさしてもらうけど」


 む、ただほど高いものはないというが。


「うーん、条件にもよるなあ」

「そないに難しいことやあらへん。その、なんちゅうか、あれや」


 何か言いにくそうにしてるが、なんだろう。そんなに難しい条件なら諦めるんだが。

 しかし〝モジモジ〟する仕草が似合わない女子がここにゲフンゲフン。


「うちに、うちに座学教えてほしいねん!」


 唐突に〝最初から決めてました。よろしく〟と言う様な右手を差し出し腰を九十度にまげて頭を下げる正村だった。



 

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