第81話 ひなのお願い

 

 スーパーで買い物をしていると、スマホからピロンピロンと連続コメントの通知音が。


「またひなか。今度はなんだ?」


 レジに並びながら財布とスマホを取り出す。

 その間もピロンピロンとなり続けるので、見るより先にミュートにする。


 そしてやはり発信者はひなだった。


『おにいちゃん』

『お婆ちゃんにだけって』

『私とお母さんには?』


 間にプンスコ起こっているスタンプが入った。


『お隣の次男さんの』

『奥さんのお兄さんの』

『その奥さんの従兄の人が』

『皮細工職人のスキル持ってて』


「って待て待て。婆ちゃんの知り合いって」


 思わず声に出してしまって、周りを見回してしまった。

 お隣の次男さんっていうと、茂木さんとこの章三おじさんか。

 次男なのに章なのはなんでかというのを俺が聞きたいが聴けないものの一つ、ってそういうのは置いておいて章三おじさんの奥さんは公子おばさんだよな。


 隣の家と言っても間に畑があるから、数百メートル離れているのは田舎の農家では普通で、数少ないご近所さんの茂木さんちとはお互いの畑を手伝いあったりする仲だ。

 公子おばさんの従兄、いや違うな公子おばさんのお兄さんの奥さんの従兄ってもう知り合いって言わないんじゃないか?


『加工代だけで引き受けてくれるって』

『できればもう少し量が欲しいって』

『お兄ちゃん、もっと送って』

『可愛い妹からの』

『お・ね・が・い』


 そしてお願いポーズのスタンプ。


 ちょっと訳がわからんな。後で電話しよう。

 幸いこのスーパーは無料Wi-Fiがあった。チャットアプリの通話だと通話料金かからないんだよ。さすが大手のエオンだ。

 

「もしもし、ひなか」

『あ、お兄ちゃん。毛皮送ってくれた?』


 さっきの今で送れるはずないだろうが。


「母さんと変わってくれ、お前じゃ話がわからん」

『え〜、ひっどーい、お兄ちゃん』

「いいから代わってくれ。毛皮欲しいんだろ」

『おかーさーん、お兄ちゃんから電話〜』


 バタバタと足音が聞こえるのでお袋を探しにいったようだ。物欲に忠実な妹である。


『もしもし、大和?』

「あ、母さんひなが────」


 結局のところ、何があったかというと。


「知り合いに加工してくれる人がいる」とか言っていた知り合いでもなんでもなさそうな、皮細工師のスキルを持っている佐々木宗幸さんは、防具ではなく一般の服を作ったり財布や鞄を作ったりする職人マイスターとして個人で仕事をしている人だった。

 協会は個人マイスター向けにダンジョン内の賃貸工房を提供している。第三迷校ダンジョンの工房は学生専用だから貸し出しはしていない。


 俺が迷高専の学生と聞いて加工を優先するのと引き換えに、ある交換条件を出してきたらしい。


『娘さんが迷高専に通ってて、大和の一つ下なんだって』


 それとどう関係があるのかと思っていたが、その娘はすでに《加工》スキルを持っており、サポート科で勉強中なんだとか。

 いずれは《皮細工師》あたりを手に入れるつもりでいるそうな。


 ダンジョン素材を扱うためには《加工》か《細工》がいるが、それはレアスキルだからそこまで珍しくも高額でもない。技術学部でもエピックの《錬金》や《鍛冶》と違って三年度進学時に希望すれば学生価格格安で売ってもらうことができる。


 だがマイスターになりたいなら最低エピックスキルである《細工師》や《皮細工師》は必要だ。

 二年生ということで学校側から回ってくる素材はコモンの中でも安い素材で、しかも量が少ない。

 協会から購入するにもなかなか高くつくし、流石にそのためにお小遣いを上げるにも限度がある。

 で、俺が学校外でダンジョンに潜っており、こういう毛皮が手に入るなら、協会の買い取り価格で譲ってやって欲しいということらしい。


『最良は〝大和が手に入れた素材の加工を無料で引き受けるという契約〟を結びたいって言ってたわよ』


 作ったものは手元に残らないし、ポイント化することもなく俺へと戻される。俺はそれを使ってもいいしポイント化してもいいってことか。

 素材の購入費はかからないし、皮の加工の練習ができる。

 娘自身は父親と違って探索者の防具製作方面に進みたいと希望しているのだと。

 今までとは一味違う防具を作りたいと、皮だけではなく金属細工にも手を出しているとか。

 いやそれ実験台になれってことか? いやしかし素材を渡せば希望のものを作ってくれるってことだよな。

 練習なんで出来はどうなんだろう?


『一度会って話をしてみたら。それから決めてもいいし。あ、でもとりあえず毛皮をもう四、五枚送ってくれると母さん嬉しいな』


 えっと、在庫どれくらいあったっけ? 確認して……て言うわけにいかないから、明日また生狛ダンジョンに行くから、毛皮が手に入ったら送ると言って電話を切った。


 二年度生サポート科の佐々木、佐々木……下の名前聞かなかったが、同姓なんてそんなに多くないだろう。

 どっちにしろ来週明けの話だな。佐々木なにがしに会うのは。


 さあ、今晩の夕食はカウ肉のすき焼きだぜ。



┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼

14日の現ファン日刊ランキング4位になっててびっくりしました。

PVは大きく変わらないんですが★をもらった数が1日分としては過去最高数でしたので、★がの数が重要なんですね。今頃気がつきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る